完結•出来損ないの吸血鬼は希少種の黒狼に愛を囁かれる

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社交界での出会い

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「……まったく」

 意識を切り替えて社交界が開かれている王城へ。

 広間では人々が談笑しており、その中を歩いていく。水色のドレスに銀と紫の宝石で飾った姿は人々の注目を集める。だが、ラミアの目的はそこにない。

「ガーネット様はどちらに……」

 良家の息女であり、優良な血の持ち主として目をつけている。婚約者がいるらしいが、そこは自分の美貌をもってすれば、どうにでもなること。

 そう考えながらガーネットを探していると、男が馴れ馴れしく声をかけてきた。

「やあ、ラミア。俺があげたネックレスは?」

 振り返れば伯爵家の放蕩息子で有名な青年。しかも、ラミアの存在を知ってからは、社交界へ頻繁に顔を出して絡むようになり、婚約者にすると豪語している。
 だが、そんなことなど知らないラミアは微笑みながらも、心の中で悪態をついた。

(あげたんじゃなくて、押し付けたんだろ。あんな趣味が悪いネックレスなんて付けるか)

 ラミアは軽く膝を折ると、憂いを帯びた顔で言葉を返した。

「ネックレスに合うドレスがなくて……」
「では、今度ドレスをやろう。色は我が紋章と同じ赤だな。次の社交界では、それとネックレスをしてこい」

 チラリと男の胸にある刺繍を覗き見する。そこには、朱色の赤で盾と蛇が描かれた紋章の刺繍が。

(そんな明るい赤が僕に似合うわけないだろ! 美的感覚を磨いて、赤ん坊からやり直してこい!)

 威圧的で偉そうな言い方に苛立ちながらも、表情は穏やかなまま話を続ける。

「そこまでしていただくわけには……お気持ちだけで十分ですから」
「遠慮するな」
「いえ、遠慮ではなく……」

 ただでさえ目立つラミアが困ったように会話をしている。それは周囲の人々が気にするには十分で。
 自然と集まる視線を感じていると、男が執着混りの目で睨んできた。

「そのアクセサリーは、他の男から貰ったものか?」
「いえ。私の家にあったものです」

 実家の屋敷を出る時に失敬したものなので、嘘は言っていない。
 だが、男はラミアの言葉を信じず。

「嘘を言うな! そのドレスも他の男から貰ったのだろう!?」
「貰い物ではありませんが……そもそも、私がどのような物を身につけようと、あなたには関係ありませんよね?」

 不思議そうに首を傾げるラミア。遅れて銀色の髪がサラリと流れる。
 その美しくも愛らしい様相に男は見惚れかけて、大きく首を横に振った。

「うるさい! おまえは俺がやったものを着ていたらいいんだ!」

 その発言にラミアは思わずポツリと呟いた。

「え? あんな、ダサいのを? 無理」

 小さな声だったが、男の耳にはしっかり届いていて。

「なんだと!?」

 怒鳴り声とともに男が手をあげた。そのまま、ラミアの頬にむけて振り下ろされる。

(すぐに暴力に訴えるとは。低俗で短絡的思考すぎるな)

 男の手を避けることは造作もない。だが、ここで殴られれば、この男との縁も切れる。それどころか、王城で開催された社交界で暴力沙汰をおこしたとなれば、それ相応の処罰がある。

 瞬時にそこまで考えたラミアが男の平手打ちを受けるためにかまえる。

「キャー!」

 見守っていた淑女たちの悲鳴が響く中、衝撃にそなえていると……

「待て」

 痛みの代わりに、鋭い声が入った。
 視線をずらせば、王家の親衛隊の騎士服を着た青年が男の腕を持っている。

「クレイディ親衛隊長!」

 誰かが青年の名を呼んだ。

「クレイディ……隊長?」

 零れた言葉とともに紫の瞳が目の前に立つ青年の姿を映す。
 風に舞う青黒の髪。涼やかな淡い金の瞳。まっすぐな鼻筋に薄い唇。太い首に、鍛えられた逞しい体躯。眉目秀麗という言葉がこの上なく合う。美形の一族の中で育ったラミアでも一瞬、見惚れてしまうほど。
 そこに、深みのある落ち着いた声が響いた。

「王城内での暴力行為は禁止されている。よって、然るべき対応をとらせてもらう」

 淡々とした言葉に男が吠える。

「俺を誰だと思っている!? 離せ!」

 男が全身を揺らして逃れようとするが、クレイディはビクともしない。

「誰であろうと関係ない」
「この、王家の犬が!」

 噛みつく勢いの男にクレイディが無表情のまま問う。

「それは王への侮辱になると理解しての発言か?」
「親衛隊ごときが何を言って……」

 冷えた金の目が射抜く。
 その圧力に男がたじろいだところでクレイディが部下に命令をした。

「連れていけ」
「ハッ!」
「やめろ! 何をする!? 俺はドラグロ家の息子だぞ!」

 左右を騎士に挟まれて連行される男。その光景を周囲の人々が冷ややかな視線で見送る。

「ドラグロ家と言っているが、それほど力もないだろ」
「父親は頭を抱えていたからな」
「今度こそ勘当か」

 さりげなく聞こえてくる話を聞きながら、ラミアはクレディへ頭をさげた。

「危ないところを、ありがとうございました」

 その言葉に、ずっと鋭かった金の瞳が柔らかくなる。と、同時に広間がざわついた。

「あの、クレイディ親衛隊長が笑った?」
「鋼鉄の親衛隊長が?」
「鉄仮面のクレイディ隊長が?」

 幽霊でも見たかのように顔を引きつらせたまま愕然とする人々。
 だが、ラミアは周囲の状況よりも、満月のような金の瞳が気になった。どこかで見たことがあるような、キラキラとした輝きを放つ目。そして、どんな香水でも再現できない夜露の香りが鼻をかすめた。

「……まさか」

 零れ落ちた呟きにクレイディが澄ました笑顔になる。

「失礼します」

 突如、逞しい腕がラミアを抱き上げた。

「ま、待て。どこへ……」

 ラミアの言葉を遮るように薄い唇が耳元で囁く。

「声に気を付けてください」

 素の声が出ていたことに気づき、慌てて両手で口を塞ぐ。
 そこでクレイディが控えていた部下に声をかけた。

「気分が悪くなったそうだ。休むために別室へお連れする」
「はい」
「あとは任せた」
「ハッ!」

 美男美女の絵になる光景。思わぬ眼福にうっとりと見つめる人々。その中にはラミアが探していたガーネットの姿もあり……

(しまった! 優秀な雌が!)

 どうにか腕から下りようとするが、クレイディの力はかなり強くビクともしない。

 こうして二人は感嘆のため息を背に受けながら広間を後にした。



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