【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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事件ですが、痛い質問をされました

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 リビングに入ると、私を見た黒鷺が安堵した顔になる。なんで!?


「ちゃんと隠していて良かったです」

「わ、私だって考えているんだから」

「今度から、もう少し考えて行動してください」

「でも、診察の時は脱がないといけないじゃない」

「それは分かりますが、僕は医者ではないんですよ」


 私はハッと気がついた。


「そうだ。診察の時と同じ感覚だったんだ」

「気づいてもらえて嬉しいです。右手を出してください」

「お願いします」


 右腕のラップを外されて涼しくなった。寒い冬でも蒸れるのは辛い。ギブスをしている患者さんの気持ちが少し分かった気がする。

 右腕が濡れてないか確認していると、黒鷺が言った。


「僕はシャワーをしてきます。眠くなったら自分の部屋で寝てください」

「はい、はい。いってらしゃーい」


 服を着た私はソファーに転がってテレビを付けた。


「明日も休みかぁ。何をしよう……って、なにもできないか。せっかくの休みなのにぃ」


 犯人が捕まっていないため、外出もできないし、傷があるから、あまり動かない方がいい。
 結局はテレビを見ながらゴロゴロするしかない……って、それはそれで滅多にできない贅沢な時間の使い方。

 テレビはクイズ番組をしていた。出演者が出題の途中でボタンを押し、どんどん正解していく。


「ふぇー、よく知ってるなぁ」


 気がつけば私は集中してテレビを見ていた。それもあっという間に終わり、ニュース番組へ。
 クイズ番組の軽い雰囲気が一転。汚職やら災害やら暗い話題に部屋の空気が重くなる。


「明るいニュースはないのかな?」


 ボーを眺めていると、職場である病院が画面に現れた。


「……ッ」


 反射的に手がリモコンに伸びる。チャンネルを変える直前でドアが開いた。驚いて振り返ると、スエット姿の黒鷺がいた。

 私の反応に黒鷺が目を丸くする。


「どうかしましたか?」

「あ、ううん。なんでもない」

「そうですか……あ」


 黒鷺の視線がテレビに移る。そこでは、アナウンサーが淡々とニュース原稿を読み上げていた。


『……犯人の手がかりはなく、依然として逃走中です。警察は防犯カメラの解析と、情報提供を呼びかけています。次のニュースは……』


 沈黙が重い。こうなるのが嫌だったのに。

 ニュースになった時、すぐ番組を変えておくべきだった。なにか、なにか明るい話題を……

 私が顔を上げると、黒鷺は何事もなかったかのようにキッチンへ移動していた。


「なにか、飲みますか?」

「あ、うん」

「適当でいいですか?」

「うん。お任せする」


 お湯を沸かす音。よかった。いつも通りで。

 静かだけど、寂しくない。どうしてだろう……人の気配があるからかな?

 心地良く、安心できる。時間がゆっくりと流れるって、こういう感じなんだろうなぁ。


 ソファーに体を沈めたまま、ボーとしていたらハーブティーが入ったカップを渡された。


「どうぞ」

「ありがとう」


 湯気とともにレモンの香りがする。


「昨日のとは違うんだね」

「レモングラスとミントのハーブティーです。爽やかな後味で、夏は氷を入れて飲むと涼しくなります」

「へぇ」


 私はそっと口をつけた。レモンの酸っぱさの後にミントの爽やかさが抜ける。

 黒鷺が私の隣に腰を下ろした。

 シャンプーの香りが鼻をくすぐる。横目で見ると、黒鷺もハーブティーを飲んでいた。

 シャワー上がりのせいか、カップに付ける唇が赤く艷やか。黒髪はしっとりと顔に絡みつき、薄い茶色の瞳が潤んでいる。
 そこに、いつもよりラフな格好で、妙な色気が漂い……

 急に恥ずかしくなった私は、慌ててハーブティーの感想を口にした。


「ほ、本当! スッキリして、夏も飲みたくなる味ね」

「じゃあ、夏になったら、また淹れますね」

「それよりカフェを開いたら?」


 黒鷺が肩をすくめる。


「また、その話ですか」

「だってさ」


 私はリビングを見回した。

 アンティーク調の家具で統一され、生活感がない部屋。適度に飾られた観葉植物。コタツの存在に目を瞑れば、どう見てもモデルルームか、カフェだ。

 しかも、こんなイケメンが作るのだから、女子が集まらないわけがない。味は文句なしに美味しいし。


「建物も食器もオシャレで、お茶もご飯も美味しいんだよ。ここでカフェをしたら、人気のお店になるよ」

「……そうですね。では、カフェをオープンしましょうか」

「え?」


 いつものネタ話で冗談半分だったのに。

 私が顔を上げると、黒鷺がこちらを向いて微笑んだ。


「ゆずりん先生専用のカフェを」

「わ、私専用!? い、いや、それは……って、それより私の名前は柚鈴ゆりよ」

「頑張って名前を訂正しますね。まあ、すでに専用カフェになっていますけど」

「でも、それは漫画の監修と引きかえでしょ?」

「んー……」

「違うの?」

「いえ、なんでもないです」


 どこか不満げな黒鷺を横目に、私はハーブティーを飲んだ。


 ――――――なんか視線を感じる。


 恥ずかしくなった私は逃げるようにカップを見つめた。


「……ゆずりん先生はどうして自分の名前を必ず訂正するのですか? 普通なら、ある程度で諦めると思いますけど」

「えっと……なんか、もう意地かな? どっちが先に根負けするか、みたいになってる。あとは、親がつけてくれた名前だから。ちゃんと呼ばれたいっていうのも、あるかな」


 たぶん、本音は後者。でも、それは私の勝手な気持ちだし、軽く訂正するぐらいでいい。


「……なら、僕が名前で呼んでもいいですか?」

「別に許可なんていらないわよ。普通に呼んで」


 黒鷺が私に顔を寄せる。薄い茶色の瞳に私が写る。あの、近くないですか?


 一呼吸おいて、真剣な顔をした黒鷺が口を開いた。


柚鈴ゆり


 低音のイケボイスが耳を直撃。全身が震えて、顔が赤くなる。なんか、すっごく恥ずかしいんだけど!? あ、不整脈まで!?

 私は半分パニックで叫んだ。


「そ、そこは先生を付けなさい!」

「柚鈴先生?」

「そ、そう!」


 それなら、まだマシ。なんとか平常心を保てそう。心臓はまだバクバクしてるけど。

 なのに、黒鷺は文句を言った。


「それなら、ゆずりん先生のほうが、愛嬌があっていいです」

「呼び名に愛嬌なんていらないから!」

「じゃあ、柚鈴で」

「じゃあって、なに!? じゃあって! 適当なの!?」


 パニックを引きずっている私は、恥ずかしさを隠すように、黒鷺をパシパシと叩いた。


「お茶が零れますよ」

「うぅ……」


 叩いていた手を押さえられる。仕方ないので、私はハーブティーを一気に飲み干し、カップをコタツに置いた。


「これならいいよね?」

「へ?」

「思う存分叩いても」


 私の言葉に黒鷺が慌てる。


「なんで、そうなるんですか!? それに、今叩かれたら僕のお茶が零れます!」

「なら、すぐ飲んで。それか、カップを置いて」

「叩かないという選択肢はないんですか!?」

「ないわ!」

「あー、もう!」


 黒鷺が観念したようにカップをこたつに置いた。


「よし。覚悟はいい?」

「待ってください」


 迫る私を黒鷺が手で制する。


「その前に、聞きたいことがあります」

「なに?」


 二人の間に冷めた風が抜ける。暖房が効いているのに、寒気を感じるほど、黒鷺がまっすぐ見つめてくる。


「犯人を、知っているんじゃないですか?」

「………………え?」


 恐れていた言葉に私は全身が凍った気がした。
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