30 / 35
終わりの始まり
しおりを挟む
強い眠気。できるなら、このまま眠りたい。けど、そういうわけにはいかない。
体を動かそうとするけど力が入らず。なんとか瞼だけでも開けてみる。
天蓋付きの大きなベッド。綺麗な壁とカーテンが閉められた窓。しっかりとした造りの天井。どこかの貴族の屋敷のような。
目線だけで見える範囲だから、それぐらいしか分からない。
(それよりも、眠気が……かなり強い睡眠香、だったの、ね……)
意識がぼやけ、瞼が閉じかける。
眠気と戦っているとドアが開く音が響いた。コツコツと硬い足音が近づいてくる。
(……誰?)
確認したいけど顔が動かせない。
緊張している私の耳に低い声が触れた。
「さすが禁輸の香だ。よく効いている」
私が眠っていると思っているらしい。どこかで聞いたことがあるような気がする。ねっとりとした視線を感じながら必死に記憶を探る。
(声もだけど、この気持ち悪い視線も覚えが……)
ヒヤリとした何かが頬に触れる。その瞬間、全身がゾワゾワとして鳥肌が立った。すぐに離れたが不快感が強烈に残っている。
(カサカサでシワがある……手?)
そこで、ふと思い出す無骨な手。
(大きくて、筋張っていて、剣だこもある。硬くて触り心地が良いわけじゃないけれど、温かくて私を包み込んでくれて……って、今はそうじゃなくて!)
心の中で葛藤していると、再び独り言が聞こえた。
「しばらくは起きないだろうな。目覚めるまで、どうやって遊ぶか」
カチャカチャと物を探る音に上機嫌な鼻歌が混じる。
「いつぞやの娘のように舌をかまれては面倒だから、先に猿轡をつけて、手足も縛っておくか。ドレスは……あぁ、このナイフで裂けばいいな」
衝撃の言葉の連続に血の気が引く。
(リロイとは違う種類のド変態!? 早く逃げないと!)
どうにか体を動かそうとするけど指一本動かせず。でも、眠気は少しずつ薄れてきた。
(あと少し! 睡眠香はすぐに効果があるけど、効果が切れたらすぐに動けるのが特徴。睡眠香の効果が切れれば、すぐに動ける……はず!)
私は試しに少しだけ瞼を動かしてみた。
ぼやけているが、薄暗い室内が見える。その中で視界の端に映る男の背中。机の上にある箱から様々な道具を出して並べている。
微かに覗く横顔。口元の豊かな髭。その姿に王城でローレンス領の物流問題の解決策の説明会を思い出した。リロイに女性関係の問題を指摘され、最初に退場した……
(まさか、ホイット・カバヴィ伯爵!?)
好色家のような気味悪い目をした髭老人とは思ったけど、こんなことをするなんて……いや。今はそれより対策を考えないと。
(背が高いやせ型。膝裏を攻撃して重心を崩せば……骨も脆そうだし、足を折ればどうにかなる!)
体が動くようになったらどう動くか。
いろんな状況を想定して対応を考える。と、同時にホイット伯爵から見えない位置の指や足先を動かして薬の効き目の程度を確認。
(……感覚はあるけど、まだ動かせない。私がまだ睡眠香が効いていて動けないと油断している間に先手を打てれば)
焦る気持ちを抑えながら睡眠香が切れるのを待つ。
そこに準備を終えたのかホイット伯爵が振り返った。下卑た笑みを浮かべ、ジットリとした目で私を見下ろす。その手には皮製の猿轡が!?
(我慢! 我慢よ! 体が動くようになるまでの我慢! 体が動くようになったらボコボコにしてやるんだから!)
瞼を閉じて寝ているフリをする私にホイット伯爵が声を出して笑う。
「起きた時の反応が楽しみだ。この気高い娘がどんな絶望に染まった顔を見せるのか」
(うわっ!? 最悪な趣味嗜好!)
怪しい気配とともに私に近づいてくる。
そこに、廊下から甲高い声が聞こえてきた。
「私はグレース・シュルーダーよ! 公爵家に逆らうつもり!?」
「ですから、主が参るまでお待ちを……」
「どうして私が待たないといけませんの!?」
激しい声とともにドアが開く音がする。
舌打ちが聞こえ、すぐにホイット伯爵の済ました声がした。
「これは、これは、グレース令嬢。いかがされました?」
荒々しい足音とともに甲高い声が響く。
「その田舎娘を私によこしなさい! 八つ裂きにしなければ気が済みませんわ!」
「おや、おや。さらった後は私の好きにして良いという話ではありませんでしたか? ですから、禁制の香を密輸してお渡ししましたのに」
「なら、私が八つ裂きにした後で好きになさい!」
どうやら風向きが変わってきた。
寝たフリをしているため目が開けられない。耳を澄まして状況を想像する。
「それでは価値が落ちます。私が好きにした後でお渡ししましょう」
「私はいますぐ八つ裂きにしたいのよ! つべこべ言わずにさっさと渡しなさい!」
「ですから、それだと価値が落ちると言っているでしょう。それに最初の話と違います」
「うるさいわね! 公爵家である私の言うことを聞きなさい!」
好き勝手言い争う二人。それを黙って聞くしかできない私。
(そもそも私は物じゃないんだけど!? でも、チャンスかも)
指が少し動くようになってきた。このまま口論を続けてくれたら、その間に睡眠香の効果が切れそう。
動く機会を伺いながら周囲にも神経を張り巡らせる。
「もう! うるさいわね! なら、ここで八つ裂きにするわ!」
ガシャン! と物が落ちる音が響く。
「やめろ!」
次にホイット伯爵の切迫した声。少し目を開けるとキラリと輝く……
「!?」
私は反射的に顔を横にむけた。頬に鋭い痛みが走り、頭があった場所にナイフが突き刺さっている。
「なんで避けるのよ!?」
(避けるに決まっているでしょ!)
声はまだ出ないため心の中で叫ぶ。顔は動かせたけど体はまだ重い。
「何をする!? 私のモノだぞ!」
ホイット伯爵の問いにグレース嬢が私の血が付いたナイフを傾けて微笑む。
「すべてはリロイ様のため。この田舎娘に惑わされ、変わられてしまったお可哀そうなリロイ様。でも、ぐしゃぐしゃになった田舎娘を見れば、私の愛を思い出されるわ」
(だから、なんでそういう思考になるのよ!?)
うっとりと鈍く輝く柳色の瞳。現実を見ず、幻影に生きる狂気の色。
その気配にホイット伯爵が若干引き気味に頷く。
「少し趣味とはズレるが、切り裂きながら犯すのも、また一興」
そう言って猿轡を手にするホイット伯爵。その隣にはナイフをギラつかせたグレース嬢。
片や、動けない体の私。
そこに再び使用人の叫び声が飛び込む。
「お待ちください! 主を呼びますので!」
ドガドガと迫る複数の足音と怒鳴り声。
(次は誰!?)
「ソフィア!」
声とともに駆けこんできたのは剣を持ったリロイ。他にも複数の兵とテオスの姿がある。普通なら「助けが来た!」と安堵するのだが……
(前世と、同じ……)
剣を持ったリロイの姿に前世の記憶が蘇る。私の胸を剣で刺した時の、あの血まみれの姿が。
その瞬間、目の前が真っ暗になり、血の気が引いた。体が小刻みに震え、前世で剣が貫いた部分が燃えるように熱い。
(大丈夫。大丈夫よ。今回は関係ない。私を殺しに来たんじゃない。だから、落ち着かないと)
必死に言い聞かせていると、怒りで燃えた琥珀の瞳がホイット伯爵を捕らえた。しかも、手にしている猿轡を発見してしまい……
「それを、どうするつもりだ?」
ドス暗く、地を這うような低い声。第三王子の登場にホイット伯爵が慌てて猿轡を投げ捨てた。
「いや、私はそ……ゴフッ!」
言葉の途中でホイット伯爵の体が天井にむかって高く吹き飛んだ。そのまま円を描き、床に落下。顎が変形し、白目をむいて気絶している。
視線を動かせば、リロイが逆手に持った剣の柄を高々と掲げていた。どうやら剣の柄でホイット伯爵の顎を一突きしたらしい。
一瞬の早業に唖然とした空気が流れる。
呆然と見ていると、リロイが動けない私に気づいた。
「ソフィア!」
ホッと緩む表情。その顔はいつもの犬のようで……
(そうよ。前世とは違うんだから。大丈夫)
緊張が解けかけた時、リロイが私の頬の傷を見て一変した。
琥珀の瞳から光が消え、真っ赤な髪が炎のように逆立つ。リロイの視線がグレース嬢の手にあるナイフに移り、闇より不気味な禍々しい気配が噴き出した。
「貴様か? 貴様がソフィアを傷つけたのか?」
剣を握る手に力が入り、リロイが踏み出す。嫌でも前世を思い出す緊迫感。
周囲の兵がリロイの威圧に負けて青ざめている中、グレース嬢が歓喜に震えたように声をだした。
「あぁ、リロイ様。私だけを見つめる、その目。私はずっと、その目を欲しておりました」
天にも昇るようなうっとりとした表情。恋する乙女を超えた狂人のような。
一方、無言で剣をかまえるリロイ。静かな怒りに燃える姿は今にもグレース嬢に剣を突き立てそう。
(この中でリロイを止められる力があるのはテオスぐらいだけど位置が悪いわ)
リロイとテオスの間には物理的な距離がある。近いようだが、リロイの実力ならテオスが止めに入る前にグレース嬢を刺すだろう。
わたしの考えをあざ笑うようにグレース嬢が恍惚な表情で両手を差し出す。
「リロイ様に殺されるのでしたら本望ですわ」
そして、あなたの記憶に永遠に残るのなら……
グレース嬢の心の声が聞こえた気がした。同時に私の中で何とも言えない感情が沸き上がる。
(そんな方法で記憶に残ろうとするなんて、許せない!)
動かない手足に力を入れた瞬間、リロイが持っていた剣が姿を消した。
「ダメ!」
転がるようにリロイの前に飛び込む。鉛色に輝く剣が迷いなく私の胸へ……
「クッ!」
鈍い痛みが走る。目の前に散らばる真っ赤な破片。その先には驚愕の顔をしたリロイ。すぐに剣を手放し、泣きそうな顔で私に手を伸ばす。
(……そんな顔、初めて見たわ)
人々の喧騒を遠くに聞きながら私の意識は途切れた。
体を動かそうとするけど力が入らず。なんとか瞼だけでも開けてみる。
天蓋付きの大きなベッド。綺麗な壁とカーテンが閉められた窓。しっかりとした造りの天井。どこかの貴族の屋敷のような。
目線だけで見える範囲だから、それぐらいしか分からない。
(それよりも、眠気が……かなり強い睡眠香、だったの、ね……)
意識がぼやけ、瞼が閉じかける。
眠気と戦っているとドアが開く音が響いた。コツコツと硬い足音が近づいてくる。
(……誰?)
確認したいけど顔が動かせない。
緊張している私の耳に低い声が触れた。
「さすが禁輸の香だ。よく効いている」
私が眠っていると思っているらしい。どこかで聞いたことがあるような気がする。ねっとりとした視線を感じながら必死に記憶を探る。
(声もだけど、この気持ち悪い視線も覚えが……)
ヒヤリとした何かが頬に触れる。その瞬間、全身がゾワゾワとして鳥肌が立った。すぐに離れたが不快感が強烈に残っている。
(カサカサでシワがある……手?)
そこで、ふと思い出す無骨な手。
(大きくて、筋張っていて、剣だこもある。硬くて触り心地が良いわけじゃないけれど、温かくて私を包み込んでくれて……って、今はそうじゃなくて!)
心の中で葛藤していると、再び独り言が聞こえた。
「しばらくは起きないだろうな。目覚めるまで、どうやって遊ぶか」
カチャカチャと物を探る音に上機嫌な鼻歌が混じる。
「いつぞやの娘のように舌をかまれては面倒だから、先に猿轡をつけて、手足も縛っておくか。ドレスは……あぁ、このナイフで裂けばいいな」
衝撃の言葉の連続に血の気が引く。
(リロイとは違う種類のド変態!? 早く逃げないと!)
どうにか体を動かそうとするけど指一本動かせず。でも、眠気は少しずつ薄れてきた。
(あと少し! 睡眠香はすぐに効果があるけど、効果が切れたらすぐに動けるのが特徴。睡眠香の効果が切れれば、すぐに動ける……はず!)
私は試しに少しだけ瞼を動かしてみた。
ぼやけているが、薄暗い室内が見える。その中で視界の端に映る男の背中。机の上にある箱から様々な道具を出して並べている。
微かに覗く横顔。口元の豊かな髭。その姿に王城でローレンス領の物流問題の解決策の説明会を思い出した。リロイに女性関係の問題を指摘され、最初に退場した……
(まさか、ホイット・カバヴィ伯爵!?)
好色家のような気味悪い目をした髭老人とは思ったけど、こんなことをするなんて……いや。今はそれより対策を考えないと。
(背が高いやせ型。膝裏を攻撃して重心を崩せば……骨も脆そうだし、足を折ればどうにかなる!)
体が動くようになったらどう動くか。
いろんな状況を想定して対応を考える。と、同時にホイット伯爵から見えない位置の指や足先を動かして薬の効き目の程度を確認。
(……感覚はあるけど、まだ動かせない。私がまだ睡眠香が効いていて動けないと油断している間に先手を打てれば)
焦る気持ちを抑えながら睡眠香が切れるのを待つ。
そこに準備を終えたのかホイット伯爵が振り返った。下卑た笑みを浮かべ、ジットリとした目で私を見下ろす。その手には皮製の猿轡が!?
(我慢! 我慢よ! 体が動くようになるまでの我慢! 体が動くようになったらボコボコにしてやるんだから!)
瞼を閉じて寝ているフリをする私にホイット伯爵が声を出して笑う。
「起きた時の反応が楽しみだ。この気高い娘がどんな絶望に染まった顔を見せるのか」
(うわっ!? 最悪な趣味嗜好!)
怪しい気配とともに私に近づいてくる。
そこに、廊下から甲高い声が聞こえてきた。
「私はグレース・シュルーダーよ! 公爵家に逆らうつもり!?」
「ですから、主が参るまでお待ちを……」
「どうして私が待たないといけませんの!?」
激しい声とともにドアが開く音がする。
舌打ちが聞こえ、すぐにホイット伯爵の済ました声がした。
「これは、これは、グレース令嬢。いかがされました?」
荒々しい足音とともに甲高い声が響く。
「その田舎娘を私によこしなさい! 八つ裂きにしなければ気が済みませんわ!」
「おや、おや。さらった後は私の好きにして良いという話ではありませんでしたか? ですから、禁制の香を密輸してお渡ししましたのに」
「なら、私が八つ裂きにした後で好きになさい!」
どうやら風向きが変わってきた。
寝たフリをしているため目が開けられない。耳を澄まして状況を想像する。
「それでは価値が落ちます。私が好きにした後でお渡ししましょう」
「私はいますぐ八つ裂きにしたいのよ! つべこべ言わずにさっさと渡しなさい!」
「ですから、それだと価値が落ちると言っているでしょう。それに最初の話と違います」
「うるさいわね! 公爵家である私の言うことを聞きなさい!」
好き勝手言い争う二人。それを黙って聞くしかできない私。
(そもそも私は物じゃないんだけど!? でも、チャンスかも)
指が少し動くようになってきた。このまま口論を続けてくれたら、その間に睡眠香の効果が切れそう。
動く機会を伺いながら周囲にも神経を張り巡らせる。
「もう! うるさいわね! なら、ここで八つ裂きにするわ!」
ガシャン! と物が落ちる音が響く。
「やめろ!」
次にホイット伯爵の切迫した声。少し目を開けるとキラリと輝く……
「!?」
私は反射的に顔を横にむけた。頬に鋭い痛みが走り、頭があった場所にナイフが突き刺さっている。
「なんで避けるのよ!?」
(避けるに決まっているでしょ!)
声はまだ出ないため心の中で叫ぶ。顔は動かせたけど体はまだ重い。
「何をする!? 私のモノだぞ!」
ホイット伯爵の問いにグレース嬢が私の血が付いたナイフを傾けて微笑む。
「すべてはリロイ様のため。この田舎娘に惑わされ、変わられてしまったお可哀そうなリロイ様。でも、ぐしゃぐしゃになった田舎娘を見れば、私の愛を思い出されるわ」
(だから、なんでそういう思考になるのよ!?)
うっとりと鈍く輝く柳色の瞳。現実を見ず、幻影に生きる狂気の色。
その気配にホイット伯爵が若干引き気味に頷く。
「少し趣味とはズレるが、切り裂きながら犯すのも、また一興」
そう言って猿轡を手にするホイット伯爵。その隣にはナイフをギラつかせたグレース嬢。
片や、動けない体の私。
そこに再び使用人の叫び声が飛び込む。
「お待ちください! 主を呼びますので!」
ドガドガと迫る複数の足音と怒鳴り声。
(次は誰!?)
「ソフィア!」
声とともに駆けこんできたのは剣を持ったリロイ。他にも複数の兵とテオスの姿がある。普通なら「助けが来た!」と安堵するのだが……
(前世と、同じ……)
剣を持ったリロイの姿に前世の記憶が蘇る。私の胸を剣で刺した時の、あの血まみれの姿が。
その瞬間、目の前が真っ暗になり、血の気が引いた。体が小刻みに震え、前世で剣が貫いた部分が燃えるように熱い。
(大丈夫。大丈夫よ。今回は関係ない。私を殺しに来たんじゃない。だから、落ち着かないと)
必死に言い聞かせていると、怒りで燃えた琥珀の瞳がホイット伯爵を捕らえた。しかも、手にしている猿轡を発見してしまい……
「それを、どうするつもりだ?」
ドス暗く、地を這うような低い声。第三王子の登場にホイット伯爵が慌てて猿轡を投げ捨てた。
「いや、私はそ……ゴフッ!」
言葉の途中でホイット伯爵の体が天井にむかって高く吹き飛んだ。そのまま円を描き、床に落下。顎が変形し、白目をむいて気絶している。
視線を動かせば、リロイが逆手に持った剣の柄を高々と掲げていた。どうやら剣の柄でホイット伯爵の顎を一突きしたらしい。
一瞬の早業に唖然とした空気が流れる。
呆然と見ていると、リロイが動けない私に気づいた。
「ソフィア!」
ホッと緩む表情。その顔はいつもの犬のようで……
(そうよ。前世とは違うんだから。大丈夫)
緊張が解けかけた時、リロイが私の頬の傷を見て一変した。
琥珀の瞳から光が消え、真っ赤な髪が炎のように逆立つ。リロイの視線がグレース嬢の手にあるナイフに移り、闇より不気味な禍々しい気配が噴き出した。
「貴様か? 貴様がソフィアを傷つけたのか?」
剣を握る手に力が入り、リロイが踏み出す。嫌でも前世を思い出す緊迫感。
周囲の兵がリロイの威圧に負けて青ざめている中、グレース嬢が歓喜に震えたように声をだした。
「あぁ、リロイ様。私だけを見つめる、その目。私はずっと、その目を欲しておりました」
天にも昇るようなうっとりとした表情。恋する乙女を超えた狂人のような。
一方、無言で剣をかまえるリロイ。静かな怒りに燃える姿は今にもグレース嬢に剣を突き立てそう。
(この中でリロイを止められる力があるのはテオスぐらいだけど位置が悪いわ)
リロイとテオスの間には物理的な距離がある。近いようだが、リロイの実力ならテオスが止めに入る前にグレース嬢を刺すだろう。
わたしの考えをあざ笑うようにグレース嬢が恍惚な表情で両手を差し出す。
「リロイ様に殺されるのでしたら本望ですわ」
そして、あなたの記憶に永遠に残るのなら……
グレース嬢の心の声が聞こえた気がした。同時に私の中で何とも言えない感情が沸き上がる。
(そんな方法で記憶に残ろうとするなんて、許せない!)
動かない手足に力を入れた瞬間、リロイが持っていた剣が姿を消した。
「ダメ!」
転がるようにリロイの前に飛び込む。鉛色に輝く剣が迷いなく私の胸へ……
「クッ!」
鈍い痛みが走る。目の前に散らばる真っ赤な破片。その先には驚愕の顔をしたリロイ。すぐに剣を手放し、泣きそうな顔で私に手を伸ばす。
(……そんな顔、初めて見たわ)
人々の喧騒を遠くに聞きながら私の意識は途切れた。
1
お気に入りに追加
1,156
あなたにおすすめの小説
可愛い後輩ワンコが、私の彼氏になりました♪
奏音 美都
恋愛
バレンタインデーに可愛い後輩ワンコ、波瑠を襲おうと計画して、見事ドS狼に豹変した彼に逆に襲われてペロリと食べられ、付き合うことになった美緒。
そんな美緒と波瑠ワンコのバレンタインから2週間後のエピソード。
本編はこちらになります。
「【R18】バレンタインデーに可愛い後輩ワンコを食べるつもりが、ドS狼に豹変されて美味しく食べられちゃいました♡」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/699449075
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
乙女ゲームに転生するつもりが神々の悪戯で牧場生活ゲームに転生したので満喫することにします
森 湖春
恋愛
長年の夢である世界旅行に出掛けた叔父から、寂れた牧場を譲り受けた少女、イーヴィン。
彼女は畑を耕す最中、うっかり破壊途中の岩に頭を打って倒れた。
そして、彼女は気付くーーここが、『ハーモニーハーベスト』という牧場生活シミュレーションゲームの世界だということを。自分が、転生者だということも。
どうやら、神々の悪戯で転生を失敗したらしい。最近流行りの乙女ゲームの悪役令嬢に転生出来なかったのは残念だけれど、これはこれで悪くない。
近くの村には婿候補がいるし、乙女ゲームと言えなくもない。ならば、楽しもうじゃないか。
婿候補は獣医、大工、異国の王子様。
うっかりしてたら男主人公の嫁候補と婿候補が結婚してしまうのに、女神と妖精のフォローで微妙チートな少女は牧場ライフ満喫中!
同居中の過保護な妖精の目を掻い潜り、果たして彼女は誰を婿にするのか⁈
神々の悪戯から始まる、まったり牧場恋愛物語。
※この作品は『小説家になろう』様にも掲載しています。
転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!
高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。
可愛い後輩ワンコと、同棲することになりました!
奏音 美都
恋愛
晴れて恋人となり、ハルワンコの策略にはまって同棲することになった美緒。
そんなふたりの様子と、4月の人事異動について描いてます。
こちらの作品は、
「【R18】バレンタインデーに可愛い後輩ワンコを食べるつもりが、ドS狼に豹変されて美味しく食べられちゃいました♡」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/699449075
その後を描いたエピソードになります。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました
白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。
「会いたかったーー……!」
一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。
【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる