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後編
しおりを挟む「そこまでだ!」
ホールにあるすべての扉が開け放たれ、鎧がこすれる音となだれ込む足音で占領される。
「誰だ!? 今は学園の卒業パーティーの最中だぞ!」
バルカン様の発言に私は脱力しかけた。
(ここまでして、これをパーティーと言う? 私の処刑は余興とでも?)
緊張していた糸が切れたせいか、いつも引き締めている顔が緩み、涙腺が崩壊した。
うつむいたままの私の頭上を声が飛ぶ。
「剣を持っている生徒を全員、捕縛しろ! 残りは証言者として別室へ連れていけ! 一人も外に出すな。尋問が終わるまで、外部と接触させるな」
テキパキと指示を出す声。その声は今まで私を罵り、処刑しようとしていたバルカン様の声。けど、そこに。
「やめっ! 貴様ら! 私を王太子と知ってのおこないか!?」
抵抗するバルカン様の声。
(え? え? 指示をしながら、捕まって?)
状況が分からない私は思わず顔をあげた。すると、目の前には片膝をついて、私を心配そうに覗き込む紺碧の瞳……
「……バルカン、さま?」
私の一言にプッと吹き出す目の前の青年。バルカン様とよく似ているけど、バルカン様はこんな風に顔を崩して笑わない。笑うなら人を見下し嘲るような笑い。
それに、バルカン様はディアンヌ嬢とともに兵士に無理矢理連行されている最中。ちなみにディアンヌ嬢は可愛らしさを活かして無実を訴えているけど、兵士に相手にさえされていない。
(だとしたら、この青年は……誰?)
目の前の青年が縛られていた縄を切り、ハンカチを出して私の頬に当てた。
「いつも気丈で淑女の君がこんなになるなんて。助けにくるのが遅くなって、すまなかった」
私は頬にあるハンカチに触れ、そこで自分が泣いていることに気がついた。
「あの、あなたは……」
青年が金髪を揺らして微笑む。バルカン様と同じ碧眼なのに、比べものにならないほど優しく私を見つめる。
「忘れたかな? 昔、君をこの国とともに愛して守るって誓ったんだけど」
唐突に蘇る幼い頃の記憶。でも、あの言葉を言ったのは……
「それは、バルカン様が……」
青年が残念そうに苦笑いをする。
「やっぱり、そう思っていたか。私はバルカンの双子の弟、ヴィン。バルカンの婚約者として育てられていたし、そう覚え違いをしていても仕方ないか」
「ふ、双子!?」
私は思わず後ずさった。この国では双子は不吉な象徴。そのため、片割れは親戚の家などで育てられる。
「そう。それで、隣国の公爵家で育てられていたんだけど、バルカンとその周囲で不穏な動きがあると耳にしてね。探りを入れていたんだ」
「隣国の公爵家って……」
「君の親戚の、ね。だから、君の近況もいろいろ聞いていたよ」
我が家は古い血筋の公爵家であり、近隣諸国にも影響力はそこそこある。そのため、国との繋がりと強くしたい隣国の貴族から婚約を申し込まれて嫁ぐこともあり、隣国の貴族に複数の親族がいる。
けど、まさか、こんなことになっていたなんて!?
呆然とする私の頭をヴィンが撫でた。その優しい感触が、張りつめていた私の心をほぐしていく。
「君がこんなことになっているなんて、肝が冷えたよ。本当に、死ぬつもりだったの?」
「だっ……そ、それが……公爵令嬢として、生まれ……」
緊張が解け、声が震えて涙があふれた。助かったんだと実感する。でも、人前で感情を出すなんて。ましてや泣くなんてあり得ないこと。なのに、鼻水まで!
必死に歯を食いしばり、ハンカチで涙を拭いながら、鼻水も誤魔化す。けど、鼻水って涙と違って粘っこくて伸びる! いや、ちょ、広がらないで!
いつの間にか必死に鼻水と格闘していると、ふわりと温もりに包まれた。懐かしい花の香りが鼻をくすぐる。
私はヴィンの腕の中で驚いたまま顔をあげた。
「ほら、これで周りからは見えないよ」
「えっ、あ、その……ありがとうございます?」
「どういたしまして。でも、君が私の幼い頃にしてくれたことに比べたら、なんてことないけどね」
「幼い、頃?」
ヴィンが私を緩く抱きしめる。まるで存在を確認するかのように。
「双子であった私は忌み子として人から避けられていてね。そんな中、君だけが普通に話して遊んでくれた」
「それは知らなかっただけで……」
「でも、とても嬉しかった」
幼い頃、親と一緒に城を訪れては秘密の花園と呼ばれる庭でこっそり遊んでいた。そこで、ある日。勉強している子どもと出会った。その子はとても物知りで、頭が良くて。私はいろいろ教えてもらった。
「父に聞いたら、神童と呼ばれていて将来を有望視されているから、一緒に遊びなさいと」
「そうだね。それで、逆に王家を疎ましく思っている連中から命を狙われてたんだ。そいつらは双子が国に災いをもたらすと言って。それで私は秘密裏に君の父の協力で国外に逃げた」
「じゃあ、私はバルカン様とあなたを混同して覚えて……」
「あぁ。それで混乱させてしまったようだ。すまない」
衝撃の真実に言葉が出ない私は顔をあげたまま固まった。ヴィンが私の髪を撫でながら話を続ける。
「だが、今回のことで反乱分子を燻り出すことができた。バルカンは操り人形として利用されただけだが、あの間抜けぶりでは王族には置いておけない。ディアンヌとともに、それ相応の処罰が下るだろう」
「はい」
それは当然の結果。貴族内でもかなり勢力図が変わるだろう。
「それで、私が王太子になると思うんだけど。婚約者はシンシア、君でいいかな? 学園の成績が主席で王妃教育も終了している君より優秀な婚約者はいないと思うんだ」
「え? あ、そ、そうですね」
「ただ、一つだけお願いがあるんだけど」
その言葉に私は身構えた。いつもの私に戻る。
「はい。私にできることでしたらお応えいたします」
「私には嫉妬してほしいな」
にっこりと笑って言われたおねだり。美形で眩しくて、それでいてカッコいいけど、内容がソレ!?
「あの、政略結婚に愛は必要ないと思いますが?」
「そうだね。でも、ないよりあったほうが良くない?」
そう言って私の髪を一房手に取り、口づける。その姿に、いついかなる時も動揺しないように教育された私でも顔が真っ赤に。あと、心臓が破裂しそうなほど暴走を始めて。
「か、考えさせていただきます!」
「前向きにお願いするよ」
この日からヴィンの猛アタックが開始され、私は今まで積み上げてきた淑女の威厳を崩されることになる。
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