完結·助けた犬は騎士団長でした

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癒しから牢獄へ

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「このようなことも出来ないのですか!?」

 ピシッ!

 家庭教師の叱責とともに鞭が飛ぶ。手や体を叩かれて、服の下は全身痣だらけ。
 それでも僕は頭をさげることしかできなくて。

「す、すみません」
「謝る暇があるなら、早く次を読みなさい!」
「は、はい」

 起きている間はひたすら座学。
 文字の読み書きは母から習っていたけれど、それは普通の本を読むだけで精一杯。政学や帝王学なんて初めて聞く言葉ばかりで、どれだけ教えられても理解することも難しい。

 楽しみであるはずの食事は作法の時間。
 厳しいマナーに縛られて緊張したまま食べる料理は味を感じない。無言のまま口を動かして飲み込むのみ。何を食べているのかも分からない。
 沢山の人がいるのに話しかけることは許されず、僕ができるのは返事だけ。

 唯一の自由は睡眠時間。でも、その時間も勉強で潰れ、どんどん少なくなっている。

「……帰りたい」

 城の離れの一室。住んでいた森の小屋より綺麗で、隙間風もなく、温かい。
 それでも、森の小屋の方がずっといい。

 僕は唯一、外を感じられるテラスへ出た。三階から見る景色は丘より低いが、周囲の木々より高い。

 三日月と星々が浮かぶ夜空。
 月の微かな光が整えられた庭をぼんやりと照らす。
 しかし、僕は城に来てから外はおろか庭へ出ることも許されなかった。たまに城内を歩けばヒソヒソと囁かれながら、蔑みの視線を向けられる。
 たくさんの人がいるのに、森の小屋にいた時より強く感じる孤独。

「どうして……」

 ギリッとテラスの手すりを握りしめる。
 母が亡くなって、一人で暮らしていただけなのに。それで、よかったのに。なぜ、こんなことになったのか。

 視線を落とせば、何度も鞭で叩かれて腫れあがった手。最近ではペンもまともに持てず、字も上手く書けない。だから、余計に怒られて鞭を打たれる。
 どれだけ頑張っても、先が見えない。

「……もう、つかれたよ」

 手すりに体重をかける。あとは、そのまま落ちるだけ……

「ガウッ!」

 聞き覚えがある声とともに、黒い毛が飛びついてきた。

 ドン!

 仰向けに倒れた僕の上に立つ黒い犬。満月のような金の目と、微かに甘い香りが記憶を呼び覚ます。

「……君、なの?」
「わう」

 そっと触れれば手に馴染んだ少し固い黒い毛。ゆっくりと撫でると、三角の耳がペタリと伏せ、金の目が気持ちよさそうに細くなった。

「君、なんだね」

 僕は思わず抱き着いた。直接、伝わる温もりが、僕の傷ついた心を包んでいく。
 それから、ツンと目の奥が痛くなり……

「……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ずっと溜まっていた気持ちが溢れ出して止まらない。黒い毛に顔を埋め、僕はボロボロと零れる涙とともに、すべてを吐き出すようにひたすら泣いた。


 窓から差し込む朝日が眩しくて目を開けると、そこはいつものベッドだった。テラスにいたはずなのに、いつの間にか寝ていたらしい。

「あれは夢だった?」

 寂しい気持ちとともに体を起こせば、白いシーツに残った黒い毛が目に映る。

「……夢、じゃない?」

 微かな希望とともにキュッとシーツを握る。

(大丈夫、一人じゃない)

 不思議とそう思えて、僕はまた頑張ることができた。



 それから僕は寝るときにテラスの窓を開けるようになった。
 すると、夜遅くに犬がやってきて、そっと僕に添い寝をしてくれる。そして、朝になると部屋から出て行く。
 たったそれだけだけど、その温もりに癒され、生きる希望になった。


 一つの季節が巡り、礼儀作法の基礎と座学が理解できるようになった頃、その事件は起きた――――


 いつものように家庭教師から歴史を学んでいると、轟音とともに城の一部から煙があがった。

「なにが、起きて!?」

 怒鳴り声が城内を駆け抜け、迫ってくる。
 何が起きているのか分からず、おどおどしていると走ってきたヨハネスが僕の腕を引っ張った。

「こっちに来い!」

 訳の分からないまま引きずられるように廊下を進む。
 こうして最初に王と対面した部屋へ連れて行かれると、そのまま誰も座ってない豪華な椅子に座らされた。

「このまま、そこに座っていろ!」

 それだけを言ってヨハネスはどこかへ駆けていった。

「どういうこと?」

 適度な固さの座面は座り心地は良いけど、居心地は悪い。
 ソワソワしていると、剣を持った数人の騎士が入ってきた。その中の一人が僕に剣をむけて名乗る。

「騎士団長のヴォルフ・ファーリスだ。王族は全員、拘束する」
「え?」

 ポカンと見上げる僕を金色の瞳が静かに見下ろす。まっすぐな鼻筋に薄い唇。太い首に騎士らしく鍛えられた体躯。眉目秀麗な顔立ちにしっかりとした体は、まさに美丈夫。
 状況を忘れて見惚れていると、夜の闇のような漆黒の髪がサラリと揺れて、剣先が僕の首に迫った。

「動くな。抵抗すれば斬る」

 質問どころか声を出すことも出来ない雰囲気。
 騎士たちの威圧に戸惑っている間に、後ろ手で縄をかけられた。

「あの……」

 黒髪の騎士団長に声をかけようとしたが、その金の瞳が微かに揺れていて。

 その様子に言葉が出せなくなった僕は、そのまま牢へ入れられた。



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