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前と同じ状況ですが、決心しました
しおりを挟む走馬灯のように甦る記憶。
大破した車と壁に挟まれた女の子。助けられなかった命。
私は、また同じことを繰り返すの?
また、後悔するの?
でも……
でも、助けられなかったら……
助けられなかったら……どうなるの?
ここで黒鷺を失うの?
失ってもいいの?
イヤ! 失いたくない!
私は…………私は!
※
「どうしたの!?」
音に驚いて出てきたミーアの声で我に返る。私はやるべきことをするために、無理やり体を動かした。
「黒鷺君が車に轢かれたの! 救急車を呼んで!」
「そんっ!? 天音!? 天音! しっかりしなさいよ!」
黒鷺に飛びかかりそうなミーアを抑える。
「体を揺らしたらダメよ。私が診るから、ミーアは救急車を呼んで」
「わ、わかったわ」
ミーアが携帯電話を取り出し、救急に電話をする。
私は倒れている黒鷺に近づいた。手が震えて、目を背けたくなる気持ちと必死に戦う。
「黒鷺君、目を開けれる?」
「……ぅ」
返事は微かな呻き声のみ。黒鷺の手首に振れる。温かく拍動を感じる。
(脈も、自発呼吸もある。でも、骨折や内出血を起こしている可能性も……)
そこに事故を起こした運転手が、車から自力で這い出てきた。電話をしていたミーアが運転手に詰め寄る。
「あんたのせいで天音が!」
「ミーア! 待って!」
今にも運転手に掴みかかりそうなミーアを私は慌てて止めた。
「ゆずりんは憎くないの!? こいつのせいで天音が!」
「この人も怪我をしているわ」
「こんなの! 天音と比べたら、かすり傷じゃない!」
エアバッグがクッションとなり軽傷に見えるが、実際は検査をしてみないと分からない。
運転手が事故のショックからか、呆然と地面に座り込む。とりあえず、運転手はこのままでも大丈夫そう。
私はミーアの肩に手を置き、正面から説得をした。
「憎い気持ちも分かるけど、今は黒鷺君を助けるほうが先よ。いい?」
「……わかったわ」
ミーアが渋々頷く。そこに救急車が二台到着した。
救急隊員が黒鷺と運転手をそれぞれ救急車に乗せる。私は医者だと名乗り、黒鷺に付いて救急車に乗り込んだ。
「そこの病院の救急外来に連絡してください。私はそこの医者です。あと、点滴セットありますか? あれば一番太い注射針をください」
黒鷺の二の腕に針を刺して点滴をする。救急隊員が黒鷺に酸素マスクを装着し、心電図を付けていく。
黒鷺がうっすらと目を開けた。
「……柚鈴?」
「大丈夫よ。すぐに病院に行くから。どこが痛い?」
「全身が痛い、けど……左のお腹に、なにか……」
私は黒鷺の服を広げ、腹部を確認した。
「……っ!?」
黒鷺の左腹部に細長い鉄板が突き刺さっている。外で処置をしていた時は、暗くて見落としていた。
どこまで刺さっているか分からない以上、抜くことも動かすこともできない。もし、太い血管に刺さっていれば、引き抜いた瞬間、大出血してしまう。
私は病院と連絡をとっている救急隊員に叫んだ。
「外科手術が必要、と伝えてください!」
「緊急ですか!?」
「はい!」
少しの間の後、救急隊員が沈痛な面持ちで答えた。
「そこの病院ですが、受け入れを拒否されました」
言われた言葉の意味が分からない。どういうこと?
「……え?」
救急隊員が説明をする。
「急患の手術が入ったため、対応ができないそうです」
「そん……」
目の前が暗くなる。倒れそうになる私の手に温かいものが触れた。
「柚鈴、僕はだいじょぅ……グッ」
黒鷺が痛みで顔をしかめる。私は気合いを入れた。ここで諦めてはいけない!
「他に! 他に、受け入れが可能な病院は!?」
「少し遠くなりますが、隣の市の病院なら受け入れ可能と返事がありました」
「そこ、は……」
記憶が重なる。あの時、事故にあった女の子を搬送した病院……
また、同じことになるかも……
また、間に合わないかも……
また、助けられない……
私は……
手が震える。私はどうすればいい? 私は、どうすれば…………
「どうしますか?」
救急隊員の声で意識が戻る。
黒鷺に視線を落とす。痛みに顔を歪めているが、声を出さずこらえている。たぶん、私に心配かけないためだ。
こんな状態なのに、私のことを考えて…………
両手に力を入れて、歯をくいしばる。
(迷っている場合ではない。一刻も早く処置をしないと)
私は決心して顔をあげた。
「そこにお願いします!」
「家族の方はどうします? 同乗は一人しか、できませんが」
救急隊員が視線を後方に向ける。そこには、大きく開いた後部ドアの側で、ずっと不安そうに見守っていたミーアがいる。
私と目が合ったミーアが大きく頷く。
「私はタクシーで追いかけるから! 天音をお願い!」
「一緒じゃなくて、いいの?」
「ゆずりんに、任せるわ! だから、天音を助けて!」
ミーアの必死な懇願に私は頷いた。
「私ができる全力を尽くすわ」
救急車がサイレンを鳴らして走り出す。
普通の車より振動が激しい。しかも、スピードを出しているから、体に負担がかかる。その度に黒鷺から呻き声が上がる。
「もう少し……もう少しだから……頑張って」
私は黒鷺の手を握り、祈った。
※
三十分で隣の市の病院に到着。救急外来に駆け込む。
「白霧じゃないか」
名前を呼ばれて顔を上げると、白衣を着た同期の堤がいた。
黒髪を短く刈り上げ、大きな顔に糸のように細い目。体もゴツく、初対面の人には怖がられるタイプ。
だけど、中身は熱血スポーツマン。私とは何故か性格があった。
「よかった。実は……」
私の早口の説明に、堤が胸の前で腕を組んで頷く。
「なら、まずはCTだな。その間に、手術室の準備をする。家族が到着したら、説明をして同意書をとるぞ。おい、血圧は測れるか? 意識レベルは、どうだ? あ、破傷風の予防接種を準備しとけ」
テキパキと指示をしながら、黒鷺の全身状態を診察していく。
私は反射的に堤の服を掴んだ。
「どうした?」
堤が振り返り、細い目でジロリと私を睨む。無駄話をしている時間はない、と圧力をかけてくる。
私は息を飲んで訴えた。
「私にも、手伝わせて」
「手伝うって……手術を、か?」
驚く堤に私はしっかりと頷いた。無理を言っているのは分かる。医師とはいえ、他の病院の手術に手を出すなど、普通はありえない。
でも……
「どうしても、私の手で助けたいの。お願い」
堤が悩む。私と黒鷺を見比べた後、渋々といった様子で肩を落とした。
「……まあ、人手は足りないし、な。家族の同意が得られたら、いいぞ」
ダメ元で提案した私は喜びのあまり、堤の両手を握った。
「ありがとう!」
「お、おう。その代わり、しっかり働けよ! まずはCTへ連れて行け!」
「うん」
私は上着を脱いで、袖を捲った。
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