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限度を覚えてください!
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王都の大通りのど真ん中。露店が立ち並ぶため人通りも多い。その中で両手いっぱいに抱えたバラの花束を差し出すリロイ。
いくら第三王子の絵姿が出回っていない上に、平民に偽装てしいるとはいえ、もう少しいろいろ考えてほしい。
例えば……人の目とか、人の目とか、人の目とか。
前世のロイは、頭の回転は悪くなかったし、状況把握とかできていたし、決して馬鹿ではなかった……はずなのに。
「どうかしましたか?」
不思議そうに首を傾げるリロイ。その目は私が喜んで受け取ると疑っていない。いや、宝物を持ってきて褒められるのを待つ犬みたい。左右に触れる尻尾の幻覚すら見える。
前世の時なら容赦なく「多すぎ!」と突っ返していたけど……
(今は自国の王子。下手な対応はできない)
悩んでいると白い手が私の代わりにバラを受け取った。
「ありがとうございます。お嬢様では持ちきれませんので、私が代わりにお持ちいたします」
真っ赤なバラの花束がリロイからテオスに移る。
その瞬間。
寒気を超えた痛みのような鋭い気配が駆け抜けた。これまで穏やかだった琥珀の瞳から光が消える。底がない沼のような目がテオスを射抜いた。
「私はソフィア嬢に渡したのですが?」
極めて落ちついた声。だけど、その奥には鋭い刃が覗く。
興味半分で集まりつつあった野次馬たちが本能で危険を察知して四散した。
しかし、この程度の圧力に怖気づくテオスではない。いや、ローレンス領主の屋敷に仕える者なら、これぐらいで屈することはない。
テオスが男も女も虜にする極上の笑みを浮かべた。黒百合のような淑やかさと美しさをまとって頭をさげる。
「失礼いたしました。では……」
片手で抱えられる量のバラをリロイに返した。
「これぐらいの量でしたらお嬢様でも持つことができますから」
黒い瞳が私に目配せをする。
私は渋々、頷いて伯爵令嬢の仮面を被った。
「そうですね。これぐらいの量なら丁度いいですわ」
手を伸ばしてリロイが持つバラの花束に触れた、瞬間。
「っつ!」
小さな痛みに手を引っ込めた。指先からプックリと赤い血が出る。どうやら、バラのトゲに引っ掛けたらしい。
「大丈夫ですか!?」
リロイが持っていたバラを散らし、素早く私の手を掴むと、そのまま私の体を引き寄せた。
「だ、大丈夫です。少し驚いただけで痛みは……え?」
心配そうに眉尻をさげたリロイの顔が私の手に近づき……
「えぇ!?」
薄い唇が迷うことなく私の指を含んだ。
(第三王子が往来でこんなことを!? いや、王子じゃなくてもしちゃダメでしょ!?)
私は顔が熱くなるのを感じながら早口で言った。
「傷は小さいですから! そのようなことをされなくても大丈夫です!」
手を引っ込めようとするけど、強い力で固定されて動かせない。まるで傷口から毒を出すように、しっかりと吸われる。
「あ、あの、本当に……」
伯爵令嬢の仮面を被っているので、どうしても強く拒否できない。
(人がいなかったら蹴ってでも止めるのに! いや、もう蹴ろうかしら)
我慢の限界が近づいたところで私の指から口が離れた。
ホッとしている私の前でリロイが懐からハンカチを取り出す。着ている平民の服とは不釣り合いすぎる高級な布で作られた品。
(偽装が甘いわね。平民を装うなら、ハンカチもそれ相応にしないと……え?)
観察している私の前でリロイがハンカチを細く切り裂いた。それから、私の指に巻き付け、最後には蝶々結びで完成。
「今はこれで」
私は返事もできず呆然としてしまった。このハンカチ一枚で二十日分ぐらいの食費の価値があるのに、勿体ない。
「お嬢様」
「ハッ!」
テオスの囁き声で我に返った私は、平静を装って笑顔を顔に張り付けた。
「ありがとうございます」
礼を言った私にリロイが困ったように笑う。
「いえ。喜んでいただけるかとバラを用意したのですが、適量というのがあるのですね。一つ、学びました」
「そうですね。多すぎると、せっかくの香りも強すぎて楽しめませんから」
地面に散っていたバラをリロイの従者が集めて下がる。
リロイはテオスが抱えている花束から、一番大きなバラを一本だけ取った。
「では、今日はこれを」
「……一本なら」
受け取ろうと手を伸ばしたところでバラが消えた。
「また怪我をしてはいけませんから」
そう言ってリロイは私が被っている白い帽子に真っ赤なバラを刺した。
「な……」
驚く私に満足そうなリロイの顔が憎らしい。
私は横目でバラの花束を抱えたままのテオスに合図を送った。それから、ニッコリと笑ってリロイに視線を戻す。
「では、残りのバラはお返ししますね」
テオスが無言でリロイに花束を押し付けた。
「私は行くところがありますので。これで失礼いたします」
リロイが花束に埋もれている間に逃げなければ!
私はテオスを連れて小走りで道を進んだ…………が。
「待ってください」
あっという間に追いつかれた。
チラリと隣を覗き見すればニコニコと笑っている琥珀の瞳。歩調を緩めれば、リロイの足もゆっくりになる。
私の斜め後ろには執事のテオス。でも、第三王子であるリロイの近くには従者も護衛もいない。たぶん、リロイの代わりにバラの花束に埋もれたのだろう。
(まぁ、前世で騎士だった時の強さを考えたら、護衛なんて必要ないかも)
さりげなく周囲を確認していると、リロイが声をかけてきた。
「素敵なワンピースですね。よく似合っています」
「……ありがとうございます」
私は仮面を被ったまま微笑んだ。
(今朝、今日の服を選ぶ時にカードを使ったけど……このことを示唆していたのね)
カードでその日を流れを占い、その結果に合わせて服を決めるのが私の日課。
いつもならバシッと答えを出すカードが今日に限って『どれを選んでも同じやで』という曖昧なものだった。
(どの服を選んでもリロイがぶち壊す、という意味だったなんて)
納得しながら私は本来の目的を達成するため、露店の商品を見てまわった。
気になる商品があれば店主に声をかけて詳しい話を聞き、場合によっては購入する。けれど、その度にリロイの絡み付くような視線が。
と、いうか鬱陶しい。
これがずっと続き、ついに我慢できなくなった私はリロイに訊ねた。
「どこまで付いてくるのでしょうか?」
「私のことは気にしないでください」
私と同じように本心を隠した笑顔で平然とのたまう姿に苛立ちが募る。
「私は一人で自由に買い物をしたいのですが」
「従者がいるのに一人ですか?」
「テオスは荷物持ちですから。言うなれば荷台です」
「では、私も荷物持ちになります」
荷台というより、荷台を引っ張る犬でしょ!?
私は眉間を押さえながら呟いた。
「どこに自国の王子を荷物持ちにする人がいますか」
「今の私はお忍びです。身分は忘れてください」
「そう簡単に忘れられるものではありません」
「ペティなら気にしないでしょう?」
前世の名前が出たころで私の我慢は限界を超えた。
「私の名前はソフィアです! ソフィア・ローレンスです! あなたのように自由きままな生活をしている場合ではないのです! 私の邪魔をしないでください!」
言い切ったところでリロイが口角をニヤリとあげた。
しまったと両手で口を塞いだけど、もう遅い。
「それは、それは。ご協力できることがあるかもしれませんし、事情をお話いただけませんか? 近くにお忍び用の王家御用達のカフェがありますから、そこで」
助けを求めてテオスに視線をむけたが軽く首を横に振られて終わった。
「さぁ、行きましょう」
リロイが有無を言わさず私に体を密着させ、さり気なく腰に手を回された。
「ちょ、待っ……」
「すぐそこですから。そこは珈琲とケーキが絶品でして、きっと気に入ると思います」
こうして満面の笑みを浮かべるリロイによって、私はカフェへと連行された。
いくら第三王子の絵姿が出回っていない上に、平民に偽装てしいるとはいえ、もう少しいろいろ考えてほしい。
例えば……人の目とか、人の目とか、人の目とか。
前世のロイは、頭の回転は悪くなかったし、状況把握とかできていたし、決して馬鹿ではなかった……はずなのに。
「どうかしましたか?」
不思議そうに首を傾げるリロイ。その目は私が喜んで受け取ると疑っていない。いや、宝物を持ってきて褒められるのを待つ犬みたい。左右に触れる尻尾の幻覚すら見える。
前世の時なら容赦なく「多すぎ!」と突っ返していたけど……
(今は自国の王子。下手な対応はできない)
悩んでいると白い手が私の代わりにバラを受け取った。
「ありがとうございます。お嬢様では持ちきれませんので、私が代わりにお持ちいたします」
真っ赤なバラの花束がリロイからテオスに移る。
その瞬間。
寒気を超えた痛みのような鋭い気配が駆け抜けた。これまで穏やかだった琥珀の瞳から光が消える。底がない沼のような目がテオスを射抜いた。
「私はソフィア嬢に渡したのですが?」
極めて落ちついた声。だけど、その奥には鋭い刃が覗く。
興味半分で集まりつつあった野次馬たちが本能で危険を察知して四散した。
しかし、この程度の圧力に怖気づくテオスではない。いや、ローレンス領主の屋敷に仕える者なら、これぐらいで屈することはない。
テオスが男も女も虜にする極上の笑みを浮かべた。黒百合のような淑やかさと美しさをまとって頭をさげる。
「失礼いたしました。では……」
片手で抱えられる量のバラをリロイに返した。
「これぐらいの量でしたらお嬢様でも持つことができますから」
黒い瞳が私に目配せをする。
私は渋々、頷いて伯爵令嬢の仮面を被った。
「そうですね。これぐらいの量なら丁度いいですわ」
手を伸ばしてリロイが持つバラの花束に触れた、瞬間。
「っつ!」
小さな痛みに手を引っ込めた。指先からプックリと赤い血が出る。どうやら、バラのトゲに引っ掛けたらしい。
「大丈夫ですか!?」
リロイが持っていたバラを散らし、素早く私の手を掴むと、そのまま私の体を引き寄せた。
「だ、大丈夫です。少し驚いただけで痛みは……え?」
心配そうに眉尻をさげたリロイの顔が私の手に近づき……
「えぇ!?」
薄い唇が迷うことなく私の指を含んだ。
(第三王子が往来でこんなことを!? いや、王子じゃなくてもしちゃダメでしょ!?)
私は顔が熱くなるのを感じながら早口で言った。
「傷は小さいですから! そのようなことをされなくても大丈夫です!」
手を引っ込めようとするけど、強い力で固定されて動かせない。まるで傷口から毒を出すように、しっかりと吸われる。
「あ、あの、本当に……」
伯爵令嬢の仮面を被っているので、どうしても強く拒否できない。
(人がいなかったら蹴ってでも止めるのに! いや、もう蹴ろうかしら)
我慢の限界が近づいたところで私の指から口が離れた。
ホッとしている私の前でリロイが懐からハンカチを取り出す。着ている平民の服とは不釣り合いすぎる高級な布で作られた品。
(偽装が甘いわね。平民を装うなら、ハンカチもそれ相応にしないと……え?)
観察している私の前でリロイがハンカチを細く切り裂いた。それから、私の指に巻き付け、最後には蝶々結びで完成。
「今はこれで」
私は返事もできず呆然としてしまった。このハンカチ一枚で二十日分ぐらいの食費の価値があるのに、勿体ない。
「お嬢様」
「ハッ!」
テオスの囁き声で我に返った私は、平静を装って笑顔を顔に張り付けた。
「ありがとうございます」
礼を言った私にリロイが困ったように笑う。
「いえ。喜んでいただけるかとバラを用意したのですが、適量というのがあるのですね。一つ、学びました」
「そうですね。多すぎると、せっかくの香りも強すぎて楽しめませんから」
地面に散っていたバラをリロイの従者が集めて下がる。
リロイはテオスが抱えている花束から、一番大きなバラを一本だけ取った。
「では、今日はこれを」
「……一本なら」
受け取ろうと手を伸ばしたところでバラが消えた。
「また怪我をしてはいけませんから」
そう言ってリロイは私が被っている白い帽子に真っ赤なバラを刺した。
「な……」
驚く私に満足そうなリロイの顔が憎らしい。
私は横目でバラの花束を抱えたままのテオスに合図を送った。それから、ニッコリと笑ってリロイに視線を戻す。
「では、残りのバラはお返ししますね」
テオスが無言でリロイに花束を押し付けた。
「私は行くところがありますので。これで失礼いたします」
リロイが花束に埋もれている間に逃げなければ!
私はテオスを連れて小走りで道を進んだ…………が。
「待ってください」
あっという間に追いつかれた。
チラリと隣を覗き見すればニコニコと笑っている琥珀の瞳。歩調を緩めれば、リロイの足もゆっくりになる。
私の斜め後ろには執事のテオス。でも、第三王子であるリロイの近くには従者も護衛もいない。たぶん、リロイの代わりにバラの花束に埋もれたのだろう。
(まぁ、前世で騎士だった時の強さを考えたら、護衛なんて必要ないかも)
さりげなく周囲を確認していると、リロイが声をかけてきた。
「素敵なワンピースですね。よく似合っています」
「……ありがとうございます」
私は仮面を被ったまま微笑んだ。
(今朝、今日の服を選ぶ時にカードを使ったけど……このことを示唆していたのね)
カードでその日を流れを占い、その結果に合わせて服を決めるのが私の日課。
いつもならバシッと答えを出すカードが今日に限って『どれを選んでも同じやで』という曖昧なものだった。
(どの服を選んでもリロイがぶち壊す、という意味だったなんて)
納得しながら私は本来の目的を達成するため、露店の商品を見てまわった。
気になる商品があれば店主に声をかけて詳しい話を聞き、場合によっては購入する。けれど、その度にリロイの絡み付くような視線が。
と、いうか鬱陶しい。
これがずっと続き、ついに我慢できなくなった私はリロイに訊ねた。
「どこまで付いてくるのでしょうか?」
「私のことは気にしないでください」
私と同じように本心を隠した笑顔で平然とのたまう姿に苛立ちが募る。
「私は一人で自由に買い物をしたいのですが」
「従者がいるのに一人ですか?」
「テオスは荷物持ちですから。言うなれば荷台です」
「では、私も荷物持ちになります」
荷台というより、荷台を引っ張る犬でしょ!?
私は眉間を押さえながら呟いた。
「どこに自国の王子を荷物持ちにする人がいますか」
「今の私はお忍びです。身分は忘れてください」
「そう簡単に忘れられるものではありません」
「ペティなら気にしないでしょう?」
前世の名前が出たころで私の我慢は限界を超えた。
「私の名前はソフィアです! ソフィア・ローレンスです! あなたのように自由きままな生活をしている場合ではないのです! 私の邪魔をしないでください!」
言い切ったところでリロイが口角をニヤリとあげた。
しまったと両手で口を塞いだけど、もう遅い。
「それは、それは。ご協力できることがあるかもしれませんし、事情をお話いただけませんか? 近くにお忍び用の王家御用達のカフェがありますから、そこで」
助けを求めてテオスに視線をむけたが軽く首を横に振られて終わった。
「さぁ、行きましょう」
リロイが有無を言わさず私に体を密着させ、さり気なく腰に手を回された。
「ちょ、待っ……」
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