【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
上 下
61 / 63

前と同じ状況ですが、決心しました

しおりを挟む



 走馬灯のように甦る記憶。


 大破した車と壁に挟まれた女の子。助けられなかった命。



 私は、また同じことを繰り返すの?



 また、後悔するの?



 でも……


 でも、助けられなかったら……


 助けられなかったら……どうなるの?



 ここで黒鷺を失うの?



 失ってもいいの?



 イヤ! 失いたくない!



 私は…………私は!







「どうしたの!?」


 音に驚いて出てきたミーアの声で我に返る。私はやるべきことをするために、無理やり体を動かした。


「黒鷺君が車に轢かれたの! 救急車を呼んで!」

「そんっ!? 天音!? 天音! しっかりしなさいよ!」


 黒鷺に飛びかかりそうなミーアを抑える。


「体を揺らしたらダメよ。私が診るから、ミーアは救急車を呼んで」

「わ、わかったわ」


 ミーアが携帯電話を取り出し、救急に電話をする。
 私は倒れている黒鷺に近づいた。手が震えて、目を背けたくなる気持ちと必死に戦う。


「黒鷺君、目を開けれる?」

「……ぅ」


 返事は微かな呻き声のみ。黒鷺の手首に振れる。温かく拍動を感じる。


(脈も、自発呼吸もある。でも、骨折や内出血を起こしている可能性も……)


 そこに事故を起こした運転手が、車から自力で這い出てきた。電話をしていたミーアが運転手に詰め寄る。


「あんたのせいで天音が!」

「ミーア! 待って!」


 今にも運転手に掴みかかりそうなミーアを私は慌てて止めた。


「ゆずりんは憎くないの!? こいつのせいで天音が!」

「この人も怪我をしているわ」

「こんなの! 天音と比べたら、かすり傷じゃない!」


 エアバッグがクッションとなり軽傷に見えるが、実際は検査をしてみないと分からない。

 運転手が事故のショックからか、呆然と地面に座り込む。とりあえず、運転手はこのままでも大丈夫そう。

 私はミーアの肩に手を置き、正面から説得をした。


「憎い気持ちも分かるけど、今は黒鷺君を助けるほうが先よ。いい?」

「……わかったわ」


 ミーアが渋々頷く。そこに救急車が二台到着した。

 救急隊員が黒鷺と運転手をそれぞれ救急車に乗せる。私は医者だと名乗り、黒鷺に付いて救急車に乗り込んだ。


「そこの病院の救急外来に連絡してください。私はそこの医者です。あと、点滴セットありますか? あれば一番太い注射針サーフローをください」


 黒鷺の二の腕に針を刺して点滴をする。救急隊員が黒鷺に酸素マスクを装着し、心電図を付けていく。

 黒鷺がうっすらと目を開けた。


「……柚鈴?」

「大丈夫よ。すぐに病院に行くから。どこが痛い?」

「全身が痛い、けど……左のお腹に、なにか……」


 私は黒鷺の服を広げ、腹部を確認した。


「……っ!?」


 黒鷺の左腹部に細長い鉄板が突き刺さっている。外で処置をしていた時は、暗くて見落としていた。
 どこまで刺さっているか分からない以上、抜くことも動かすこともできない。もし、太い血管に刺さっていれば、引き抜いた瞬間、大出血してしまう。

 私は病院と連絡をとっている救急隊員に叫んだ。


「外科手術が必要、と伝えてください!」

「緊急ですか!?」

「はい!」


 少しの間の後、救急隊員が沈痛な面持ちで答えた。


「そこの病院ですが、受け入れを拒否されました」


 言われた言葉の意味が分からない。どういうこと?


「……え?」


 救急隊員が説明をする。


「急患の手術が入ったため、対応ができないそうです」

「そん……」


 目の前が暗くなる。倒れそうになる私の手に温かいものが触れた。


「柚鈴、僕はだいじょぅ……グッ」


 黒鷺が痛みで顔をしかめる。私は気合いを入れた。ここで諦めてはいけない!


「他に! 他に、受け入れが可能な病院は!?」

「少し遠くなりますが、隣の市の病院なら受け入れ可能と返事がありました」

「そこ、は……」


 記憶が重なる。あの時、事故にあった女の子を搬送した病院……



 また、同じことになるかも……



 また、間に合わないかも……



 また、助けられない……



 私は……



 手が震える。私はどうすればいい? 私は、どうすれば…………


「どうしますか?」


 救急隊員の声で意識が戻る。


 黒鷺に視線を落とす。痛みに顔を歪めているが、声を出さずこらえている。たぶん、私に心配かけないためだ。


 こんな状態なのに、私のことを考えて…………


 両手に力を入れて、歯をくいしばる。


(迷っている場合ではない。一刻も早く処置をしないと)


 私は決心して顔をあげた。


「そこにお願いします!」

「家族の方はどうします? 同乗は一人しか、できませんが」


 救急隊員が視線を後方に向ける。そこには、大きく開いた後部ドアの側で、ずっと不安そうに見守っていたミーアがいる。

 私と目が合ったミーアが大きく頷く。


「私はタクシーで追いかけるから! 天音をお願い!」

「一緒じゃなくて、いいの?」

「ゆずりんに、任せるわ! だから、天音を助けて!」


 ミーアの必死な懇願に私は頷いた。


「私ができる全力を尽くすわ」


 救急車がサイレンを鳴らして走り出す。

 普通の車より振動が激しい。しかも、スピードを出しているから、体に負担がかかる。その度に黒鷺から呻き声が上がる。


「もう少し……もう少しだから……頑張って」


 私は黒鷺の手を握り、祈った。





 三十分で隣の市の病院に到着。救急外来に駆け込む。


「白霧じゃないか」


 名前を呼ばれて顔を上げると、白衣を着た同期のつつみがいた。
 黒髪を短く刈り上げ、大きな顔に糸のように細い目。体もゴツく、初対面の人には怖がられるタイプ。
 だけど、中身は熱血スポーツマン。私とは何故か性格があった。


「よかった。実は……」


 私の早口の説明に、堤が胸の前で腕を組んで頷く。


「なら、まずはCTだな。その間に、手術室の準備をする。家族が到着したら、説明をして同意書をとるぞ。おい、血圧は測れるか? 意識レベルは、どうだ? あ、破傷風の予防接種を準備しとけ」


 テキパキと指示をしながら、黒鷺の全身状態を診察していく。
 私は反射的に堤の服を掴んだ。


「どうした?」


 堤が振り返り、細い目でジロリと私を睨む。無駄話をしている時間はない、と圧力をかけてくる。

 私は息を飲んで訴えた。


「私にも、手伝わせて」

「手伝うって……手術を、か?」


 驚く堤に私はしっかりと頷いた。無理を言っているのは分かる。医師とはいえ、他の病院の手術に手を出すなど、普通はありえない。


 でも……


「どうしても、私の手で助けたいの。お願い」


 堤が悩む。私と黒鷺を見比べた後、渋々といった様子で肩を落とした。


「……まあ、人手は足りないし、な。家族の同意が得られたら、いいぞ」


 ダメ元で提案した私は喜びのあまり、堤の両手を握った。


「ありがとう!」

「お、おう。その代わり、しっかり働けよ! まずはCTへ連れて行け!」

「うん」


 私は上着を脱いで、袖を捲った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ
ファンタジー
霧の大地と呼ばれる世界がある。 その霧は世界の記憶。放っておけば霧は記憶ごと消えて行き、やがて誰からも忘れられてしまう。 セイル・ヴェルスは、失われていく記憶を自分の内に保管する、記憶の保管庫――ログティアと呼ばれる者達の一人だった。 これは世界が忘れた物語と、忘れ続ける世界に生きる者達を描くファンタジー。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも投稿しています。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...