32 / 63
反省したので、買い物にいきます~黒鷺視点~
しおりを挟む集めたガラス片をダストボックスに棄てるため、家の裏口から外に出た。突き刺すような寒さが頭を冷やす。
僕はゴミ袋を持ったまま座り込んだ。
「はぁぁぁぁ……」
自分が吐いたため息が重く圧し掛かる。あんな態度をするつもりはなかったのに。
手を弾いた時の柚鈴の顔。あまりショックを受けた様子はなかったが、あの対応はいけなかった。
「調子が狂う」
僕はしゃがみ込んだまま両手で頭を抱えた。
家族以外なら、誰であろうと余裕の態度で対応してきたし、自分のペースに持ち込んでいた。
だから、あんなに感情を乱したことに自分が一番驚いている。
「たかが子ども扱いされたぐらいで、どうして……」
子ども扱いなんて、初めてではない。されたとしても、軽く流せる。なのに…………
――――――――柚鈴だけはダメだ。
風邪をひいて子ども扱いされた時も、内心ではムッとしていた。どうして、こんな気持ちになるのか…………
「わからない」
悩んでいると、背後でドアが開く音がした。
「やっと、見つけ……さむっ!?」
振り返ると、体を小さくした柚鈴が。
ここに来ると思っていなかった僕は、驚いて立ち上がった。
「ここは寒いから、中に入っていてください。というか、おせちを食べてください」
「そういうわけには、いかないわ」
「……なにか、ありました?」
頭一つ分、背が低い柚鈴がまっすぐ見上げてくる。真っ黒だけど、キラキラと輝く瞳。僕はこの目に弱い……気がする。
大きく息を吸った柚鈴が突然頭を下げた。
「さっきは子ども扱いして、ごめんなさい」
「え……いえ、あれは僕が悪かったんで、気にしないでください」
「でも、嫌だったんでしょう?」
「他に気になることがあって、気持ちに余裕がなかっただけです」
自分で言いながら気が付いた。
そうだ、余裕がないんだ。ずっとイライラした感情が心の底にいる。けど、いつから? 朝はそんなことなかった。
(もしかして、柚鈴とあの男が二人で初詣にいるのを見かけてから?)
いつの間にか考え込んでいた僕に柚鈴が首を傾げる。
「他に気になること……って、もしかして!?」
(まさか、気付かれた!?)
焦る僕の前で柚鈴が真顔で呟く。
「常備菜の酢漬けをこっそり食べてたこと? 量が減ってるから、いつか気付かれるとは思っていたけど……」
予想外すぎる告白に僕は顎が落ちかけた。
「減るのが早いと思ったら、こっそり食べていたんですか!? っていうか、少なくなったら追加を作るので、食べる時は一声かけてくださいって言いましたよね!?」
「あれ? 違った? じゃあ……椅子にかけてあった黒鷺君の上着を羽織って、ダボダボーって遊んだこと?」
「人の服で、なにしているんですか!? なんか、いい匂いがするな、と思ったら…………って、違う! そうじゃない!」
思わず自分にツッコミを入れる。だが、そのことに気づいていない柚鈴がますます悩む。
「え? これでもない? なら……」
「まだあるんですか!?」
(子どもだ。僕より、ずっと子どもだ)
額を押さえる僕の前で柚鈴が腕を組んで考える。
「トイレと玄関の芳香剤を交換したり、黒鷺君のカバンに猫ちゃんキーホルダーを付けたり……」
「いつの間に、キーホルダーを!? いや、その前になんで、勝手に芳香剤を交換したんですか!?」
「玄関の芳香剤の方が、好みの匂いだったから」
柚鈴が当然のように答える。
なんか、姉さんに似たものを感じる。自分の世界があって、自分基準で動いてるやつ。理由を聞いても、独創的すぎて僕には理解できない。
「なら、キーホルダーは?」
「もらったんだけど、私のカバンには似合わないから」
「だからって、無断で僕のカバンに付けないでください」
「いつ気付くかなって。黒鷺君の注意力がどれぐらいあるか、実験してみたの」
「僕で実験しないでください」
「ダメだった?」
顔を上げると、柚鈴が小首を傾げていた。
悪気もなにもない。無垢な表情で目を潤ませている。もう、その顔は反則だ。
「…………ダメではないですけど、一声かけてください」
「はーい」
どこか不満そうな返事。僕は顔を近づけて念押しをした。
「いいですか? ちゃんと言ってくださいよ」
「わ、わかりました」
柚鈴が顔を逸らす。顔が少し赤くなっている。そういえば、初めて会った時も少しからかったら、すぐに顔を真っ赤にしていたな。よし。
僕は柚鈴の顎に手を添えた。
「な、なに!?」
慌てる柚鈴の耳元に口を寄せる。柚鈴の頬が紅く染まる。
僕はワザと艶っぽい低い声で囁いた。
「今度、勝手になにかしたら、しばらくピーマンとナス料理にしますからね」
「そんなっ!?」
柚鈴が絶望した顔でこちらを見る。ピーマンとナスが苦手とは聞いていたが、そこまでとは。
こみ上げてくる笑いをこらえるように口元を手で隠す。
心の底にあったイライラは、もうない。
柚鈴と一言、一言、言葉を交わすだけで、心の中にあるトゲが落ちていく。こんな他愛のない会話なのに、ドロドロした感情が消えていく。
視線を下げれば、柚鈴が悔しそうに睨んでいる。
「遊んでいるでしょ?」
「先にイタズラをしたのは、そちらでしょう?」
「うー」
柚鈴が唸る。
僕は手に持っているゴミ袋の存在を思い出した。
「話は変わりますが、一緒に新しいビアグラスを買いに行きませんか?」
「え?」
「ビールはビアグラスで飲んだほうが美味しいと思いますよ?」
柚鈴はすぐに頷いた。食への素直さは姉さんといい勝負だと思う。
「確かに。ビールはビアグラスで飲んだほうが美味しいわ」
「では、いまから行きましょう」
「いまから?」
「ビアグラス無しで、ビールとおせちを食べるんですか?」
「行くわ! ほら、さっさと行きましょう!」
柚鈴が家の中に入る。僕は持っていたゴミ袋をダストボックスに投げ入れた。
そこで、裏庭の木の一部が折れていることに気づく。
「そういえば、表の花壇に踏まれたような跡があったな……」
(誰かのイタズラか、それとも……)
パタパタと軽い足音が戻ってくる。
「黒鷺君、行かないの?」
「すぐ、行きます」
(前にも半ストーカーみたいなのがいたしな。続くようなら防犯カメラを付けるか)
僕は急いで家に入った。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる