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やっぱり、異世界!?

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 翌朝、私は明るい日差しで目が覚めた。この明るさは朝を通り越して昼…………

「寝坊した!? スマホのアラームは!?」

 飛び起きかけた私は腰のだるさで再びベッドの住人となった。

「な、なんで、こんなに体がダルいの?」

 素肌に触れるシーツ。全裸。思い出される昨夜の恥態の数々。

(いやぁぁぁぁ!!!!)

 声にならない悲鳴とともにシーツを頭から被る。とろけるような肌触りの布地が自分の布団ではないことを知らせる。

「これは夢! 夢なのよ! 現実の私はまだ寝ているの! 早く起きないと会社に遅刻する!」

 起きるために必死に寝るという相反する行動をしている私に淡々とした女性の声が降ってきた。

「おはようございます、王妃」

 思わぬ単語に私はシーツから顔を出す。昨夜はパニックでよく見ていなかったけど、かなり豪華な部屋。
 天蓋付きの大きなベッドに、半透明のレースカーテンがさがる。宝石のように磨き上げられた木のテーブル。繊細な刺繍が施された布のソファー。
 他にも見るからに高価そうな壺やら絵画が飾ってある。ただ、ヨーロッパというよりトルコや中東? のような雰囲気。

 部屋の迫力に圧されながら私は声をかけてきた人物に訊ねた。

「オ、オウヒ?」
「はい」
「誰が?」
「あなたが、です」

 二十代半ばの女性が微笑みながら足音なく私が寝ているベッドに近づく。よく見れば……いや、よく見なくても頭に栗色の立派なウサギ耳。
 首元で一つにまとめた栗色の髪。茶色のタレ目に小さな鼻と口。身長は私より低いぐらい。

「あ、あの、あなたは?」
「私は王妃の侍女です」
「じ、侍女? ……って、なに?」
「簡単に説明いたしますと、身の回りの世話をする者です」
「は、はぁ」

 きびきびと答える姿は仕事ができる秘書のような印象。
 侍女さんがお茶が入ったコップを私に差し出す。

「水分をお取りください。それから湯浴みの準備ができておりますので、そちらにお入りください」
「湯浴み?」

 喉が乾いていた私はコップを受け取り、お茶を一気に飲み干した。独特な風味だけどクセはなく、後味はスッキリしている。
 侍女さんが言葉を変えて教えてくれた。

「浴槽にお湯を準備しました」
「あ、お風呂ってことね……って、それより、あの獅子王って人は!? たしか、レオって名前の」
「獅子王は執務中です」
「執務ってことは、仕事か……」

 獅子王が不在であることになんとなくホッとした私は侍女さんに案内され、寝室の隣にある浴室に移動した。

 予想はしていたけど、お風呂も広い。壁一面、空のような真っ青なタイル。真ん中には大きい浴槽があり、たっぷりのお湯。温度も丁度よく、水面に浮いたバラが彩りと香りを添える。

「はぁ……」

 全身を包む温もりが私の心をほぐす。

「認めたくないけど……現実なんだよね……」

 ゆったりとお風呂に浸かりながら、私は今までのことを思い返した。

 由依のウサギを捕まえたところでトラックにひかれかけた。これは確実。
 で、気がついたら知らない場所。ウサギ耳が付いた人……飾りとかではなく本物のウサギ耳。そんな耳がある人なんて聞いたことない。だから、たぶんここは異世界。

「しかも、私の頭には一緒にいたウサギと合体したとしか思えない垂れ耳……」

 私は頭から垂れているウサギ耳を持ち上げた。肌触りはふわふわ、もふもふ。自分で言うのもなんだけど、かなり気持ちいい。でも、濡れた手で触ったため、今は毛がペタリと濡れている。
 あとお尻の尻尾も触って確認。見えないけど何かある。丸くて、少し長めの毛玉。いろいろ触って確認するけど……

「自分で触っても、なにも感じないのに」

 昨夜のことが脳裏に浮かぶ。

 あの獅子王という筋肉イケメンに触られただけで全身が甘く痺れた。特に耳と尻尾はマズい。あと、あの低い声と、甘い香り。
 耳や尻尾を触られながら囁かれたら、それだけでイキそうに。しかも、その状態で太いアレが私の体を……

「っん!」

 思い出しただけで体が疼きかけた。たった一晩なのに、それだけ体に刻み込まれ、最後の方は記憶が曖昧なほど。
 恥ずかしくなった私はお湯に顔をつけた。

(今は帰る方法! 元の世界に戻る方法を考えないと!)

「ぷはぁ」

 顔をあげた私は濡れて小さくなった垂れ耳を摘んだ。

「帰る方法……あるのかなぁ」

 タイル張りの浴室に私の声が虚しく響く。そのまま呆然と天井を見つめた。



 お風呂で考えすぎた私は見事に逆上のぼせて、茹でウサギとなった。用意されていた服を着て、ベッドにうつ伏せる。
 侍女さんが音もなくコップをサイドテーブルに置いた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 体を起こした私はお茶を飲んだ。先程と同じ味だけど少し冷やしてあり、それが火照った体に丁度いい。
 一息ついたところで、侍女さんが鋭い眼差しで私に訊ねた。

「で、あなたは何者ですか?」
「へ? わ、私? 私は黒柳 瑚々音と言いまして……」
「名ではなく、ここに来た目的を聞いているのです」

 丁寧な言葉遣いだけど、鋭いナイフのようにグサグサ刺さる。しかも、さっさと答えろという無言の圧まで。
 私はダルい体を起こし、今まで別の世界で生きていたこと。逃げたウサギを探し、捕まえたところで気が付いたらここにいたこと説明をした。
 黙って最後まで聞いてくれた侍女さんが頷く。

「かなり信じられない話ですね」
「説明した私も信じられません」
「ですが真実はどうであれ、今のウサギ族の状況としては、あなたが必要なので現状維持にします」

 完結してコップを片付け始めた侍女さん。このまま退室しそうな雰囲気。

「待ってください! せめて、状況を教えてください!」

 そこで侍女さんが改めて私の全身を見た。

「そうですね。最低限の知識がないと怪しまれますし、そうなるとウサギ族の危機となります。わかりました、お教えしましょう」
「知識?」
「この国の現状です。この国は昨夜あなたを抱きつぶした獅子王の父が治めておりました」
「抱きつぶっ……」

 顔が熱くなったのが分かる。真っ赤になっているであろう顔を両手で覆う私に対して、侍女さんが冷めた目のまま冷淡に説明を続けた。

「戦も上手く民想いの良き国王でしたが、流行病で病死。その後を継いだのは獅子王の兄でした。獅子王の兄は争いごとが嫌いな温和な性格で、そこにつけこみ、隣国が戦争を仕掛けてきました。獅子王の兄は国を守るため戦の前線に立ち戦死。そのため、今の獅子王が二十歳で国王となりました」
「二十歳で? 若すぎない?」
「王族は十五歳で成人の義は済ませますから、二十歳で王になられる方は少なくありません。そして、王に即位された獅子王は類まれな手腕で不利だった戦況をひっくり返し、敵国に勝利しました」
「すごい……」

 どこぞのおとぎ話みたい。

「それから獅子王は荒れていた国内を整備し、復興している途中です。そのため、時に冷徹な判断や、躊躇うようなことでも獅子王は決断し実行しています」
「国のために、いろんなモノを背負うことにしたのね……」
「はい。そして気がつけば獅子王は三十歳。なのに、跡継ぎどころか王妃もいない状況。一刻も早く妻を娶り跡継ぎを、という話になりました」
「それで?」

 侍女さんが視線を伏せる。感情が読めない顔に影が落ちた。

「私達ウサギ族は子だくさんな種族。そこに獅子王の重鎮たちが目をつけ、ウサギ族の族長に若い女を嫁として差し出せ、と言ってきたのです」
「嫁になって王妃になれるなら良い話なんじゃないの?」
「ウサギ族が子だくさんなのは相手を好いているからこそ。愛のない結婚など、誰もしたくありません」

(ロマンチックな種族なのね)

 さすがに声には出せなかった。一応、空気は読めます。
 黙っていると侍女さんが続きを話してくれた。

「困った族長は仕方なく自分の娘を嫁に出すことにしました」
「もしかして、この部屋にいた白ウサギは……」
「族長の娘、ココ様です。嫁に行くことが決まってからのココ様は泣いて日々を過ごしました。その姿に周囲も同情いたしまして」
「たしかに、あんなに可愛い子が泣いてたら周りはほっとないわよね」

 納得する私に侍女さんも同意する。

「そこで、族長には秘密で結婚式の後でココ様を他のウサギ族の女性と入れ替える計画を立てました。ところが、入れ替わる予定だったウサギ族の女性が兵士に見つかり、不審者として追われ、ココ様がいる部屋までたどり着けず困っておりました」
「そこに私が来たから身代わりの女性と勘違いして……」
「はい。計画は失敗と思ったところであなたが現れ、無事に計画が遂行されました」
「いやいやいやいや。全然無事じゃないから。私、ボロボロだから」

 全力で否定するが侍女さんは華麗にスルー。

「ですので、あなたにはウサギ族のため、このままココ様の代わりをしていただきます」
「け、けど、私! 昨日の夜、獅子王って人に名前聞かれて瑚々音って答えちゃったし!」
「それは伴侶にだけ伝える名にしましょう。表向きにはココと名乗ってください。幸い、名前が似ているので気にされないかもしれません」
「そんな文化があるんですか!?」
「古い習慣が残るところでは、伴侶にだけ伝える真名を持つ種族がいます」
「は、はぁ……」

 ますますおとぎ話というか異世界……
 呆然としている私に侍女さんが軽く頷く。

「はじめは獅子王の命を狙う他国の刺客かと思ったのですが、考えすぎだったようですし」
「し、刺客!? って、暗殺とか!?」
「はい。刺客なら初対面の者から渡された飲み物を無防備に一気飲みしません」

 たしかに、なにも考えずに何度もお茶を受け取って飲んだけど!
 なんとなくバカにされた気がした私はムッと言い返した。

「も、もしかしたら、そういう演技をしているのかもしれないじゃないですか!」
「その可能性も考えましたが、あなたはあまりにも隙がありすぎです。今までの間に何度殺すことができたか」
「殺っ!?」

 驚く私に侍女さんが顔を寄せる。平凡な顔立ちだけど無表情なせいか、妙な迫力というか、威圧感が……

「そうそう、言い忘れておりました。私はココ様付きの護衛・・兼侍女です」
「護衛って……」
「護衛のため攻撃される前に相手を暗殺するのも得意です」

 そう言って、侍女さんがニコリと笑った。初めて見た侍女さんの笑顔はとても怖かったです。


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