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毎日飲みたくなる珈琲
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帝都にある赤の騎士隊の宿舎。
その執務室で騎士隊長であるランドルは、渋い顔のまま椅子に座っていた。
壮年だが年齢の割に無駄のない筋肉と、隙のない体。目元と口元のシワにより渋みが漂う精悍な顔は、年齢を重ねた色香となって自然と人を惹きつける……のだが。
白髪混りの赤茶の髪をかきながら、深いため息を吐いた。
「おまえなぁ、どうやって相手から見合いを断るように仕向けたんだ? あそこの令嬢は、かなりおまえに執着していたはずだが」
ランドルの茶色の瞳に映るのは、副隊長のフリオ。
宝石のように煌めく白に近い水色の髪に、印象的な灰色の瞳。眉目秀麗で、中性的な外見のため、誰もが見惚れるほど。
しかも、体は騎士らしく逞しい。
完全無欠で人形のような容貌でありながら、騎士としても超有能……なのだが。
淹れたての珈琲を差し出したフリオが綺麗な笑みを浮かべる。
「そこは黙秘します。それより、手を動かしてください」
執務机の上には山積みになった書類。
それらを見なかったことにしたランドルがフリオに再び忠告する。
「俺はおまえの将来を心配して、だな……」
「なら、先に自分の仕事の心配をしてください。そもそも隊長がまじめに仕事をしていれば、ここまで書類が溜まることはありませんでした」
グサグサと容赦なく刺してくる言葉の数々。逃げられないと悟ったランドルは、苦笑いを浮かべてカップを手に取った。
「年寄りに耳が痛い正論は止めてくれ」
「35歳は年寄りではありません。年配の方に失礼なので、謝ってください」
「おまえなぁ、もう少し手心っていうもんはないのか?」
「それで、あなたが仕事をするなら、いくらでも手心を加えます」
「へい、へい」
生返事をしながらランドルは珈琲に口をつけた。芳醇な香りが鼻を抜け、微かな苦味が疲れた頭をスッキリさせる。
「やっぱり、おまえが淹れる珈琲は旨いな」
「……そういうのはいいので、早く終わらせてください」
スッと顔をそらして棚の整理を始めるフリオ。しかし、その白い耳は赤くなっている……が、ランドルはちょうど書類に視線をむけたため気づかなかった。
カリカリとサインをしながらフリオに訊ねる。
「で、なんで見合いを断り続けるんだ? 相手はΩだったんだろ? この上ない好条件じゃないか」
この世界には男女以外に第二性がある。
攻撃魔法が得意で身体能力が高いαと、治癒魔法が得意で優秀な子を産むことが多いΩ。ただし、この二種は少数で、ほとんどはβだ。
そして、騎士になる者はαが多い。そのため、騎士との婚約、結婚を望む者が多いのだが。
あまり感情を表に出さないフリオが手を止めてランドルを睨んだ。
「隊長まで第二性で人の価値を判断するのですか?」
「そんなつもりはないが、どうした?」
首を傾げるランドルに対して、フリオはいつもの鉄仮面になり作業に戻った。
「見合いについては、私の自由だと思います。それに隊長だって断り続けて独身ではありませんか」
思わぬ反撃にランドルが左手を左右に振る。
「俺はいいんだよ。好きだ、惚れた、なんて面倒なことに気力を使いたくないんだ」
「その面倒なことを私にしろ、と?」
「おまえはまだ若いからな。俺のようになる前にさっさと特定の相手を決めろってことだ。毎日飲みたくなるような珈琲を淹れられるんだから」
そう言ってフリオを見ると、棚の前で資料に手をかけたまま硬直している。しかも、何故か口元が震えていて。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「いえ、何でもありません」
澄ました顔で何事もなかったように棚の整理に戻る。
ランドルも書類に視線を落とし、サインをしながら呟いた。
「けど、おまえの珈琲は一日、一回飲まないと物足りないんだよな。なんかコツでもあるのか?」
サラサラとペンが走る音が響くのみ。返事がない。
普段なら「無駄話はいいので」とか小言が返ってくるところなのだが。
「どうした?」
顔をあげると、そこには上を向いたまま両手で顔を押さえているフリオの姿が。
「目にゴミでも入ったか?」
我に返ったフリオがサッと背中をむける。
「なんでもありません。珈琲は普通に淹れているだけです」
「そうか。何かあったら無理する前に言えよ」
ランドルは首を捻りながらも自分の仕事に戻った。その様子を視界の端にとらえたままフリオが口角をあげる。
「順調ですね」
ポツリと落ちた声。
その声に気づかなかったランドルは小さく息を吐いていた。
(なんで、あそこまで見合いを断るかねぇ)
顔は書類にむけたまま目線だけで、こっそりとフリオを観察する。
端正な顔立ちに誠実な態度。副隊長という職業柄、社交界からの令嬢から熱い視線を注がれているのは、何度も見かけた。
(こいつなら、幸せな家庭を築けると思うんだけどなぁ……俺と違って)
第二性がαという理由で、一方的に様々な期待をかけられ、交際相手を押し付けられ、その結果、恋愛感情を持てなくなった。
政略結婚というのもあるが、それこそ面倒くさい。
命の危険はあるが、慣れた仕事に、慣れた職場。安定した環境なのに、いまさら恋愛事などで感情を揺さぶられたくない。
(とりあえず、こいつの機嫌が悪くならないように仕事を終わらせるか)
執務室にペンを滑らす音が響いた。
その執務室で騎士隊長であるランドルは、渋い顔のまま椅子に座っていた。
壮年だが年齢の割に無駄のない筋肉と、隙のない体。目元と口元のシワにより渋みが漂う精悍な顔は、年齢を重ねた色香となって自然と人を惹きつける……のだが。
白髪混りの赤茶の髪をかきながら、深いため息を吐いた。
「おまえなぁ、どうやって相手から見合いを断るように仕向けたんだ? あそこの令嬢は、かなりおまえに執着していたはずだが」
ランドルの茶色の瞳に映るのは、副隊長のフリオ。
宝石のように煌めく白に近い水色の髪に、印象的な灰色の瞳。眉目秀麗で、中性的な外見のため、誰もが見惚れるほど。
しかも、体は騎士らしく逞しい。
完全無欠で人形のような容貌でありながら、騎士としても超有能……なのだが。
淹れたての珈琲を差し出したフリオが綺麗な笑みを浮かべる。
「そこは黙秘します。それより、手を動かしてください」
執務机の上には山積みになった書類。
それらを見なかったことにしたランドルがフリオに再び忠告する。
「俺はおまえの将来を心配して、だな……」
「なら、先に自分の仕事の心配をしてください。そもそも隊長がまじめに仕事をしていれば、ここまで書類が溜まることはありませんでした」
グサグサと容赦なく刺してくる言葉の数々。逃げられないと悟ったランドルは、苦笑いを浮かべてカップを手に取った。
「年寄りに耳が痛い正論は止めてくれ」
「35歳は年寄りではありません。年配の方に失礼なので、謝ってください」
「おまえなぁ、もう少し手心っていうもんはないのか?」
「それで、あなたが仕事をするなら、いくらでも手心を加えます」
「へい、へい」
生返事をしながらランドルは珈琲に口をつけた。芳醇な香りが鼻を抜け、微かな苦味が疲れた頭をスッキリさせる。
「やっぱり、おまえが淹れる珈琲は旨いな」
「……そういうのはいいので、早く終わらせてください」
スッと顔をそらして棚の整理を始めるフリオ。しかし、その白い耳は赤くなっている……が、ランドルはちょうど書類に視線をむけたため気づかなかった。
カリカリとサインをしながらフリオに訊ねる。
「で、なんで見合いを断り続けるんだ? 相手はΩだったんだろ? この上ない好条件じゃないか」
この世界には男女以外に第二性がある。
攻撃魔法が得意で身体能力が高いαと、治癒魔法が得意で優秀な子を産むことが多いΩ。ただし、この二種は少数で、ほとんどはβだ。
そして、騎士になる者はαが多い。そのため、騎士との婚約、結婚を望む者が多いのだが。
あまり感情を表に出さないフリオが手を止めてランドルを睨んだ。
「隊長まで第二性で人の価値を判断するのですか?」
「そんなつもりはないが、どうした?」
首を傾げるランドルに対して、フリオはいつもの鉄仮面になり作業に戻った。
「見合いについては、私の自由だと思います。それに隊長だって断り続けて独身ではありませんか」
思わぬ反撃にランドルが左手を左右に振る。
「俺はいいんだよ。好きだ、惚れた、なんて面倒なことに気力を使いたくないんだ」
「その面倒なことを私にしろ、と?」
「おまえはまだ若いからな。俺のようになる前にさっさと特定の相手を決めろってことだ。毎日飲みたくなるような珈琲を淹れられるんだから」
そう言ってフリオを見ると、棚の前で資料に手をかけたまま硬直している。しかも、何故か口元が震えていて。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「いえ、何でもありません」
澄ました顔で何事もなかったように棚の整理に戻る。
ランドルも書類に視線を落とし、サインをしながら呟いた。
「けど、おまえの珈琲は一日、一回飲まないと物足りないんだよな。なんかコツでもあるのか?」
サラサラとペンが走る音が響くのみ。返事がない。
普段なら「無駄話はいいので」とか小言が返ってくるところなのだが。
「どうした?」
顔をあげると、そこには上を向いたまま両手で顔を押さえているフリオの姿が。
「目にゴミでも入ったか?」
我に返ったフリオがサッと背中をむける。
「なんでもありません。珈琲は普通に淹れているだけです」
「そうか。何かあったら無理する前に言えよ」
ランドルは首を捻りながらも自分の仕事に戻った。その様子を視界の端にとらえたままフリオが口角をあげる。
「順調ですね」
ポツリと落ちた声。
その声に気づかなかったランドルは小さく息を吐いていた。
(なんで、あそこまで見合いを断るかねぇ)
顔は書類にむけたまま目線だけで、こっそりとフリオを観察する。
端正な顔立ちに誠実な態度。副隊長という職業柄、社交界からの令嬢から熱い視線を注がれているのは、何度も見かけた。
(こいつなら、幸せな家庭を築けると思うんだけどなぁ……俺と違って)
第二性がαという理由で、一方的に様々な期待をかけられ、交際相手を押し付けられ、その結果、恋愛感情を持てなくなった。
政略結婚というのもあるが、それこそ面倒くさい。
命の危険はあるが、慣れた仕事に、慣れた職場。安定した環境なのに、いまさら恋愛事などで感情を揺さぶられたくない。
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