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薬と前世の記憶
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その後の夕食会はシュルーダー夫妻のみ参加。
リロイは対外的な笑顔だったが、言葉の端々にトゲがあり、シュルーダー公爵をチクチクと刺し続け。食事会が終了した頃には夫婦そろって瀕死のような顔をしていた。
(ちゃんとシュルーダー公爵に伝わるように話していたから……)
以降、グレース嬢と会うことはなく穏やかに過ごせた。公爵家だけあって使用人たちの動きは機敏で細やか。対応は申し分なく、用意された部屋で快適に宿泊。
そして、翌朝の早朝。
明らかに前日よりやつれた顔のシュルーダー夫妻に見送られ、私たちはローレンス領へむけて出発した。
※※
それから数日ほど馬車で移動。最初は平地だったけれど、昨日からは山越えで急勾配な道をどんどん登っている。石や岩が多く揺れも酷い。
まあ、私は山道に慣れているから何ともないけれど。
同じ馬車に乗って正面で揺れるリロイ。平然とした顔で窓の外を眺めているけど、何かが引っかかる。
「……リロイ殿下?」
私の問いかけに対して赤髪を揺らしながら笑顔で反応する。
「はい」
柔らかく私を見つめる琥珀の瞳。真っ白な肌。少し血の気が抜けた薄い唇。いつものように眉目秀麗な顔だけど、何かが違う。
いつもなら私が名前を呼んだだけで犬耳と尻尾の幻影が見えるぐらい喜ぶのに。
(もしかして……)
私は窓の外に視線をむけた。山の斜面を切り崩して作られた道。馬車一台と少し分の道幅で、あとは斜面と崖。標高も高くなり、連なった山脈の山頂が間近に並ぶ。
平地どころが広場もないため、馬車を停めて休める場所は限られる。
私は座席の下に置いていたバックを出した。長方形で膝に置ける大きさ。最低限の装飾で、頑丈な皮で作られた特注品。中は細かな仕切りと箱などが隙間なく詰まっている。
その中から私は水筒とコップを出した。
「症状は?」
「え?」
軽く首を傾げたリロイを私は睨んだ。
「休憩場所まで、まだ時間がかかるわ。ローレンス領まで、もう数日かかるし、ここで無理は禁物よ」
私の言葉でリロイの顔から笑みが消えた。
「……いつから気づいてました?」
「ついさっきよ。で、症状は?」
私は鞄から箱を出し、行儀よく並んでいる色とりどりの包み紙に視線を落とした。念のために準備しておいた薬たち。
「軽い頭痛と吐き気と倦怠感ですので、薬を飲むほどではありませんよ」
「それは私が判断するわ。食欲は? 朝は食べていたわよね?」
「朝は何ともありませんでしたので。今は……あまりほしくないです」
リロイの回答を聞きながら薬を選別していく。
「めまいは?」
「ありません」
「そう。ちょっと失礼」
私は膝にのせていた鞄を座席に置いてリロイに体を近づけた。
「え?」
リロイが息を呑んで固まる。けれど私はおかまいなしに白くなった頬に触れた。次に親指で下瞼を引っ張り内側を見る。
「白くなっているわね。典型的な高地酔いだと思うわ。慣れない旅で体が弱っていたのね」
姿勢を戻した私は選んだ薬をコップの中へ入れ、水筒の水をいれてリロイに差し出した。
「これ飲んで」
「ですが……」
コップを受け取ったものの躊躇するリロイ。
私は空になった包み紙を畳みながら言った。
「私が調合した薬が飲めないの?」
「……ソフィアが調合したのですか?」
呼び捨てなのは引っかかるけど、今は二人だけだから放置。それより薬を飲んでもらわないと。
「そこらへんで売っている薬より、私が前世の知識を使って作った薬の方が効きがいいのよ。多くは作れないから身内にしか飲ませないけど」
私の言葉にリロイが目を輝かせながらコップに視線を落とす。
「身内……」
私は思わず額に手を当てて脱力した。
「なんで、その単語に感動しているのよ」
リロイが今までの不調が嘘のように力を込めて訴えた。
「この言葉に感動しないで、どの言葉に感動するのですか!? この薬はソフィアの身内の証なんですよ! どうにかして永久保存する方法を……一度、乾燥させて薬だけ取り出すか……」
「いいから、さっさと飲みなさい!」
「ですが……」
渋るリロイ。だけど、その青白い顔は明らかに不調。
私は大きくため息を吐いて立ち上がった。それから体を反転させてリロイの隣に腰を下ろす。
「飲んだら休憩地に着くまで膝枕してあげるから。さっさと飲みなさい」
膝をポンポンと叩きながら言えばリロイが目をこぼさんばかりに大きくして固まった。
「どうしたの?」
「いえ、あの……理解が追い付かないのですが?」
「調子が悪いんだから薬を飲んで寝なさいって言っているの。クッションだと高すぎるから私の膝を枕代わりにって思ったのよ。でも、嫌なら……」
「嫌ではありません!」
叫ぶと同時にリロイはコップの中身を飲み、体を倒した。私の膝に真っ赤な髪が流れ、レモングラスの香りがふわりと漂う。
「……重くありませんか?」
どこか遠慮気味な声に私は肩をすくめた。
「これぐらい平気よ。辺境育ちをなめないで」
膝の上でクスッと笑みが漏れる。
「そうですね。前世でも僻地に住んでいましたしね」
「あんなところに来る物好きがいるとは思わなかったわ」
「そうですか? 私は結構好きでしたよ。見晴らしが良くて、絶景で」
「素直に景色以外、褒めるところがないって言えば?」
「そんなことありませんよ。あそこは居心地が良かったです。家も、料理も、すべてが……」
前世の私が作って改装した家。世界各地で得た知識と魔法をふんだんに使った家はかなり住みやすかった。
リロイの前世であるロイドは、その快適さから住み着きかねない勢いだったし、どんな料理でも美味しいと食べてくれた。
(私にとって二人で過ごす時間は穏やかで、満たされた生活……だった)
遠い記憶に浸りながら意識を現実に戻す。
膝に感じる温もり。揺れる赤い髪。前世と同じ……だけど、同じじゃない。
(前世は終わったこと。終わったことなのよ。そして、それを終わりにしたのは……)
規則正しい寝息。そっと髪に触れれば簡単に指の間をすり抜ける。
「こうやって無防備に寝ていると可愛いのに」
ポツリと落ちた言葉。私は否定するように首を振って顔をあげた。
「まだまだ道のりは長いんだから」
山の向こうにあるローレンス領を見据えながら気合を入れる私。
だから、気が付いていなかった。この時のリロイの耳が髪と同じぐらい真っ赤になっていたことに。
※
馬車は予定通り山道を登り、昼前に休憩地と呼ばれる街に到着。
元々は山の中腹にある小さな村だったが、山越えをする商人たちが通るようになり、人が集まり、街へと発展。
ちなみにローレンス家の別荘もある。
別荘に到着して馬車から降りると、数人の使用人が高地酔いになっていた。不調になったのは全員リロイの使用人。体が高地に不慣れなため、体調を崩すのは仕方ない。
山越えの日程を遅らせ、高地に体を慣らすことを優先させることに。
体調不良の人たちの介抱は別荘の管理をしている使用人に任せ、私は久しぶりに高地の景色と空気を満喫した。
「ここは変わらないわね」
別荘に一泊した翌日。
街が一望できる庭に置かれた椅子とテーブル。クロエが選んだ服を着て、テオスが淹れた紅茶を飲んでいるとリロイがやってきた。
「もう動けるようになりましたの?」
伯爵令嬢の仮面を被って迎えた私にリロイがいつもの笑みを浮かべる。
「一晩寝たら治りました。あなたの薬のおかげです」
そこで私はリロイの足元が汚れていることに気が付いた。
「勝手に散歩に行かれては護衛の方々が困ってしまいますよ」
「そこまで遠くに行ってはおりませんから」
私は嘆く護衛の姿を想像しながら湯気がのぼる紅茶を飲む。
「熊や狼もおりますので、お気をつけください」
「それは気をつけます。あと、なかなか興味深いモノがありましたよ。水も綺麗で小川が光っていましたし」
光って、という単語に微かな違和感を覚えながらも私は話を続けた。
「この付近は昔、黄金が採れたという伝説があるぐらいなので、川の水も金のように輝いているのかもしれませんね」
「伝説……ですか」
リロイの含みがある言い方に私の片眉があがる。
「なにか?」
「いえ」
リロイが私のカップを手にとり、一気に紅茶を飲んだ。
「ちょっ、私の!」
「冷えていた体が温まりました。ありがとうございます」
予想外のことに令嬢の仮面が外れた私にリロイが悠然と礼を言う。周囲の目もあり私は無言で睨むことしかできなかった。
リロイは対外的な笑顔だったが、言葉の端々にトゲがあり、シュルーダー公爵をチクチクと刺し続け。食事会が終了した頃には夫婦そろって瀕死のような顔をしていた。
(ちゃんとシュルーダー公爵に伝わるように話していたから……)
以降、グレース嬢と会うことはなく穏やかに過ごせた。公爵家だけあって使用人たちの動きは機敏で細やか。対応は申し分なく、用意された部屋で快適に宿泊。
そして、翌朝の早朝。
明らかに前日よりやつれた顔のシュルーダー夫妻に見送られ、私たちはローレンス領へむけて出発した。
※※
それから数日ほど馬車で移動。最初は平地だったけれど、昨日からは山越えで急勾配な道をどんどん登っている。石や岩が多く揺れも酷い。
まあ、私は山道に慣れているから何ともないけれど。
同じ馬車に乗って正面で揺れるリロイ。平然とした顔で窓の外を眺めているけど、何かが引っかかる。
「……リロイ殿下?」
私の問いかけに対して赤髪を揺らしながら笑顔で反応する。
「はい」
柔らかく私を見つめる琥珀の瞳。真っ白な肌。少し血の気が抜けた薄い唇。いつものように眉目秀麗な顔だけど、何かが違う。
いつもなら私が名前を呼んだだけで犬耳と尻尾の幻影が見えるぐらい喜ぶのに。
(もしかして……)
私は窓の外に視線をむけた。山の斜面を切り崩して作られた道。馬車一台と少し分の道幅で、あとは斜面と崖。標高も高くなり、連なった山脈の山頂が間近に並ぶ。
平地どころが広場もないため、馬車を停めて休める場所は限られる。
私は座席の下に置いていたバックを出した。長方形で膝に置ける大きさ。最低限の装飾で、頑丈な皮で作られた特注品。中は細かな仕切りと箱などが隙間なく詰まっている。
その中から私は水筒とコップを出した。
「症状は?」
「え?」
軽く首を傾げたリロイを私は睨んだ。
「休憩場所まで、まだ時間がかかるわ。ローレンス領まで、もう数日かかるし、ここで無理は禁物よ」
私の言葉でリロイの顔から笑みが消えた。
「……いつから気づいてました?」
「ついさっきよ。で、症状は?」
私は鞄から箱を出し、行儀よく並んでいる色とりどりの包み紙に視線を落とした。念のために準備しておいた薬たち。
「軽い頭痛と吐き気と倦怠感ですので、薬を飲むほどではありませんよ」
「それは私が判断するわ。食欲は? 朝は食べていたわよね?」
「朝は何ともありませんでしたので。今は……あまりほしくないです」
リロイの回答を聞きながら薬を選別していく。
「めまいは?」
「ありません」
「そう。ちょっと失礼」
私は膝にのせていた鞄を座席に置いてリロイに体を近づけた。
「え?」
リロイが息を呑んで固まる。けれど私はおかまいなしに白くなった頬に触れた。次に親指で下瞼を引っ張り内側を見る。
「白くなっているわね。典型的な高地酔いだと思うわ。慣れない旅で体が弱っていたのね」
姿勢を戻した私は選んだ薬をコップの中へ入れ、水筒の水をいれてリロイに差し出した。
「これ飲んで」
「ですが……」
コップを受け取ったものの躊躇するリロイ。
私は空になった包み紙を畳みながら言った。
「私が調合した薬が飲めないの?」
「……ソフィアが調合したのですか?」
呼び捨てなのは引っかかるけど、今は二人だけだから放置。それより薬を飲んでもらわないと。
「そこらへんで売っている薬より、私が前世の知識を使って作った薬の方が効きがいいのよ。多くは作れないから身内にしか飲ませないけど」
私の言葉にリロイが目を輝かせながらコップに視線を落とす。
「身内……」
私は思わず額に手を当てて脱力した。
「なんで、その単語に感動しているのよ」
リロイが今までの不調が嘘のように力を込めて訴えた。
「この言葉に感動しないで、どの言葉に感動するのですか!? この薬はソフィアの身内の証なんですよ! どうにかして永久保存する方法を……一度、乾燥させて薬だけ取り出すか……」
「いいから、さっさと飲みなさい!」
「ですが……」
渋るリロイ。だけど、その青白い顔は明らかに不調。
私は大きくため息を吐いて立ち上がった。それから体を反転させてリロイの隣に腰を下ろす。
「飲んだら休憩地に着くまで膝枕してあげるから。さっさと飲みなさい」
膝をポンポンと叩きながら言えばリロイが目をこぼさんばかりに大きくして固まった。
「どうしたの?」
「いえ、あの……理解が追い付かないのですが?」
「調子が悪いんだから薬を飲んで寝なさいって言っているの。クッションだと高すぎるから私の膝を枕代わりにって思ったのよ。でも、嫌なら……」
「嫌ではありません!」
叫ぶと同時にリロイはコップの中身を飲み、体を倒した。私の膝に真っ赤な髪が流れ、レモングラスの香りがふわりと漂う。
「……重くありませんか?」
どこか遠慮気味な声に私は肩をすくめた。
「これぐらい平気よ。辺境育ちをなめないで」
膝の上でクスッと笑みが漏れる。
「そうですね。前世でも僻地に住んでいましたしね」
「あんなところに来る物好きがいるとは思わなかったわ」
「そうですか? 私は結構好きでしたよ。見晴らしが良くて、絶景で」
「素直に景色以外、褒めるところがないって言えば?」
「そんなことありませんよ。あそこは居心地が良かったです。家も、料理も、すべてが……」
前世の私が作って改装した家。世界各地で得た知識と魔法をふんだんに使った家はかなり住みやすかった。
リロイの前世であるロイドは、その快適さから住み着きかねない勢いだったし、どんな料理でも美味しいと食べてくれた。
(私にとって二人で過ごす時間は穏やかで、満たされた生活……だった)
遠い記憶に浸りながら意識を現実に戻す。
膝に感じる温もり。揺れる赤い髪。前世と同じ……だけど、同じじゃない。
(前世は終わったこと。終わったことなのよ。そして、それを終わりにしたのは……)
規則正しい寝息。そっと髪に触れれば簡単に指の間をすり抜ける。
「こうやって無防備に寝ていると可愛いのに」
ポツリと落ちた言葉。私は否定するように首を振って顔をあげた。
「まだまだ道のりは長いんだから」
山の向こうにあるローレンス領を見据えながら気合を入れる私。
だから、気が付いていなかった。この時のリロイの耳が髪と同じぐらい真っ赤になっていたことに。
※
馬車は予定通り山道を登り、昼前に休憩地と呼ばれる街に到着。
元々は山の中腹にある小さな村だったが、山越えをする商人たちが通るようになり、人が集まり、街へと発展。
ちなみにローレンス家の別荘もある。
別荘に到着して馬車から降りると、数人の使用人が高地酔いになっていた。不調になったのは全員リロイの使用人。体が高地に不慣れなため、体調を崩すのは仕方ない。
山越えの日程を遅らせ、高地に体を慣らすことを優先させることに。
体調不良の人たちの介抱は別荘の管理をしている使用人に任せ、私は久しぶりに高地の景色と空気を満喫した。
「ここは変わらないわね」
別荘に一泊した翌日。
街が一望できる庭に置かれた椅子とテーブル。クロエが選んだ服を着て、テオスが淹れた紅茶を飲んでいるとリロイがやってきた。
「もう動けるようになりましたの?」
伯爵令嬢の仮面を被って迎えた私にリロイがいつもの笑みを浮かべる。
「一晩寝たら治りました。あなたの薬のおかげです」
そこで私はリロイの足元が汚れていることに気が付いた。
「勝手に散歩に行かれては護衛の方々が困ってしまいますよ」
「そこまで遠くに行ってはおりませんから」
私は嘆く護衛の姿を想像しながら湯気がのぼる紅茶を飲む。
「熊や狼もおりますので、お気をつけください」
「それは気をつけます。あと、なかなか興味深いモノがありましたよ。水も綺麗で小川が光っていましたし」
光って、という単語に微かな違和感を覚えながらも私は話を続けた。
「この付近は昔、黄金が採れたという伝説があるぐらいなので、川の水も金のように輝いているのかもしれませんね」
「伝説……ですか」
リロイの含みがある言い方に私の片眉があがる。
「なにか?」
「いえ」
リロイが私のカップを手にとり、一気に紅茶を飲んだ。
「ちょっ、私の!」
「冷えていた体が温まりました。ありがとうございます」
予想外のことに令嬢の仮面が外れた私にリロイが悠然と礼を言う。周囲の目もあり私は無言で睨むことしかできなかった。
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