31 / 63
黒鷺ですが、怒らせてしまいました
しおりを挟むキッチンでおせちの準備をしていた黒鷺が出てきて蒼井を睨む。
それを余裕の笑顔で受け流す蒼井。けど、胸の前には両手で抱えている、積み重なったケーキの箱。
なに? この、シュールな光景。
ミーアは蒼井が抱えていたケーキの箱を取り、黒鷺に押し付けた。
「おせちを食べた後と、夜に食べるから冷蔵庫に入れといて」
「なに、これ?」
「ケーキ」
ミーアが語尾にハートマークを付けてウインクをする。
蒼井が教えてくれたケーキ屋は、ケーキの販売のみだった。
他の店も考えたけど、ショーケースに並ぶケーキにミーアが一目ぼれ。カットされたケーキを数個と、ホールケーキを二個買った。蒼井の奢りで。
で、荷物持ちとなった蒼井が、そのまま洋館まで持ち帰った。
蒼井がリビングを見回しながら感想を口にする。
「さすがリク医師。センスがある家に住んでるな」
「でしょ? カフェみたいなのよ」
私は自分の家が誉められたように嬉しくて、胸をはった。
「アマネがいつも綺麗にしてくれていますからネ」
「おはよう。いま起きたの?」
ミーアの質問に、リクが頭をかきながら照れ笑いをする。長袖のロングTシャツに綿のゆったりズボンという部屋着姿。
「そうです。客人の前で、こんな格好でゴメンなさいネ」
「おはようございます。こちらこそ、突然お邪魔して、すみません」
蒼井が軽く頭を下げる。普段は軽い態度だけど、こういうところはちゃんとしている。
「レン先生、お久しぶりですネ」
「覚えていてくれたのですか?」
「当然です。あの手術から一ヶ月して、診察しました。先生が縫った痕は、とても綺麗で驚きました。必要な時は依頼したいです」
「ありがとうございます」
蒼井が嬉しそうにリクと握手をする。
あ、これ愛想笑いじゃなくて、本当に喜んでる時の顔。
いつもなら、すました笑顔でカッコつけるのに、今は破顔っていうのかな。目元と口元にシワがある笑顔。
この笑顔はなかなかしない。ちょっと珍しいものを見ちゃったな。
私は微笑ましく二人の様子を眺めていると、チクチクと刺さる気配を感じた。振り返ると、黒鷺がわざとらしく顔を逸らした。
(え? 怒ってる?)
もしかして、私が医局にイヤリング落として、失くしかけていたことがバレた? いや、いや。それは、ない。じゃあ、他に黒鷺を怒らすことしたっけ?
私が唸っていると、ミーアが腕を引っ張った。
「ゆずりん、おせち食べよう! で、早くケーキを食べよ!」
「あのケーキ、食べきれるの? おせちもあるのに」
「大丈夫、大丈夫。その分、アオイ レンがおせちを食べるから」
「なんでフルネーム呼び?」
私の疑問に、ミーアが敵意むき出しで蒼井を睨む。
「ケーキは食べるけど、ゆずりんはあげないから」
「あの、ミーア? 私は物ではないんだけど?」
「もう! そういう意味じゃなくて!」
頬を膨らますミーアに蒼井が肩をすくめる。
「ゆずり先生は学生の頃から、こういう話に疎いしな」
「だから、柚鈴だって。学生の頃は、ちゃんと柚鈴って呼んでたのに。なんで、そんな変な呼び方になったかなぁ」
思い返していると、キッチンから声がした。
「あっ」
ガッシャーン。
なにかが割れた音が響く。全員の視線がキッチンに集まる。黒鷺の足元に割れたグラスの破片が散乱していた。
「大丈夫!?」
「来ないでください!」
集まろうとした人たちを黒鷺が止める。
「すぐ片付けますので」
「その前に黒鷺君、足を動かしたらダメよ。どこに破片があるか分からないから。ちょっと待ってて」
私は廊下に出て階段の裏にある扉を開けた。
そこには掃除機や雑巾などの掃除道具一式が入っている。ここに掃除道具があるのを知っているのは、以前教えてもらったから。
あまりにも生活感がなくて、どこに掃除機などを置いているのか聞いてみたら、ここだと教えてくれた。
その時は『隠し扉なの!? ここは忍者屋敷?』と言って、黒鷺に白い目で見られたっけ。
おっと、今はそれどころじゃなかったわ。
私は掃除機を片手にリビングに戻ると、さっさと黒鷺の足元にあるガラスの破片を吸い取った。
「これで、大丈夫かしら」
吸い取れない大きさの破片は、キッチン用のゴム手袋をした黒鷺がビニール袋に入れていた。足を動かさず、手に届く範囲にあった物を使っていたから文句は言えない。
黒鷺がしゃがみこんだまま、ビニール袋の中にあるガラスの破片を見つめる。
「どうしたの?」
「すみません。せっかく、プレゼントしたのに」
「あー」
割れたのは、黒鷺が私にプレゼントしてくれたビアグラスだった。まあ、形ある物はいつか壊れる。壊れるのが早かったけど。
私は腰を下ろすと、横から黒鷺の顔を覗き込んだ。落ち込んでるみたいで表情が暗い。
「怪我はない?」
「……はい」
「なら問題なし」
よし、よし、と黒鷺の頭を撫でる。
――――――――パン!
乾いた音とともに手を払いのけられた。
「だから! そうではなく!」
「へ?」
なにが起きたのか分からず、呆然とする。黒鷺は立ち上がると、私に背をむけた。
「ゴミ、片付けてきます」
掃除機を持ちあげ、大きな足音を立ててリビングから出て行った。
気まずい静寂。
私は立ち上がってミーアに訊ねた。
「私、なんか悪いことした?」
「んー。まあ、ゆずりんは少し気にするぐらい、でいいかな」
「そこは気にしないでいい、の流れじゃないの?」
リクが苦笑いをする。
「アマネは大学生ですからネ。子ども扱いをされたら複雑な気持ちになりますヨ」
「あ……」
繊細なお年頃なのに、つい患児と同じ感覚で対応してしまった。前も同じようなことをして不機嫌にさせたのに、反省がないぞ、私。
「ちょっと、謝ってくる」
私は急いでリビングから飛び出した。廊下に黒鷺の姿はない。
私は手あたり次第に部屋を覗いた。
さっき、黒鷺が私の手を払いのけた時の顔。悔しそうで、いまにも泣き出しそうで。そんな顔は見たことない。
その表情は、トゲのように私の心に刺さった。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる