【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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黒鷺ですが、怒らせてしまいました

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 キッチンでおせちの準備をしていた黒鷺が出てきて蒼井を睨む。
 それを余裕の笑顔で受け流す蒼井。けど、胸の前には両手で抱えている、積み重なったケーキの箱。


 なに? この、シュールな光景。


 ミーアは蒼井が抱えていたケーキの箱を取り、黒鷺に押し付けた。


「おせちを食べた後と、夜に食べるから冷蔵庫に入れといて」

「なに、これ?」

「ケーキ」


 ミーアが語尾にハートマークを付けてウインクをする。

 蒼井が教えてくれたケーキ屋は、ケーキの販売のみだった。
 他の店も考えたけど、ショーケースに並ぶケーキにミーアが一目ぼれ。カットされたケーキを数個と、ホールケーキを二個買った。蒼井の奢りで。

 で、荷物持ちとなった蒼井が、そのまま洋館まで持ち帰った。

 蒼井がリビングを見回しながら感想を口にする。


「さすがリク医師。センスがある家に住んでるな」

「でしょ? カフェみたいなのよ」


 私は自分の家が誉められたように嬉しくて、胸をはった。


「アマネがいつも綺麗にしてくれていますからネ」

「おはよう。いま起きたの?」


 ミーアの質問に、リクが頭をかきながら照れ笑いをする。長袖のロングTシャツに綿のゆったりズボンという部屋着姿。


「そうです。客人の前で、こんな格好でゴメンなさいネ」

「おはようございます。こちらこそ、突然お邪魔して、すみません」


 蒼井が軽く頭を下げる。普段は軽い態度だけど、こういうところはちゃんとしている。


「レン先生、お久しぶりですネ」

「覚えていてくれたのですか?」

「当然です。あの手術から一ヶ月して、診察しました。先生が縫った痕は、とても綺麗で驚きました。必要な時は依頼したいです」

「ありがとうございます」


 蒼井が嬉しそうにリクと握手をする。

 あ、これ愛想笑いじゃなくて、本当に喜んでる時の顔。
 いつもなら、すました笑顔でカッコつけるのに、今は破顔っていうのかな。目元と口元にシワがある笑顔。

 この笑顔はなかなかしない。ちょっと珍しいものを見ちゃったな。

 私は微笑ましく二人の様子を眺めていると、チクチクと刺さる気配を感じた。振り返ると、黒鷺がわざとらしく顔を逸らした。


(え? 怒ってる?)


 もしかして、私が医局にイヤリング落として、失くしかけていたことがバレた? いや、いや。それは、ない。じゃあ、他に黒鷺を怒らすことしたっけ?

 私が唸っていると、ミーアが腕を引っ張った。


「ゆずりん、おせち食べよう! で、早くケーキを食べよ!」

「あのケーキ、食べきれるの? おせちもあるのに」

「大丈夫、大丈夫。その分、アオイ レンがおせちを食べるから」

「なんでフルネーム呼び?」


 私の疑問に、ミーアが敵意むき出しで蒼井を睨む。


「ケーキは食べるけど、ゆずりんはあげないから」

「あの、ミーア? 私は物ではないんだけど?」

「もう! そういう意味じゃなくて!」


 頬を膨らますミーアに蒼井が肩をすくめる。


「ゆずり先生は学生の頃から、こういう話に疎いしな」

「だから、柚鈴ゆりだって。学生の頃は、ちゃんと柚鈴って呼んでたのに。なんで、そんな変な呼び方になったかなぁ」


 思い返していると、キッチンから声がした。


「あっ」


 ガッシャーン。


 なにかが割れた音が響く。全員の視線がキッチンに集まる。黒鷺の足元に割れたグラスの破片が散乱していた。


「大丈夫!?」

「来ないでください!」


 集まろうとした人たちを黒鷺が止める。


「すぐ片付けますので」

「その前に黒鷺君、足を動かしたらダメよ。どこに破片があるか分からないから。ちょっと待ってて」


 私は廊下に出て階段の裏にある扉を開けた。

 そこには掃除機や雑巾などの掃除道具一式が入っている。ここに掃除道具があるのを知っているのは、以前教えてもらったから。

 あまりにも生活感がなくて、どこに掃除機などを置いているのか聞いてみたら、ここだと教えてくれた。

 その時は『隠し扉なの!? ここは忍者屋敷?』と言って、黒鷺に白い目で見られたっけ。

 おっと、今はそれどころじゃなかったわ。

 私は掃除機を片手にリビングに戻ると、さっさと黒鷺の足元にあるガラスの破片を吸い取った。


「これで、大丈夫かしら」


 吸い取れない大きさの破片は、キッチン用のゴム手袋をした黒鷺がビニール袋に入れていた。足を動かさず、手に届く範囲にあった物を使っていたから文句は言えない。

 黒鷺がしゃがみこんだまま、ビニール袋の中にあるガラスの破片を見つめる。


「どうしたの?」

「すみません。せっかく、プレゼントしたのに」

「あー」


 割れたのは、黒鷺が私にプレゼントしてくれたビアグラスだった。まあ、形ある物はいつか壊れる。壊れるのが早かったけど。

 私は腰を下ろすと、横から黒鷺の顔を覗き込んだ。落ち込んでるみたいで表情が暗い。


「怪我はない?」

「……はい」

「なら問題なし」


 よし、よし、と黒鷺の頭を撫でる。



 ――――――――パン!



 乾いた音とともに手を払いのけられた。


「だから! そうではなく!」

「へ?」


 なにが起きたのか分からず、呆然とする。黒鷺は立ち上がると、私に背をむけた。


「ゴミ、片付けてきます」


 掃除機を持ちあげ、大きな足音を立ててリビングから出て行った。


 気まずい静寂。


 私は立ち上がってミーアに訊ねた。


「私、なんか悪いことした?」

「んー。まあ、ゆずりんは少し気にするぐらい、でいいかな」

「そこは気にしないでいい、の流れじゃないの?」


 リクが苦笑いをする。


「アマネは大学生ですからネ。子ども扱いをされたら複雑な気持ちになりますヨ」

「あ……」


 繊細なお年頃なのに、つい患児と同じ感覚で対応してしまった。前も同じようなことをして不機嫌にさせたのに、反省がないぞ、私。


「ちょっと、謝ってくる」


 私は急いでリビングから飛び出した。廊下に黒鷺の姿はない。

 私は手あたり次第に部屋を覗いた。

 さっき、黒鷺が私の手を払いのけた時の顔。悔しそうで、いまにも泣き出しそうで。そんな顔は見たことない。

 その表情は、トゲのように私の心に刺さった。
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