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別れ
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これまで恋の和歌なんて興味なかった。それが、こんなにも切なく、苦しく、意味が分かるようになるなんて。
「どうしたら、また会えるの?」
あれから数年。少しばかり成長した私は、月明りの下で鏡を眺めていた。
濁流に呑み込まれた後、奇跡的に助かった私。いや、この鏡の精霊――付喪神が助けてくれたと信じている。
それから、私は毎晩、鏡に話しかけることが日課になった。
その日にあった何でもない日常。それしか話すことはないけれど、返事はないけれど。それでも、私はある意味、幸せだった。恋に恋をして、溺れていた。
でも、そんな私を家長の祖父は良しとしなかった。
今は療養のため田舎にいるけれど、成長すれば都会へ戻る。その時に、このような状態では名家の娘として恥となり、家の名に傷がつく、と言ったらしい。
その結果、私の鏡は山に捨てられた。
「鏡が!? 鏡がない!? どこ!?」
朝、起きて鏡がないことに気づいた私は形振りかまわずに屋敷内を探しまわった。誰の言葉にも耳を貸さず、ひたすら探し回る私に使用人たちが顔を青くする。
「お嬢様はどうされたんだ?」
「鏡に憑りつかれていたいたのか?」
「まさか。憑りつかれるなんて非科学的な」
そんなヒソヒソ声を払うように私を育てたばあやが声を低くして告げた。
「大旦那様より鏡を山へ捨てるように言われました」
「山!? どこの山なの!?」
縋りつく私から顔を背けたばあやがボソリと呟く。
「捨てた者によりますと、龍山の滝つぼに投げ入れた、と」
「あの鏡を滝つぼに……」
私の意識はそこで途切れた。
あれから三日ほど寝込んでいた私は、四日目の朝にこっそりと屋敷を抜け出した。
大昔、龍が住んでいたという伝説が残る山。その龍の巣であったという滝。そんな昔話がある山のため、道はかなり険しく、登山者もいない。
本当にその滝つぼに鏡が捨てられたのかも分からない。それでも、私は山を登った。
自分でも、どうかしてると思う。鏡なんて、いくらでもあるし、ここまでする必要もない。
それでも……私を助けてくれた青年が忘れられなくて。
そして、もう一度あの鏡を手にするために。
外に慣れていない私の肌は草や枝で傷だらけ。虫にかまれて腫れあがっているところもある。それでも、ただひたすら歩いた。息があがり、咳込み、何度も倒れそうになったが、足を止めることはなく。
屋敷を抜け出した時には顔を出したばかりだった太陽が山に沈みかけた頃、湿った空気と轟音が私の頬を撫でた。
「……すごい」
茂った草と木々の先。はるか頭上から落ちる大量の水。
昔の人が龍の巣と言ったのも分かる大迫力。
呆気にとられかけて、意識が戻る。
「それよりも、鏡を探さないと」
目を皿にして滝つぼの周囲を探す。
「岩の隙間に引っかかっているかも」
すぐ前には轟音とともに流れる激流と水しぶきをあげる滝。山を登り、火照った体を冷やす風と受けながら必死に大きな岩の間を覗き込みながら探していく。
陽が落ちて、辺りが真っ暗になる。透明だった水は黒くなり、周囲も闇に呑まれていく。
「……どうしよう」
気温が下がり、一気に体温が下がっていく。
体も冷えてきた頃、視界の端に明るい色の紐が入った。
「あった!」
滝つぼの端。岩の隙間から鏡を入れている袋の紐がプカプカと水に浮いている。
私は苔で滑りやすい岩にしがみつきながら、そろりそろりと移動した。
「あと、すこし……」
必死に手を伸ばすが届きそうで届かない。
一日かけて山を登り、手と足は限界。プルプルと震えて、力が抜けそうになる。
「もう、すこ……きゃっ」
やっと指が紐に触れたところで体が水の中に落ちた。
「ぶはぁっ!?」
足が届かない。どうにか浮上しようとするけど、疲れ切った体に冷たい水が体力を奪っていく。
「たすっ……だれ、か……」
私の体は引きずり込まれるように滝つぼへ体が沈んでいった。
「どうしたら、また会えるの?」
あれから数年。少しばかり成長した私は、月明りの下で鏡を眺めていた。
濁流に呑み込まれた後、奇跡的に助かった私。いや、この鏡の精霊――付喪神が助けてくれたと信じている。
それから、私は毎晩、鏡に話しかけることが日課になった。
その日にあった何でもない日常。それしか話すことはないけれど、返事はないけれど。それでも、私はある意味、幸せだった。恋に恋をして、溺れていた。
でも、そんな私を家長の祖父は良しとしなかった。
今は療養のため田舎にいるけれど、成長すれば都会へ戻る。その時に、このような状態では名家の娘として恥となり、家の名に傷がつく、と言ったらしい。
その結果、私の鏡は山に捨てられた。
「鏡が!? 鏡がない!? どこ!?」
朝、起きて鏡がないことに気づいた私は形振りかまわずに屋敷内を探しまわった。誰の言葉にも耳を貸さず、ひたすら探し回る私に使用人たちが顔を青くする。
「お嬢様はどうされたんだ?」
「鏡に憑りつかれていたいたのか?」
「まさか。憑りつかれるなんて非科学的な」
そんなヒソヒソ声を払うように私を育てたばあやが声を低くして告げた。
「大旦那様より鏡を山へ捨てるように言われました」
「山!? どこの山なの!?」
縋りつく私から顔を背けたばあやがボソリと呟く。
「捨てた者によりますと、龍山の滝つぼに投げ入れた、と」
「あの鏡を滝つぼに……」
私の意識はそこで途切れた。
あれから三日ほど寝込んでいた私は、四日目の朝にこっそりと屋敷を抜け出した。
大昔、龍が住んでいたという伝説が残る山。その龍の巣であったという滝。そんな昔話がある山のため、道はかなり険しく、登山者もいない。
本当にその滝つぼに鏡が捨てられたのかも分からない。それでも、私は山を登った。
自分でも、どうかしてると思う。鏡なんて、いくらでもあるし、ここまでする必要もない。
それでも……私を助けてくれた青年が忘れられなくて。
そして、もう一度あの鏡を手にするために。
外に慣れていない私の肌は草や枝で傷だらけ。虫にかまれて腫れあがっているところもある。それでも、ただひたすら歩いた。息があがり、咳込み、何度も倒れそうになったが、足を止めることはなく。
屋敷を抜け出した時には顔を出したばかりだった太陽が山に沈みかけた頃、湿った空気と轟音が私の頬を撫でた。
「……すごい」
茂った草と木々の先。はるか頭上から落ちる大量の水。
昔の人が龍の巣と言ったのも分かる大迫力。
呆気にとられかけて、意識が戻る。
「それよりも、鏡を探さないと」
目を皿にして滝つぼの周囲を探す。
「岩の隙間に引っかかっているかも」
すぐ前には轟音とともに流れる激流と水しぶきをあげる滝。山を登り、火照った体を冷やす風と受けながら必死に大きな岩の間を覗き込みながら探していく。
陽が落ちて、辺りが真っ暗になる。透明だった水は黒くなり、周囲も闇に呑まれていく。
「……どうしよう」
気温が下がり、一気に体温が下がっていく。
体も冷えてきた頃、視界の端に明るい色の紐が入った。
「あった!」
滝つぼの端。岩の隙間から鏡を入れている袋の紐がプカプカと水に浮いている。
私は苔で滑りやすい岩にしがみつきながら、そろりそろりと移動した。
「あと、すこし……」
必死に手を伸ばすが届きそうで届かない。
一日かけて山を登り、手と足は限界。プルプルと震えて、力が抜けそうになる。
「もう、すこ……きゃっ」
やっと指が紐に触れたところで体が水の中に落ちた。
「ぶはぁっ!?」
足が届かない。どうにか浮上しようとするけど、疲れ切った体に冷たい水が体力を奪っていく。
「たすっ……だれ、か……」
私の体は引きずり込まれるように滝つぼへ体が沈んでいった。
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