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半袖半パンと推しの体力

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 私は軽い足取りのまま推しとともに研究棟に到着。門番に朝の挨拶をして門を通過。そして、いつもなら、このまま研究室に行くところだけど……

「ちょっと待ってください」
「なんですか?」

 足を止めてリュックから袋を出す。

「どうぞ」
「あの、これは?」

 眉をひそめて受け取った袋を見つめる推し。

「その中に服が入っていますので、着替えて中庭に来てください。魔法師団長より中庭の使用許可はもらっています」
「中庭で何をするのですか?」
「規則正しい生活が出来てきましたので、今日から屋外での体力作りもしていこうと思います」
「……拒否権はないのですよね?」
「はい」

 諦めたように軽くため息を吐いて研究室へ向かう推し。その間に私は中庭へ。

 L字型の研究棟と高い塀に囲まれた庭。たぶん学校の校庭ぐらいの広さ。芝生が敷き詰められ、魔法の実験などに使われるらしい。
 実験に失敗しても大丈夫なように研究棟を含めて、魔力防護付きの高い塀に囲われている。

 この国の中で最新の魔法研究をしている場所の一つ。そのため、守りもしっかりしている……のだが、今は存続の危機。

「まさかゲームが始まる前にこんなことが起きていたなんて。ゲームをしている時は全然分からなかった……ん? そういえば、推しとカッレの仲が悪かったけど、もしかしてこれが原因? あ、そう考えれば納得がいくかも」

 あまりの仲の悪さに、ゲーム内でも推しとカッレを仲良くさせようイベントまであったような。ただ、私は選択を誤って余計に悪化させた気がする。

「もしかして、ここで私が頑張らなくても推しがどうにか魔法師団を存続させたのかも。でも、これは推しを健康体マッチョにするチャンスだし……」

 青い空を眺めながら考えていると、背後から不穏な空気が漂ってきた。

「……着替えましたよ」

 不機嫌を通り越して怒りがこもったような推しの声。

「あ、サイズは大丈夫でしたか?」

 私は振り返りかけて、慌てて顔を戻した。そのまま速攻で鼻を押さえる。

(は、ははは、はなっ、鼻血がっ! 鼻血が吹き出る!)

 一瞬だったけど、目に入ったのは半袖半ズボンの推し。初めて見る推しの生二の腕と、生ふくらはぎは刺激が強い。

(な、なな、な、なんて破廉恥な! いや、そんな格好をさせたのは私! 私だけど! でもっ!)

 推しに背中を向けたまま深呼吸をする。

(落ち着け……落ち着け、私……吸ってぇ、吐いてぇ、深呼吸……)

 自分に言い聞かせながらチラリと振り返る。

 真っ白な肌に骨と皮の長い手足。筋肉どころか最低限の肉もついていない体。ゲームの設定通り過酷な幼少期を過ごしたのだろう。
 その結果、今の虚弱な体に。

(これから! これからでも、間に合う! 完璧な健康体マッチョに!)

 決意を新たにしている私に、推しが怒りを抑えた声で訊ねた。

「袋に入っていた服を着たのですが。何か問題がありましたか?」
「い、いいえ! 着ていただき、ありがとうございます!」

 私は鼻血が噴き出さないように意志を強く持って振り返った。見慣れない推しの生手足からは視線を外し、顔だけを見つめ……ダメだ! 鼻血が出る!

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 片手で顔を押さえ、片手で推しを制しながら俯く。そんな私に推しの影がかかった。

「……もしかして、気分が悪いのですか?」

 推しの声から怒りが消え、心配の色が強くなる。ジリジリと推しが近づいてくる気配。
 私は推しの顔を見ないで言った。

「だ、大丈夫です! 平気です! 平気ですから、それ以上、近づかないでください!」

 そういえば前世で、人の顔が見られない時は首元を見たらいいって、誰かが言ってた気がする!

 私はゆっくりと顔をあげて、一つ一つ確認した。真っ白な半袖シャツ……からの浮き出た鎖骨。そこから、もう少しだけ視線を上げて、綺麗なラインの顎の手前!
 真っ白な首で視線を固定する。

(これなら、まだ、なんとか!)

 ようやく話せる状況になった私は、視線を固定したまま姿勢を正した。

「失礼いたしました。で、なんでしょう?」

 怪訝な視線を感じるけど、今は推しの顔を見ることができない。黙って待っていると推しが私に訊ねた。

「何故こんなに肌を出さないといけないのですか?」
「それは直接、太陽の光を肌に当てるためです。こうすることで体は健康になり、骨も丈夫になります」

 正確には紫外線が直接肌に当たることで体内でビタミンDが作られ、免疫力の増強や、カルシウムが骨に吸収されやすくなる、などの作用がある。でも、そこまで細かい説明はできないから適当に誤魔化す。
 この説明に推しが渋々頷いた。

「それなら仕方ありませんが……そのような知識は聞いたことも見たこともありません。どこの文献でしょうか?」

 鋭い指摘に私の肩が跳ねる。

「と、遠い国から仕入れた人体学書に書かれておりました。薬師という家柄、様々な国の薬学書や人体学書を商人が売り込みにきますので、本だけはたくさんあります」

 これ以上、ボロが出る前に話題を移さないと。

「そ、それより、体力作りを! 体力作りをしましょう! まずは研究棟の周囲を軽く十周走って、それから……」

 推しの固い声で呟く。

「軽く、十周?」

 なんか、推しの空気が固まったような?
 推しの顔が見られない私は視線を中庭にむけた。

「あの研究棟を囲む塀に沿って走ります。十周ぐらいなら、そんなに疲れないでしょうし」
「いえ、十周は軽くないです」
「え?」

 推しからの言葉に次は私が固まる。

「そもそも十周も走れる気がしません」
「えぇ!?」

 私はポケットに入れていたレシピを出した。

「あの、もしかして縄跳びとか側転とかバク転とか逆立ち歩きとか、できないですか?」
「縄跳びぐらいならできますが、側転やバク転はできません。逆立ち歩きは、まず逆立ちができません。というか、普通の人はバク転や逆立ち歩きなどは出来ないと思います」

 ゴーンと鐘を突く棒で殴られたような衝撃。私が五歳の頃に祖父から叩き込まれたことが、普通の人は出来ないなんて。

「え、あの、じゃあ、何だったらできますか?」
「走ることと、縄跳びぐらいです」
「……じゃあ、今日はどこまでできるか体力測定をします」

 推しのこの姿を直視しながら測定……

(いや、推しのため! 鼻血を出さずに頑張るぞ!)

 こうして、半日かけて推しの体力を測定した私は、鼻血を吹き出さないように頑張った結果、昼頃には半死半生となっていた。

(…………頑張って体力レシピを作り直そう)


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