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再会と再会

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 散々だった王子の誕生日パーティー。

 後日、ルオツァラ公爵家の毒殺未遂の犯人はハーパコスキ伯爵であったと報告があり、祖父は釈放。そもそも祖父はハーパコスキ伯爵からの依頼でルオツァラ公爵一家の体調管理のために薬を調合しており、そのため頻繁にルオツァラ公爵家を出入りしていたという。

 ちなみにハーパコスキ伯爵は魔王を復活させることが出来なかった。
 血が足りなかった、とかではなく、杯が偽物だったというオチ。しかも、その仕掛け人が推しだったという。

 私は杯に手をつけた後のハーパコスキ伯爵の醜態というか悲劇を思い出した――――――



 ハーパコスキ伯爵が血の滲む掌を杯につけた……が何も起きない。

「何故だ!?」

 焦るハーパコスキ伯爵が必死に掌を杯にこすりつける。徐々にしらけていくホール。傍目から見ても人々からの視線が痛い。

「血か!? 血が足りないのか!?」

 ますます焦るハーパコスキ伯爵。杯を脇に抱え、再びナイフで自傷しようとした時、推しが言った。

「その杯は偽物ですよ」

 まさかの一言。

「は?」

 細い目を最大限まで丸くしたハーパコスキ伯爵が推しを見る。

「に、偽物な訳ない! この杯は昔、本家の先祖が魔王の力を使って王を暗殺しようとした杯なのだぞ! 代々伝わってきた極秘の家宝が偽物であるはずがない!」
「はい。ですから、あなたの側にあるのは危険でしたので贋作を作りまして、こっそりすり替えておきました」
「なっ!? いつ!? どうやって!? この杯は厳重に管理していたのに!」

 推しが横目でバルバラ女王を見る。

「どこぞの優秀な盗賊には簡単な仕事だったそうです。とはいえ、彼がいなければ、すり替えることは出来なかったでしょう」

(つまり推しもユレルミに依頼したってこと!? でも、どうしてハーパコスキ伯爵が魔王を復活させる杯を持っていることを知っていたの?)

 私の疑問に答える人がいないまま話が進む。
 ハーパコスキ伯爵が脱力する。

「そんな……私の、完璧な計画が……」

 ナイフと杯が床に落ちる。すかさず王が命令をした。

「ハーパコスキ伯爵を捕らえよ!」

 近衛兵があっという間にハーパコスキ伯爵を捕縛する。しかし、魂が抜けたような状態のハーパコスキ伯爵は抵抗どころか反応もない。そのまま連行されて行った。

 けど、その後に起きたことが、それ以上の衝撃で。

 ざわめく人々。騒然とするホール。安全な場所へ誘導される王と王子。

 そんな喧騒を背に、剣を鞘に収めた推しが振り返った。

 その姿に胸が高鳴る。怪我一つない。それどころか、私が想像していたよりずっと健康体マッチョに近い体になって現れた。

(生きて! 推しが、生きていたっ!)

 安堵と喜びで胸が一杯になる。全身が震えて腰が抜けそうになる体。
 アンディ嬢が私を支えながら、声をかけた。

「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」

 まるで夢の世界のよう。足が地についているのか分からない。ふわふわとした感覚。ずっと、ずっと、この時を待っていた。生きて、また会えると思っていた。
 推しの紫の瞳がホールを見渡す。それから、こちらへ歩いてきた。笑みを浮かべ、真っ直ぐ……


 私の横を通り過ぎた。


 そのまま私の後方にいた兄の下へ。それもそのはず。私は男装して兄として推しと会っていた。推しが兄を私だと思うことは当然。

 当然なのだけど……

「レイ」

 推しの嬉しそうな声。きっと兄と向き合って会話をしているのだろう。
 けど、私は振り返れない。二人の様子を見ることができない。首にナイフを突きつけられた時より、怖い。どうして、こんなに怖いのか分からない。

(私は、レイラ。推しと会っていたレイではない。本当の姿では、あの時のように推しと会うことも、話すことも、できない……)

 わかっていた。わかっていたことなのに。

(どうして、こんなに胸が苦しいの? 推しが無事だったのに……どうして……どうして、こんなに悲しいの……?)

 自分の気持ちが分からない。
 事後処理を指示しているアトロの声も、周囲の雑音も、すべてが遠い。世界から隔離されたような。一人ぼっちになってしまったような。

 暗い世界に閉ざされた私に温もりが触れる。

「レイラお姉様、顔をあげてください」

 私は促されるまま顔をあげ、アンティ嬢に促されるまま振り返った。そこでは、推しが綺麗な眉をひそめて兄に問いかけていた。

「……違う。あなたはレイではない。あなたは、誰ですか?」
「マルッティ・ヤクシ・ノ伯爵が子息のレイソック・ヤクシ・ノですよ。本物の・・・

 どこか茶目っ気混じりの言葉。推しがハッとしたように周囲に視線を移した。紫の瞳がナニかを探すように彷徨う。


 そして、私を見た瞬間――――――


 夜明けの空のような紫の瞳が大きくなる。驚き、困惑し、それから………

「レイ!」

 先程までとは明らかに違う表情。とろけるような、喜びにあふれさせた、満面の笑顔。

 床を蹴り、一足飛びに私の下へ。その勢いのまま両手を広げ、私を抱きしめた。
 以前の骨と皮の細い腕とは違う。筋肉がついた逞しく太い腕。服の上からでも分かる、柔らかく弾力がある胸筋。
 全身の筋肉とともにミントの爽やかな香りに包まれる。それは何度も作ろうとして失敗している推しの香水と同じ匂いで。

 私の目から、ずっと我慢していた涙が零れた。



「……どうしました?」

 推しの声が私を現実に戻す。しかも、ほのかに甘くも爽やかなミントの匂いにガッツリ包まれたまま。

 小さな洋館のカフェ。目の前のテーブルにはフルーツのタワー。
 給仕はいない、二人っきりの空間。もう、緊張なんてものではない。ばくばくドキドキの暴走から停止寸前の心臓。

(心臓の音が推しに聞こえそう……)

 アンティ嬢に呼ばれて来たのだけど、個室には推しがいて。しかも、何故か私は推しの膝の上に座らされて。
 推しの鍛えられた大腿四頭筋は、どんな椅子より座り心地が良いけど、少しでも顔を動かしたら押しの顔。しかもドアップ。これでは睫の毛穴どころか、私の毛穴まで見られてしまう。
 とにかく顔をそらして別のことを考えないと、すぐに鼻血が吹き出しそうで。

「先日の王子の誕生日パーティーについて、いろいろと思い出しまして」
「あぁ。あの時は助けに入るのが遅くなって申し訳ありませんでした。ミギ国から馬を飛ばしたのですが、ギリギリになってしまいました」

 シュンとする推しに私は慌てた。垂れ下がる犬耳と尻尾の幻影まで見える。

「ミギ国のクーデターの鎮圧の手助けをしていたので仕方ありませんよ」
「戦場に出られるだけの体力があることを証明する試合だったのですが。まさか、あのままカッレとともにミギ国のクーデター鎮圧に行かされるとは思いませんでした。極秘の任務でしたので連絡することもできず、ご心配をおかけしました」

 模擬試合で実力を遺憾なく発揮した推しは、そのまま極秘任務としてミギ国のクーデターの鎮圧に駆り出され、騎士のカッレととも暗躍したらしい。その途中でユレルミと知り合ったそうで。

「よくハーパコスキ伯爵が魔王を復活させようとしていたことを知っていましたね」

 私の言葉に推しが目を丸くした後、目を伏せた。それから、ブツブツと何か呟きながら考える。

「あの、言いづらいなら無理に説明されなくてもいいですよ」
「いえ、大丈夫です」

 推しがフルーツのタワーからイチゴを手に取った。真っ白な手に映える真っ赤なイチゴ。しっかり熟れて甘そうなんだけど……

「どうぞ。イチゴ、好きでしょう?」

 あーん、と直接私にイチゴを食べさせようとする推し。

(ま、ままま、ま、待って!? どういうこと!? 推し自ら、あーん!? こんなイベント、ゲームにもなかったんだけど!?)

 パニックになった私は推しの膝の上で慌てた。

「ああ、あああ、あ、あの! どうして私がイチゴを好きなことを知っているんですか!?」

 私の問いに推しが意地悪そうに目を細めた。

「イチゴより桃が好きですが、実はビワが一番好き、ですよね?」

 確かにその通りだけど、それは前世の話。そもそも、ビワをこの世界で見たことな……

「どうして、ビワを知っているんですか!?」
「私も同じだからですよ」
「……同じ?」

 スッと推しが真顔になる。これはこれでカッコいい。最高。眼福……って見惚れてる場合じゃない!

レイと同じ転生者ですので」

 懐かしそうに私を見つめる紫の瞳。

「……同じ、転生者?」

 私の前世の本名は玲奈レイナ。みんな私を玲奈レイナと呼んでいた。
 だから、前世で私をレイと呼んだ人は、あの少年しかいない。私に乙女ゲームを教えてくれて、一緒に遊んだ……

(でも、そんなことあるわけ……そんな偶然あるわけ……)

 否定をしながらも、否定しきれなくて。微かな希望に縋りたくて。私はそっと訊ねた。

「…………凌久リク?」

 推しが満面の笑顔になる。

「はい」

 実年齢より少しあどけない笑い方。まったく違う顔立ちなのに、前世の少年の顔と重なる。

「えぇぇぇぇぇえええ!?」

 余韻も甘い雰囲気もすべてを吹き飛ばす私の叫びが響いた。


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