30 / 63
初詣ですが、黒鷺が不機嫌になりました
しおりを挟む翌日。
スマホのアラームに起こされた私は体を動かした。まだ寝ていたいけど、そうはいかない。
リビングに行くと、驚いた顔の黒鷺に迎えられた。
「おはようございます。思ったより早く起きましたね」
「んー、おはよう」
「そんなに雑煮が食べたかったのですか?」
「それもあるけど……」
頭が寝ていて言葉が出ない。
「お餅を焼きますが、いいですか?」
「お願い」
椅子に座ってリビングを見回す。
「あれ? リク医師とミーアは?」
「二人とも寝てますよ。十時ぐらいに起きると思います」
現在の時刻は朝の八時。
私は寝起きのぼさぼさパジャマ状態。
でも黒鷺は、首もとが緩めの紺色のタートルネックに、黒のストレートパンツ。何気にいつもキチンとしている。
そんなことを考えていると、出汁の優しい匂いが鼻をくすぐった。
「どうぞ」
目の前にお椀が置かれる。
白い餅の上に花型のニンジン。大きな殻付きの貝に、紅白のかまぼこ。鮮やかな緑の三つ葉に、透き通った汁の雑煮。
「……味噌じゃない」
「すまし汁のお雑煮ですが……味噌の方が良かったですか?」
「あ、そうか。お雑煮って地域で違うんだよね。ちょっと、ビックリしただけ」
私は手を合わせた。
「いっただっきまーす」
「どうぞ」
私の向かい側で黒鷺も雑煮を食べ始める。誰かと一緒に食べるご飯って、やっぱり嬉しい。
私は雑煮を一口食べて手を止めた。
(この味は……)
雑煮を見つめたまま動かない私に、黒鷺が心配そうに訊ねる。
「口に合いませんか?」
「ううん、美味しいよ。そうじゃなくて、私の家もこんな感じのお雑煮だったなぁって」
「味噌ではなく?」
「味噌は祖母が作ってくれたお雑煮。母のお雑煮は、こんな感じだったわ」
すっかり忘れていた。遠い昔、母が作ってくれた雑煮も大きな貝が入っていて、貝殻が邪魔だった。
一方の祖母は、味噌に大根やニンジンなど野菜たっぷりで、味がまったく違う。いつの間にか、雑煮といえば味噌になっていた。
お椀にゆっくりと口をつける。どこか嬉しく、懐かしい味。
「……思い出させてくれて、ありがとう」
「なにか、言いましたか?」
聞かれていたことに焦る。
「な、なんでもない! あの、これからちょっと出かけてくる! お昼までには帰って来るから! ミーアには昼から一緒に初詣に行くって伝えて」
「病院からの呼び出しですか?」
「ま、まぁ、そんな感じ」
「だから早く起きたんですね」
黒鷺が納得する。
私は、なんとなく本当のことを言い出せなかった。
だって、せっかくもらったクリスマスプレゼントを失くしかけて、それを取りに行くなんて、なんか言いづらい。
俯いて雑煮を食べていると、黒鷺が提案をした。
「なら、おせちは昼に食べましょう」
「すぐ帰るわ!」
「別にゆっくりでいいですよ。おせちは逃げませんから」
「……うん」
なんだろう……なんか、ちょっとした罪悪感がある。
雑煮を食べた私は、ミーアたちが起きる前にこっそりと出かけた。
※
冷たい風が吹き抜ける神社。
予想通りの人混み。中には着慣れていない晴れ着で歩く人も。でも、これぞ正月って感じ。
私はお参りをするため、行列に並んでいた。なんか周囲の女子から視線とヒソヒソ声が飛んでくる。
私は原因である隣を睨んだ。
「一人で来ても、良かったんじゃないの?」
「なに、言ってるんだ。こんなに人がいるのに、一人なんて寂しいだろ」
そんなことを言うのは、朝から参拝することになった元凶の蒼井だ。
細身の黒のトレンチコートに、ベージュのスラックス。首もとにはチェックのワインレッドのマフラーを差し色にいれて、相変わらずのオシャレイケメン。
茶髪を自然に流し、キザに笑う姿は当直明けには見えない。
「子どもじゃないんだから、一人でもいいじゃない」
「オレは嫌なの」
きっぱりと断言され、私は肩をすくめた。
「なら今日じゃなくて、誰かと一緒に来れる時に来たら良かったのに」
「正月に参らないと、年が明けた気がしないだろ。仕事をしていたせいで、大晦日と正月を過ごした感が乏しいのに」
「変なこだわりに、私を巻き込まないで」
「イヤリング、返さないほうが良かったか?」
「それについては、ありがとうございました」
渋々、頭を下げる。顔を上げればドヤ顔の蒼井。
(なんか、ムカつ……)
「ゆずりん!」
「ぐぇ!」
容赦なく抱きしめられ、喉が絞まる。隣を見れば、ミーアとその後ろに黒鷺が!?
(ど、どうして、ここに!? いや、それより今は手! 手をどけて!)
首を絞めている手を必死に叩く。声が! 声が出せない! 息が! 出来ない!
「あれ? もしかして、苦しい?」
「苦しいより、死にかけ…………ゲホッ! ゴホッ!」
やっと解放され、むせながら深呼吸をする。はあ、冷えた空気が美味しい。
息が整ったところで黒鷺と目があった。
「仕事で呼び出されたんじゃあ……」
黒鷺の呟きを拾った蒼井が私に確認をする。
「仕事?」
「いや、あの……」
黒鷺は私が仕事だと思い込んでいたし、私は訂正しなかった。まさか、ここで会うなんて……
なんとなく気まずい。うぅ、黒鷺の視線が鋭くなっていく。
私は逃げるように蒼井の影に隠れた。そこで、黒鷺の顔がますます険しくなる。なんで!?
痛い空気を吹き飛ばすように、ミーアが私の腕に絡みついた。
「なんとなく、ゆずりんがいる気がしたんだけど、正解だったわ!」
「なに、その直感!?」
驚く私にミーアが満足そうに笑う。
「んふぅー! これぐらいの直感がないと、世界の秘境を渡り歩くなんて出来ないの。ところで、ゆずりんは、おみくじひいた?」
「まだ、だけど」
「なら、一緒にひかない? 私、読めない漢字があるから教えてほしいの」
「いいわよ」
「やったぁ! あれ、天音どこ行くの?」
「おせちの準備があるので、先に帰ります」
黒鷺がこちらを見ることなく回れ右をした。背中からどす黒いオーラの幻影が見える。もしかして、不機嫌になってる!?
「黒鷺君、ちょっと待っ…………行っちゃった」
止める間もなく黒鷺の姿が人混みに消える。私は伸ばしていた手を下ろした。
呆然としている私を、ミーアが屈んで下から覗き込む。小首を傾げた美女の上目遣いは絶景ですね。
現実逃避を始めた私の思考にミーアが語りかける。
「天音のことは気にしないで」
「でも、怒ってなかった?」
「怒ってるっていうより、拗ねてるって感じかな。でも、天音に表情がある間は、まだ大丈夫。本当に危険なのは無表情になった時よ。冷静に見えて、頭に血がのぼってるから、その場の勢いで突っ走るの」
「そう……なんだ」
その場の勢いで突っ走る黒鷺なんて、想像できない。なんか、いつも冷静というか、どこか余裕がある感じ。
「しかも昔、空手を習ってて黒帯まで取ったのよ」
「えぇ!? あ、それで体格がしっかりしているのね」
「護身のために習ってたんだけどね。今でも朝夕のジョギングはしてるし、最低限の練習はしてるんじゃないかな。あ、ちなみに私も黒帯だから」
「えぇ!?」
もっと意外。こんなに美女で強いって、なに!? ハリウッド女優!?
驚く私にミーアがニヤリと笑う。
「で、天音が拗ねた原因は、ゆずりんよ」
「な、なんで!?」
「一緒に初詣に行こうと思っていたのに、勝手に行ったから」
「でも、一緒に行きたいなんて言ってなかったわ」
「私が一緒に行くと言ったから、天音も一緒に行く気になっていたのよ。ま、そこの誰かさんが邪魔したんでしょうけど」
ミーアが冷めた視線で蒼井を睨む。
その瞬間、背筋に悪寒が走った。ミーアからブリザードの幻影が発生する。この周囲だけ、気温が十度ぐらい下がったような……
私は寒さを少しでも和らげるように、両手で腕をこすった。
一方の蒼井は平然とした顔で私とミーアを見比べている。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、か」
「なに?」
「いや、なんでもない」
蒼井が爽やかな笑顔になる。
「で、この美女は誰だ?」
「リク医師の娘さんの美亜。ミーア、こっちは私の同期で、形成外科医の蒼井 蓮よ」
「アオイ レン。覚えたわ」
敵意丸出しのミーア。覚えた、が別の意味に聞こえる。こう、暗殺相手を覚えた、っていう……
蒼井もこの不穏な気配を感じているはずなのに、爽やかな笑顔のまま話を進める。
「一回で覚えてもらえて嬉しいよ。この後、一緒にお昼を食べないかい?」
「家でおせちを食べるから、いらないわ」
「じゃあ、カフェでお茶でもどう? ケーキぐらい奢るよ」
「ケーキ!?」
ミーアの興味がケーキに移り、少しだけ私から離れる。その動きに、蒼井の目が鋭くなる。
「どんなケーキがいい?」
「生クリームとイチゴがのったケーキ」
「ショートケーキか。それなら、美味しいケーキ屋さんを知っているから、そこに行こう」
こうしてケーキ屋へ行くことになった、結果…………
「どうして、こいつがここにいるんだ?」
超不機嫌顔の黒鷺と、爽やか笑顔の蒼井が、リビングで対峙する構図が誕生した。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる