完結•出来損ないの吸血鬼は希少種の黒狼に愛を囁かれる

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誓い

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「なんで、ここにいる!?」

 別室に運ばれたところでラミアは地声で叫んでいた。
 部屋には二人きり。他の目を気にする必要はない。

「さて、何のことでしょう?」

 それなのに、青黒の髪を揺らしながらワザとらしく金の目を細くするクレイディ。

「誤魔化しても無駄だぞ! おまえ、犬だろ!」
「犬とは失礼な。黒狼です」

 人の姿になれる人狼。その中でも希少種である黒い狼。
 だが、ラミアから見れば人になれる獣、という種族で一括りになる。

「大差ない! それより、下ろせ!」
「はい」

 素直な返事にラミアは少しだけ拍子抜けした。もっとゴネると予想していたのに。
 だが、グレイディはソファーに近づくと……

「なぜ、こうなる!?」

 そのまま下ろされると思いきや、ソファーに座ったクレイディの膝の上に座らされた。
 この状況にラミアの声が荒くなる。

「一緒に座る必要はないだろ!」
「ですが、こうしないと逃げられそうなので」
「だからって……」

 窓から差し込む月光が青黒の髪を淡く照らす。金の瞳が覗き込み、筋の通った鼻が頬に触れそうなほど近い。そして、犬の時と同じ夜露の香りが全身を包む。
 なんとなく恥ずかしくなったラミアが逃げるように顔を背けた。

(あ、相手は犬だ。何も気にすることなんて……)

 すると、無骨な太い指が白い顎をクイッと上へ向かせた。まっすぐな金の瞳に胸が跳ねる。

「吸血鬼は霧になって隙間から逃げられますからね」

 正体を見破られていたことにラミアの熱が一気に下がった。

「……気づいていたのか」
「太陽の下を歩ける吸血鬼は初めて見ましたが」

 その言葉にラミアがフッと笑う。

「僕は、特別なんだ」
「知ってます」

 当然のように断言するクレイディ。
 その男前な表情に。自信に溢れた金の瞳に。挫折、屈辱、無念さなど知らない力強さに。
 ラミアの中で怒りが、不満が、噴きあがっていく。

『気持ち悪い』
『恥さらし』
『出来損ない』

 散々言われてきた言葉が脳内を駆け巡る。

 忘れようとして、忘れられず。逃れようとして、逃れられず。

 ずっと、ずっと、捕らわれてきた。

(何も知らないくせに……)

 震えそうになる手をキツく握りしめる。

(大丈夫。僕は、特別なんだ)

 ずっと自分に言い聞かせてきた言葉。自分は特別なのだ。他の吸血鬼とは違うのだ。だから、陽の下を歩けるし、血や薔薇以外からも生気を摂取できる。

 こう考えることで、どうにか保ってきた自尊心。

 でも、どれだけ言い聞かせても不安は消えない。影のように追いかけてきて。鍋の底にある焦げのようにこびりついていて。常に自信を奪おうとする。

 そんなラミアにクレイディが言葉を続けた。

「あなたは特別ですから」
「いい加減なことを言うな!」

 ラミアが怒鳴りながらクレイディの膝から飛び降りた。そのまま怒りに任せて喚き散らす。

「僕のことを何も知らないくせに、知った風に言うな! おまえも、あの男と同じだ! 勝手に僕の表面だけを見て、勝手に理想の僕を作り上げているだけだ!」

 歯を食いしばり銀髪で顔を隠しながら俯く。

「本当の、僕は……僕は…………」

 言葉が終わる前に、無骨な手が白い頬に伸びた。

「あなたは特別です。どんな吸血鬼より優秀な血を求める。その姿は高潔で、どの吸血鬼より、気高い」

 思わぬ言葉にラミアの反応が遅れる。

「……気高い?」

 初めて言われた言葉。

「はい」

 顔をあげれば、目の前には柔らかな微笑み。

 その見守るような眼差しに、噴き出していた鬱憤が鎮まる。ずっと腹の底で渦巻いていた感情が溶けていく。縛り付けていた鎖が解け、心が軽くなる。

「……僕は、醜くないのか?」

 こぼれた言葉にクレイディが手の甲で頬を撫で、髪をさらう。

「こんなに美しいのに?」

 不思議そうに首を傾げながら銀の髪を指に絡める。

「血や薔薇以外の生気を吸い取るぞ」
「他の吸血鬼には出来ないことができる。凄いことです」
「陽を浴びても砂にならないぞ」
「昼を楽しめる素晴らしい体です。そうだ、今度デートをしましょう。遠乗りがいいですか? それとも、街で流行りの菓子の食べ歩きをします?」

 思わぬ提案にラミアが笑う。

「おまえには情緒がないのか? デートに誘うなら、もっと雰囲気を作ってから誘え」
「犬ですから」

 開き直ったような声音にラミアがますます笑う。

「狼なんだろ?」
「ですが、あなたのためなら犬にもなります」

 そう言うと、端正な顔が甘えるように銀髪に埋まった。そんなクレイディを拒否しないまま、ラミアが話を続ける。

「残念だが、僕は犬を求めてない。求めているのは、優秀な雌だ」
「私は優秀ですよ?」

 紫の瞳が訝しむように睨む。

「だが、おまえは雄だ。雄が相手では血は残せない」

 すると、銀髪の隙間から金の瞳だけが鋭く覗いた。

「……知ってますよ」

 低く真剣な声とともにラミアの体がさらわれる。ふたたびソファーの上の住人となり、背後から太い腕が抱き込む。

「何を知っているんだ?」

 首を傾けて後ろを見れば、クレイディの口角が獰猛にあがり、白い歯が覗いていた。獲物を前にした肉食獣のような気配に、最強の種族の一つである吸血鬼のラミアの背中がゾクリと震える。

「優秀な雄が現れたら、あなたはその身に新たな生命を宿すことができる」

 言葉とともに大きな手が下っ腹を撫でた。その手の動きが肌を舐めるように這うが、不思議と嫌悪感はない。むしろキュンと熱が集まる。

 雌の吸血鬼であれば、こぞって奪い合うであろう。それだけ強く、美しく、優秀な血の匂いを漂わす雄。

 しかも、吸血鬼を屈服させるだけの生命力。

(たしかに、こいつが相手なら僕の血を残すことも……いや、いや! 僕は男だ! 雄に屈服などしない!)

 認めたくないラミアは視線を室内へ巡らせた。王城ということもあり、王家の紋章が描かれた家具や装飾品が飾られている。

 そこで、王女が近衛騎士と恋に落ちたという話題を思い出す。

(そうだ。これだけの外見だし、王女が惚れるのも納得だし、男の僕より王女の方が良いに決まってる)

 沈んでいく感情を隠すように、ラミアは紫の瞳を鋭くして睨んだ。

「王女と恋仲なんだろ? 僕ではなく王女のところへ行け」

 犬の姿の時にあれだけ懐いていたのに、それが他人に取られると思うと腹立たしくなってきた。

(あれだけ、何度も屋敷に来て、全身を舐めてきたくせに)

 拗ねたようにプイッと顔を背けたラミアに対して、クレイディが意地悪そうに訊ねる。

「もしかして、ヤキモチを?」
「なっ!? んなわけないだろ! この高貴な僕がヤキモチなど!」

 慌てて否定すると、澄ました顔が返ってきた。

「まぁ、王女と恋仲なのは副隊長のほうですし」
「……そうなのか?」
「はい。ですが、あなたが心配するのであれば」

 言葉を切ったクレイディがソファーから下りて片膝を床につく。
 そのまま、ラミアの手をとって顔をあげた。真っ白な細い手を包み込む大きな手。慎重に、壊れないように触れているのが分かる。
 見つめていると青黒の髪が揺れ、薄い唇が手の甲に落ちた。

「あなただけの犬となりましょう」

 まるで騎士が忠誠を誓うような言葉と態度。
 その言葉に、その態度に、絆されかけ……て、ラミアがハッとする。

「おまえは近衛騎士隊長だろ! 職務を放棄するヤツは嫌いだ!」

 これが精いっぱいの照れ隠しであることをクレイディは理解していた。


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