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行き遅れと再会
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――――――――その子と出会って、ただの町娘だった私の運命は大きく変わった。
「いらっしゃいませー!」
私の実家は領主の城がある町の小さな食堂。城仕えの人から商売人まで、いろんな人がやってくる。
年頃も過ぎた年齢の私。友人たちはどんどん嫁いでいるけど、私は独り身のまま。実家の食堂を手伝っていた。
戦場よりも慌ただしい昼の時間帯が終わり、私は椅子に座って一息つく。
そんな私に店主であり料理人である父が声をかけた。
「おい、休んでいる場合じゃないぞ。そろそろ来るんじゃないか?」
「あー……」
私は店の入り口に視線をむけた。忙しい時間が終わった頃にやってくる……
「いいか?」
カラン、という軽いベル音とともにドアが開く。
ムスッとした顔で店に入る青年。背が高く、筋肉質な体。固そうな短い金髪に、鋭く光る緑の目。隙がなく、着古した服と腰に剣を差した姿は旅の傭兵という雰囲気。
職業は知らないけど、いつの間にか常連になっていた。
「いらっしゃい! 空いてる席に座んな!」
父が機嫌よく声をかける。私は仕方なく立ち上がり青年が座ったテーブルへ行った。
「ご注文は?」
「……あるもので」
これもいつものやり取り。この時間になると材料を使い切り、作れないメニューも多い。
そのため、いつからかお任せで注文するようになっていた。父はあり合わせで料理が作れるし、残り物が減ると喜び、この青年がお気に入りになっている。
けど、私は……
「日替わり定食いっちょあがり」
父が作った料理をテーブルまで運ぶ。
「おまたせしました」
「……あぁ」
私はこの無口な青年が苦手だった。無愛想で、話しかけても返事は一言か二言。何か言いたそうに私を見るけど、目が合うと顔をそらされる。
それだけなら、別にいい。
私はこの青年を見ると、なぜか心がざわついた。特に、青年の濃い緑の目を見ると思い出す。
私の人生を変えてしまった、あの子のことを――――――――
出会いは子どもの頃。私だけが知っている秘密の花園。
甘い蜂蜜のような金髪に、濃い緑の瞳。丸くて小さな顔に、陽の光を知らない白い肌。淡い水色のドレスがよく似合う、花の妖精のような可憐な女の子。
その外見に気後れしながも、好奇心が勝った私は思い切って声をかけた。すると彼女は意外と気さくで、すぐに仲良くなり、秘密の花園で遊ぶように。
他愛も無いおしゃべりをする時もあれば、彼女がとっておきの手品を見せてくれることも。
なにもないところから宝石を出したり、コインを他の場所に移動させたり。その妙技に感嘆のため息しか出ない。
『本当に魔法みたい。すごいのね、リーは』
『驚きすぎ。これは手品で、ちょっとしたコツがあるだけだから。そうだ、ルーシーにだけ特別にコツを教えてあげる』
そう言って笑った彼女の顔に私の胸は高鳴った。
いつも人形のように綺麗に表情を作る彼女。それが、悪戯をする子どものような感情がこもった笑みを私にむけた。
その姿は楔のように今も私の心に深く刻まれている。
永遠に続くかと思った甘い日々。でも、別れは突然で。
領主様が急死した日。私はリーから別れを告げられた。
家の都合で引っ越さないといけない。でも、いつか会いに来るから、その日までこのハンカチを預かって欲しい、と。
そのハンカチは繊細な刺繍が施された、子どもでも高級品と分かる一品。
私は会える日まで大事に預かると約束した。
それから成長した私は、異性から告白されても、縁談の話がきても、いつも彼女のことが浮かんだ。
何度か付き合うこともあったけど、うまくいかずに最後は破談。このままではいけないと思うけど……
考えこんでいると父の声がした。
「そういえば、兄ちゃん。うちの娘に良い相手とかいないかね? この年になっても、なかなか嫁ぎ先が決まらなくてよ。このままだと行き遅れちまう」
「ちょっ!? 勝手に話さないでよ! それに私が嫁にいったら、誰が店を手伝うの!?」
「そこなんだよなぁ。領主様が代わってから年々、税金があがって人を雇う余裕さえないからな」
「そういうこと。それに私は昔、約束をした友達を待っているんだから」
私はポケットに入れているハンカチをスカートの上から握りしめる。
「預かっているモノを返すまでは、嫁ぐなんて考えられないの」
彼女と会って、ハンカチを返したら……もしかしたら、次に進めるかもしれない。そんな淡い気持ちが願いとなって心を占める。
そこで、黙っていた青年が声を出した。
「そんな約束に、いつまでも縛られるな」
「……え?」
「それで、おまえが不幸になったら相手も困るだろ」
「けど……」
「いつまでも現われない相手より近くを見ろ」
私は反論したい言葉をグッと呑み込んだ。
(そんなの言われなくても分かってる。でも、実際はうまくいかなくて。こんな状態で嫁いでも、相手も私も不幸にしかなれない気がする……)
すべての料理をテーブルに置いた私は逃げるように背を向けた。
「……おい」
青年の声に私は渋々、振り返る。
「なんでしょう?」
「しばらく、来られなくなる」
「え?」
椅子に座ったまま真っ直ぐ見上げる青年。キリッとした眉に、形が良い鼻。薄い唇にシュッとした顎。男らしいけど端正な顔立ち。
その整った顔に、なぜかドキリとしてしまった。彼女以外に感じたことがない胸の高鳴り。
「それで、その……」
青年の声で私は現実に戻った。けど、そこから言葉はない。
落ちる沈黙。冷めていく料理。でも、なにか重要なことを言いたそうな重い雰囲気。
この空気に耐えられなくなった私はつい口を開いた。
「なにか、私に用事ですか?」
「実は……」
「レオン、探しましたよ」
町の食堂には不釣り合いの小綺麗な服装の青年が店に入ってきた。親しい間柄のような様子で、レオンと呼ばれた青年が感情を隠すことなく顔を曇らせる。
「少し息抜きをしていただけだ。すぐに戻る」
「では、外で待っています」
「……わかった」
結局、私に何を言いたかったのか不明のまま。急いで食事を終えたレオンは無言で店を後にした。
そして、いざレオンが現われなくなると……
「うーん」
昼時の慌ただしく忙しい時間が終わって椅子に座る。それから、つい店の入り口に目が。まるで、レオンが来るのを待っているみたい。
「違う! 違う!」
私は大きく頭を振った。そこに開く店のドア。
「い、いらっしゃいませ!」
現実に戻った私は客を迎えるため慌てて立ち上がった。
「まだ、やっていますか?」
柔らかく風に揺れる金髪。穏やかな緑の瞳。綺麗な顔立ちに、優雅な微笑み。どこか人間離れした美貌。
その姿に子どもの頃の記憶が蘇る。自然とあの子の名前が口から溢れた。
「……リー?」
そこで私はハッとした。よく見れば……いや、見なくても目の前にいるのは青年。つまり、男。
しかも、上等な服を着て、剣を腰に差している。もしかして、城仕えの騎士とか!?
初対面の人への失言に慌てる私に対して、青年が首をかしげる。
「オレの名前はリーアムで、リーと呼ばれることもあるけど。君はもしかして……あの時の?」
思わぬ言葉に私は声が出ない。まさか、という思いの中にある期待と不安。
「子どもの頃に遊んだ?」
子どもの頃!? 本当に!?
「本当に、リーなの!?」
私は無意識に叫んでいた。
「いらっしゃいませー!」
私の実家は領主の城がある町の小さな食堂。城仕えの人から商売人まで、いろんな人がやってくる。
年頃も過ぎた年齢の私。友人たちはどんどん嫁いでいるけど、私は独り身のまま。実家の食堂を手伝っていた。
戦場よりも慌ただしい昼の時間帯が終わり、私は椅子に座って一息つく。
そんな私に店主であり料理人である父が声をかけた。
「おい、休んでいる場合じゃないぞ。そろそろ来るんじゃないか?」
「あー……」
私は店の入り口に視線をむけた。忙しい時間が終わった頃にやってくる……
「いいか?」
カラン、という軽いベル音とともにドアが開く。
ムスッとした顔で店に入る青年。背が高く、筋肉質な体。固そうな短い金髪に、鋭く光る緑の目。隙がなく、着古した服と腰に剣を差した姿は旅の傭兵という雰囲気。
職業は知らないけど、いつの間にか常連になっていた。
「いらっしゃい! 空いてる席に座んな!」
父が機嫌よく声をかける。私は仕方なく立ち上がり青年が座ったテーブルへ行った。
「ご注文は?」
「……あるもので」
これもいつものやり取り。この時間になると材料を使い切り、作れないメニューも多い。
そのため、いつからかお任せで注文するようになっていた。父はあり合わせで料理が作れるし、残り物が減ると喜び、この青年がお気に入りになっている。
けど、私は……
「日替わり定食いっちょあがり」
父が作った料理をテーブルまで運ぶ。
「おまたせしました」
「……あぁ」
私はこの無口な青年が苦手だった。無愛想で、話しかけても返事は一言か二言。何か言いたそうに私を見るけど、目が合うと顔をそらされる。
それだけなら、別にいい。
私はこの青年を見ると、なぜか心がざわついた。特に、青年の濃い緑の目を見ると思い出す。
私の人生を変えてしまった、あの子のことを――――――――
出会いは子どもの頃。私だけが知っている秘密の花園。
甘い蜂蜜のような金髪に、濃い緑の瞳。丸くて小さな顔に、陽の光を知らない白い肌。淡い水色のドレスがよく似合う、花の妖精のような可憐な女の子。
その外見に気後れしながも、好奇心が勝った私は思い切って声をかけた。すると彼女は意外と気さくで、すぐに仲良くなり、秘密の花園で遊ぶように。
他愛も無いおしゃべりをする時もあれば、彼女がとっておきの手品を見せてくれることも。
なにもないところから宝石を出したり、コインを他の場所に移動させたり。その妙技に感嘆のため息しか出ない。
『本当に魔法みたい。すごいのね、リーは』
『驚きすぎ。これは手品で、ちょっとしたコツがあるだけだから。そうだ、ルーシーにだけ特別にコツを教えてあげる』
そう言って笑った彼女の顔に私の胸は高鳴った。
いつも人形のように綺麗に表情を作る彼女。それが、悪戯をする子どものような感情がこもった笑みを私にむけた。
その姿は楔のように今も私の心に深く刻まれている。
永遠に続くかと思った甘い日々。でも、別れは突然で。
領主様が急死した日。私はリーから別れを告げられた。
家の都合で引っ越さないといけない。でも、いつか会いに来るから、その日までこのハンカチを預かって欲しい、と。
そのハンカチは繊細な刺繍が施された、子どもでも高級品と分かる一品。
私は会える日まで大事に預かると約束した。
それから成長した私は、異性から告白されても、縁談の話がきても、いつも彼女のことが浮かんだ。
何度か付き合うこともあったけど、うまくいかずに最後は破談。このままではいけないと思うけど……
考えこんでいると父の声がした。
「そういえば、兄ちゃん。うちの娘に良い相手とかいないかね? この年になっても、なかなか嫁ぎ先が決まらなくてよ。このままだと行き遅れちまう」
「ちょっ!? 勝手に話さないでよ! それに私が嫁にいったら、誰が店を手伝うの!?」
「そこなんだよなぁ。領主様が代わってから年々、税金があがって人を雇う余裕さえないからな」
「そういうこと。それに私は昔、約束をした友達を待っているんだから」
私はポケットに入れているハンカチをスカートの上から握りしめる。
「預かっているモノを返すまでは、嫁ぐなんて考えられないの」
彼女と会って、ハンカチを返したら……もしかしたら、次に進めるかもしれない。そんな淡い気持ちが願いとなって心を占める。
そこで、黙っていた青年が声を出した。
「そんな約束に、いつまでも縛られるな」
「……え?」
「それで、おまえが不幸になったら相手も困るだろ」
「けど……」
「いつまでも現われない相手より近くを見ろ」
私は反論したい言葉をグッと呑み込んだ。
(そんなの言われなくても分かってる。でも、実際はうまくいかなくて。こんな状態で嫁いでも、相手も私も不幸にしかなれない気がする……)
すべての料理をテーブルに置いた私は逃げるように背を向けた。
「……おい」
青年の声に私は渋々、振り返る。
「なんでしょう?」
「しばらく、来られなくなる」
「え?」
椅子に座ったまま真っ直ぐ見上げる青年。キリッとした眉に、形が良い鼻。薄い唇にシュッとした顎。男らしいけど端正な顔立ち。
その整った顔に、なぜかドキリとしてしまった。彼女以外に感じたことがない胸の高鳴り。
「それで、その……」
青年の声で私は現実に戻った。けど、そこから言葉はない。
落ちる沈黙。冷めていく料理。でも、なにか重要なことを言いたそうな重い雰囲気。
この空気に耐えられなくなった私はつい口を開いた。
「なにか、私に用事ですか?」
「実は……」
「レオン、探しましたよ」
町の食堂には不釣り合いの小綺麗な服装の青年が店に入ってきた。親しい間柄のような様子で、レオンと呼ばれた青年が感情を隠すことなく顔を曇らせる。
「少し息抜きをしていただけだ。すぐに戻る」
「では、外で待っています」
「……わかった」
結局、私に何を言いたかったのか不明のまま。急いで食事を終えたレオンは無言で店を後にした。
そして、いざレオンが現われなくなると……
「うーん」
昼時の慌ただしく忙しい時間が終わって椅子に座る。それから、つい店の入り口に目が。まるで、レオンが来るのを待っているみたい。
「違う! 違う!」
私は大きく頭を振った。そこに開く店のドア。
「い、いらっしゃいませ!」
現実に戻った私は客を迎えるため慌てて立ち上がった。
「まだ、やっていますか?」
柔らかく風に揺れる金髪。穏やかな緑の瞳。綺麗な顔立ちに、優雅な微笑み。どこか人間離れした美貌。
その姿に子どもの頃の記憶が蘇る。自然とあの子の名前が口から溢れた。
「……リー?」
そこで私はハッとした。よく見れば……いや、見なくても目の前にいるのは青年。つまり、男。
しかも、上等な服を着て、剣を腰に差している。もしかして、城仕えの騎士とか!?
初対面の人への失言に慌てる私に対して、青年が首をかしげる。
「オレの名前はリーアムで、リーと呼ばれることもあるけど。君はもしかして……あの時の?」
思わぬ言葉に私は声が出ない。まさか、という思いの中にある期待と不安。
「子どもの頃に遊んだ?」
子どもの頃!? 本当に!?
「本当に、リーなの!?」
私は無意識に叫んでいた。
応援ありがとうございます!
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