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生と死の狭間で
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辺境とはいえ曲がりなりにも伯爵令嬢である私が単騎で王城に乗り込んだことは衝撃を与えた。何事かと騒ぐ門番たちに囲まれ動けなくなる。
しかし、リロイが散々やらかしてくれたおかげで私の顔は知られており、すぐに城門を通過。
城の入口では王城の使用人が待機しており、城内へ案内された。
豪華な廊下を歩きながら私と同じく単騎で追いかけてきたテオスが提案する。
「これなら今度から馬で登城しましょうか。馬車二台で移動するより効率的です」
「……そうね」
私は上の空で返事をした。
それよりも、城内を案内する使用人の足が遅い。イライラしながら後を歩く。
「こちらになります」
使用人がドアを開けて頭をさげる。
私は部屋に入る前にテオスへ目配せをした。すると、心得たようにテオスが持っていた鞄を私に差し出した。
「ここでお待ちしております」
普通ならこのまま従者専用の控室に移動するところ。
だけど、今回は私の誘拐事件の関係もあり、護衛も兼ねてあまり私から離れないことにした。そのことを知っているのか王城の使用人は何も言わない。
鞄を受け取った私は目的の部屋に入った。
そこまで広くない部屋に数人の使用人がベッドの端で待機している。
私の登場に使用人たちが頭をさげる中、一人だけ訝しげな目をむけてきた。
ピシッとした正装姿の中年男性。髪を頭になでつけ清潔感が漂う。
「失礼ですが、どなたでしょう?」
私は淑女の礼をして答えた。
「ローレンス辺境伯が娘、ソフィア・ローレンスと申します」
「あぁ、あなたが。私は王家の専属医師、ルービッヒ・サンドリアと申します」
「リロイ殿下のご様子はいかがでしょう?」
私の直球の質問にルービッヒ医師が歯切れ悪く話す。
「どこにも問題がないのですが、何故か目覚めなくて……」
私はリロイが寝ているベッドに歩み寄った。大きめのベッドだが、やけに布団が積まれている。これだと重すぎて体を圧迫してしまう。
私はベッドを覗き込んで思わず声をあげた。
「どういうこと!? これじゃあ、まるで……」
純白のレースよりも白いリロイの顔。血の気がない真っ青な唇。ほとんど動かない胸。息をしているのかも怪しい。
私は手を伸ばしてリロイの首に触れた。
(冷たい!?)
体温の低さに驚く。それから、今にも止まりそうな拍動。弱々しく、とてもゆっくりで、熱がない。
私は振り返ってルービッヒ医師に叫んだ。
「なぜ、こんなに体が冷えているのです!?」
ルービッヒ医師が沈痛な面持ちで頭を左右に振る。
「わかりません。どんな治療をしても効果がなく……」
「そういうことではありません!」
怒りを覚えた私は伯爵令嬢の仮面を被るのも忘れ、控えている使用人に命令した。
「すぐ暖炉に火を起こして! あと、薪を大量に持ってきて! それから、お湯と湯たんぽもあるだけ持ってきて!」
「え?」
「は?」
突然のことに困惑する使用人たち。
その焦れったい動きに私は苛立ち混じりに声を荒らげた。
「急いで!」
「は、はい!」
私の気迫に押され動き出す使用人たち。私はそのうちの一人を捕まえて別の命令をした。
「あなたはこの布団を取って! 全部よ!」
「は、はい!」
使用人がリロイの布団に手をかけたところでルービッヒ医師が慌てて止める。
「なりません! リロイ殿下の体がますます冷えてしまいます!」
その話に私は怒鳴った。
「だから、温めるために布団を取るのよ! こんなことをして体が温まるわけないでしょ!」
「気が動転されるのは分かりますが、ここは医師である私にお任せください」
どうにか私をなだめようとするルービッヒ医師。
だけど、私から見れば不信感の塊でしかない。
「まともな治療をしていないのに任せられるわけないでしょ!」
「なっ!? まともではないとは、どういうことですか!? 辺境伯の令嬢とはいえ、無礼にもほどがあります!」
「ですから!」
怒鳴るルービッヒ医師に説明しようとした私をよく通る声が止めた。
「なんの騒ぎだ?」
「王!」
リロイの父である王が従者を連れてやってきた。他の使用人たちも動きを止めて頭をさげる。
王の前へ移動したルービッヒ医師が頭をさげて状況を説明した。
「辺境伯の令嬢が突然やってきて、治療の妨げをいたしまして……私はそれを止めておりました」
医師からの報告に王が少しだけ目を丸くする。それから私を見下ろして訊ねた。
「まことか?」
私は淑女の礼をして令嬢の仮面を被ると早口で説明をした。
「はい。ですが、それは適切な治療をするためです。体が冷え切っているのに布団を大量にかけても、体が温まることはありません。雪山に大量の布団を大量にかけたら温まるでしょうか? それと同じことです。むしろ、こんなに大量の布団は体を圧迫するだけです」
「では、どうするのだ?」
「それは……」
そこに王城の使用人が薪の束を抱えて駆け込んできた。
ここで王の許可なく顔をあげて使用人に指示を出すのは不敬罪になる。でも、今は一刻を争う。たとえ処罰されることになってもいい。今だけは……
私は顔をあげて使用人に命令した。
「暖炉に薪をくべて、火を最大にして部屋を暑くして! 湯たんぽと湯は!?」
「もう少しで届きます」
「できるだけ早くして」
「かしこまりました」
私は王に向き直り再び頭をさげた。
「失礼いたしました。部屋全体を温め、リロイ殿下の周囲に湯たんぽを置き、布団をかけて体を温めます。リロイ殿下の体が熱を持っていない以上、周囲から温めなければ体温は下がる一方で、四肢の末端から腐っていきます」
私の回答に王の視線が鋭くなる。
(途中で説明を切ったから、不敬罪で追い出されるかしら……でも、最低でもこの治療だけは……)
どうするか悩む私に低い声がかかる。
「そなたは医学の心得があるのか?」
「……独学ですが多少」
魔女の時に古今東西のあらゆる医学書を読み漁り、独学で知識を得た……なんて言えないけど。
王の体が微かに動く。リロイの方をむいた後、ルービッヒ医師に命じた。
「全員、この者の指示通りに動くように」
「なっ!?」
不服そうに声を詰まらすルービッヒ医師。
予想外の決断に私は思わず顔をあげてしまった私を王が見下ろす。
「リロイなら、そなたに治療されることを望むだろう」
そう言って王が目元にシワをよせる。リロイの目より濃い琥珀の瞳が疑うことなく私を見つめる。
「ありがとうございます」
頭をさげる私を遮るようにルービッヒ医師が出てきた。
「王家専属の医師どころか、医師でもない者に治療を任せるなどありえません! どうか、治療はこのまま私にお任せください!」
王がルービッヒ医師の労をねぎらうように言った。
「そなたがリロイのために全力を尽くしてくれたのは分かっておる。だが、回復の兆しはない。ならば、ここで他の治療に切り替えるのも手であろう」
「ですが……」
「ルービッヒよ」
その一言でルービッヒ医師が渋々と頭をさげる。
「……かしこまりました」
そこへワゴンに載った湯たんぽと桶に入った湯が来た。
王公認となった私は使用人たちに指示を出す。
「リロイ殿下の布団をすべて取って。それから、湯たんぽを体に触れないように、少しだけ離して置いて。あと、脇の下と首と足の付け根にタオルで包んだ小さな湯たんぽを置いて」
リロイの体を湯たんぽで囲み羽毛布団と毛皮をかける。部屋が暑くなってきたので、体を温めるなら掛け物はこれで十分。
「これでいいわ。ありがとう」
一段落ついたところで、私は王に声をかけた。
「リロイ殿下と二人にさせていただけないでしょうか?」
「急変したら、どうするのですか!?」
慌てるルービッヒ医師を王が手で制する。
「ドアの外で待機でもいいか?」
「はい」
「皆のもの! 外へ出よ!」
「ありがとうございます」
王が不安混じりの目で私を見下ろす。それは子を心配する親の顔で。どんなに規格外で破天荒な行動をするリロイでも王からしたら自分の子であることに変わりない。
「リロイのこと、任せたぞ」
「はい」
王が退室して、ルービッヒ医師を始め、使用人たちも解散。嵐が去った後のような静けさだけが残った。
しかし、リロイが散々やらかしてくれたおかげで私の顔は知られており、すぐに城門を通過。
城の入口では王城の使用人が待機しており、城内へ案内された。
豪華な廊下を歩きながら私と同じく単騎で追いかけてきたテオスが提案する。
「これなら今度から馬で登城しましょうか。馬車二台で移動するより効率的です」
「……そうね」
私は上の空で返事をした。
それよりも、城内を案内する使用人の足が遅い。イライラしながら後を歩く。
「こちらになります」
使用人がドアを開けて頭をさげる。
私は部屋に入る前にテオスへ目配せをした。すると、心得たようにテオスが持っていた鞄を私に差し出した。
「ここでお待ちしております」
普通ならこのまま従者専用の控室に移動するところ。
だけど、今回は私の誘拐事件の関係もあり、護衛も兼ねてあまり私から離れないことにした。そのことを知っているのか王城の使用人は何も言わない。
鞄を受け取った私は目的の部屋に入った。
そこまで広くない部屋に数人の使用人がベッドの端で待機している。
私の登場に使用人たちが頭をさげる中、一人だけ訝しげな目をむけてきた。
ピシッとした正装姿の中年男性。髪を頭になでつけ清潔感が漂う。
「失礼ですが、どなたでしょう?」
私は淑女の礼をして答えた。
「ローレンス辺境伯が娘、ソフィア・ローレンスと申します」
「あぁ、あなたが。私は王家の専属医師、ルービッヒ・サンドリアと申します」
「リロイ殿下のご様子はいかがでしょう?」
私の直球の質問にルービッヒ医師が歯切れ悪く話す。
「どこにも問題がないのですが、何故か目覚めなくて……」
私はリロイが寝ているベッドに歩み寄った。大きめのベッドだが、やけに布団が積まれている。これだと重すぎて体を圧迫してしまう。
私はベッドを覗き込んで思わず声をあげた。
「どういうこと!? これじゃあ、まるで……」
純白のレースよりも白いリロイの顔。血の気がない真っ青な唇。ほとんど動かない胸。息をしているのかも怪しい。
私は手を伸ばしてリロイの首に触れた。
(冷たい!?)
体温の低さに驚く。それから、今にも止まりそうな拍動。弱々しく、とてもゆっくりで、熱がない。
私は振り返ってルービッヒ医師に叫んだ。
「なぜ、こんなに体が冷えているのです!?」
ルービッヒ医師が沈痛な面持ちで頭を左右に振る。
「わかりません。どんな治療をしても効果がなく……」
「そういうことではありません!」
怒りを覚えた私は伯爵令嬢の仮面を被るのも忘れ、控えている使用人に命令した。
「すぐ暖炉に火を起こして! あと、薪を大量に持ってきて! それから、お湯と湯たんぽもあるだけ持ってきて!」
「え?」
「は?」
突然のことに困惑する使用人たち。
その焦れったい動きに私は苛立ち混じりに声を荒らげた。
「急いで!」
「は、はい!」
私の気迫に押され動き出す使用人たち。私はそのうちの一人を捕まえて別の命令をした。
「あなたはこの布団を取って! 全部よ!」
「は、はい!」
使用人がリロイの布団に手をかけたところでルービッヒ医師が慌てて止める。
「なりません! リロイ殿下の体がますます冷えてしまいます!」
その話に私は怒鳴った。
「だから、温めるために布団を取るのよ! こんなことをして体が温まるわけないでしょ!」
「気が動転されるのは分かりますが、ここは医師である私にお任せください」
どうにか私をなだめようとするルービッヒ医師。
だけど、私から見れば不信感の塊でしかない。
「まともな治療をしていないのに任せられるわけないでしょ!」
「なっ!? まともではないとは、どういうことですか!? 辺境伯の令嬢とはいえ、無礼にもほどがあります!」
「ですから!」
怒鳴るルービッヒ医師に説明しようとした私をよく通る声が止めた。
「なんの騒ぎだ?」
「王!」
リロイの父である王が従者を連れてやってきた。他の使用人たちも動きを止めて頭をさげる。
王の前へ移動したルービッヒ医師が頭をさげて状況を説明した。
「辺境伯の令嬢が突然やってきて、治療の妨げをいたしまして……私はそれを止めておりました」
医師からの報告に王が少しだけ目を丸くする。それから私を見下ろして訊ねた。
「まことか?」
私は淑女の礼をして令嬢の仮面を被ると早口で説明をした。
「はい。ですが、それは適切な治療をするためです。体が冷え切っているのに布団を大量にかけても、体が温まることはありません。雪山に大量の布団を大量にかけたら温まるでしょうか? それと同じことです。むしろ、こんなに大量の布団は体を圧迫するだけです」
「では、どうするのだ?」
「それは……」
そこに王城の使用人が薪の束を抱えて駆け込んできた。
ここで王の許可なく顔をあげて使用人に指示を出すのは不敬罪になる。でも、今は一刻を争う。たとえ処罰されることになってもいい。今だけは……
私は顔をあげて使用人に命令した。
「暖炉に薪をくべて、火を最大にして部屋を暑くして! 湯たんぽと湯は!?」
「もう少しで届きます」
「できるだけ早くして」
「かしこまりました」
私は王に向き直り再び頭をさげた。
「失礼いたしました。部屋全体を温め、リロイ殿下の周囲に湯たんぽを置き、布団をかけて体を温めます。リロイ殿下の体が熱を持っていない以上、周囲から温めなければ体温は下がる一方で、四肢の末端から腐っていきます」
私の回答に王の視線が鋭くなる。
(途中で説明を切ったから、不敬罪で追い出されるかしら……でも、最低でもこの治療だけは……)
どうするか悩む私に低い声がかかる。
「そなたは医学の心得があるのか?」
「……独学ですが多少」
魔女の時に古今東西のあらゆる医学書を読み漁り、独学で知識を得た……なんて言えないけど。
王の体が微かに動く。リロイの方をむいた後、ルービッヒ医師に命じた。
「全員、この者の指示通りに動くように」
「なっ!?」
不服そうに声を詰まらすルービッヒ医師。
予想外の決断に私は思わず顔をあげてしまった私を王が見下ろす。
「リロイなら、そなたに治療されることを望むだろう」
そう言って王が目元にシワをよせる。リロイの目より濃い琥珀の瞳が疑うことなく私を見つめる。
「ありがとうございます」
頭をさげる私を遮るようにルービッヒ医師が出てきた。
「王家専属の医師どころか、医師でもない者に治療を任せるなどありえません! どうか、治療はこのまま私にお任せください!」
王がルービッヒ医師の労をねぎらうように言った。
「そなたがリロイのために全力を尽くしてくれたのは分かっておる。だが、回復の兆しはない。ならば、ここで他の治療に切り替えるのも手であろう」
「ですが……」
「ルービッヒよ」
その一言でルービッヒ医師が渋々と頭をさげる。
「……かしこまりました」
そこへワゴンに載った湯たんぽと桶に入った湯が来た。
王公認となった私は使用人たちに指示を出す。
「リロイ殿下の布団をすべて取って。それから、湯たんぽを体に触れないように、少しだけ離して置いて。あと、脇の下と首と足の付け根にタオルで包んだ小さな湯たんぽを置いて」
リロイの体を湯たんぽで囲み羽毛布団と毛皮をかける。部屋が暑くなってきたので、体を温めるなら掛け物はこれで十分。
「これでいいわ。ありがとう」
一段落ついたところで、私は王に声をかけた。
「リロイ殿下と二人にさせていただけないでしょうか?」
「急変したら、どうするのですか!?」
慌てるルービッヒ医師を王が手で制する。
「ドアの外で待機でもいいか?」
「はい」
「皆のもの! 外へ出よ!」
「ありがとうございます」
王が不安混じりの目で私を見下ろす。それは子を心配する親の顔で。どんなに規格外で破天荒な行動をするリロイでも王からしたら自分の子であることに変わりない。
「リロイのこと、任せたぞ」
「はい」
王が退室して、ルービッヒ医師を始め、使用人たちも解散。嵐が去った後のような静けさだけが残った。
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