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好みが同じなので、姉弟喧嘩が勃発します~黒鷺視点・後編~
しおりを挟む「え!?」
柚鈴が驚きながら、こちらを向く。僕はその様子を横目でチラ見した。
(正面から見たら、よけいに可愛い。あー、なんかヤバい気が…………いや! イヤ! 違う! チガウ! これは、そんな気持ちじゃない! そうだ、別のことを考えよう。そもそも、ここに来た目的は買い物で……)
必死に思考を逸らしている僕に姉が命令する。
「突っ立ってないで、座りなさいよ。日課のジョギングに行ったと思ったのに。買い物に出かけていたのね」
「ジョギングは姉さんが寝ている時間に済ませたよ」
僕は向かい合う二人の間に座った。慣れるまで柚鈴を視界に入れないようにしないと。
「ジョギング?」
(柚鈴が小首を傾げる。可愛らしさが倍増して小動物みたい…………って、見たらダメなんだって、僕!)
苦悶する僕の代わりに姉が答える。
「天音は体力作りのために、朝晩とジョギングをしているの」
「あ、だから体がしっかりしているのね。すごいわ」
簡単に誉めないでくれ! また顔が緩む! なんで、柚鈴と話すとこんなに緩みやすいんだ!?
僕は滅多にださない根性で平静を装う。
「運動不足にならないようにしているだけです」
顔を逸らしながら、先ほどの堕落二人組の動向を確認。男連れかよ、と立ち去っていった。
(これぐらいで消えるなら、姉さんから一方的に叩き潰されて終わっていたかもな)
要らぬ心配だったか、と考えていると、姉からメニュー表を押し付けられた。
「何飲む?」
「カフェモカ」
「え?」
柚鈴が驚いた顔をしている。
「なにか?」
「あ、ちょっと意外だなって。ドルチェを作るのは苦手って、リク医師が言っていたし、漫画を描く時はブラックコーヒー飲んでるみたいだから」
まあ、甘い物が苦手そうとは、よく言われる。理由は不明だけど。
僕はウエイターにカフェモカを注文すると、柚鈴に説明した。
「甘い物も好きですよ。ただ、ドルチェは分量を正確に量らないといけないから、作るのが苦手なんです。漫画を描く時に飲むブラックコーヒーは眠気覚ましです」
「料理は? ちゃんと分量を量らないと、いけないでしょ?」
「料理は適当でも大丈夫なので」
「へぇ」
柚鈴が素直に感心する。本当に料理しないんだな。忙しいんだろうけど、料理が苦手なのかもしれない。別に、問題ないけど。
(ん? なにが問題ないんだ?)
自問自答してしまった自分に首を傾げていると、柚鈴が拗ねたように頬を膨らました。
「どうせ、私は料理もお菓子も作らないから、知らないですよ」
別にそこまで卑下しなくても。
「日本は自分で作らなくても、美味しいものは沢山ありますからね。作らなくても、いいと思いますよ。ところで、二人は何をしていたんですか?」
姉がニッコリと微笑む。
「ゆずりんとデートしてたの」
柚鈴が慌てて否定する。
「デートじゃなくて、買い物よ! 買い物!」
「ゆずりん、は訂正しないんですね」
「……諦めました」
柚鈴の体がシュンと小さくなる。
訂正したら、その倍以上にゆずりん呼びされたんだろうな。この姉は一度決めたことは、意地でも曲げないから。
「さすがの、ゆずりん先生でも姉さんには勝てませんでしたか」
「柚鈴!」
「僕が言ったら訂正するんですね」
「当然!」
柚鈴が胸を張って威張る。本当、見ていて飽きないな。
そこにウエイターが注文したカフェモカを持って来た。受け取って一口飲む。ちょうどいい甘さに、カカオの苦味。体の中から温まる。
僕がカフェモカを堪能していると、柚鈴が姉に言った。
「ミーア。やっぱり、さっきの化粧品代は払うわ」
「いいのよ。私からのクリスマスプレゼントなんだから」
「なら、私もクリスマスプレゼントをあげるわ。なにか欲しいものある?」
「それなら、大丈夫。私は、もう貰ったわ」
「え?」
姉が柚鈴の手を握り、美笑を浮かべる。
その表情に歩いていた男たちの足が次々と止まる。妖艶な雰囲気に見惚れ、歩道渋滞が発生する。
(おい! 姉さん!?)
薄茶色の瞳がうっとりと柔らかくなる。
優しそうに見えて、目の奥では狙った獲物は逃がさない強さを秘める。この眼力で幾人堕ちたか。
「クリスマスという日に、あなたの時間を」
耳が溶けるような、甘い囁き声。細く長い指を柚鈴の顎に添える。自分の魅力を分かっているからこそ、それを最大限に活かした言葉と表情。
(なにを見せられているんだ!?)
「ブファ!」
僕は思わず吹き出していた。
「汚っ! なにしてんのよ!」
姉が怒るが、怒りたいのは僕の方だ。
「なに本気で口説いてるんだよ!」
「わかってるなら、邪魔しないでよ! せっかくの良い雰囲気が台無しじゃない!」
(いや、そもそも柚鈴は口説かれていることに気づいてないし。姉さんの全力の口説きが効かない人も珍しいけど。でも、それより!)
「僕がいる時点で、良い雰囲気じゃないから!」
「空気になりなさい! 空気に!」
「無茶言うな!」
姉弟喧嘩が勃発。言い争う僕たちに、柚鈴は目を丸くした後、楽しそうに笑った。
「姉弟っていいわね。私は一人っ子だから羨ましいわ」
「こんな弟でよければ、いつでもあげるわよ」
「あげぅ!?」
柚鈴の顔が真っ赤になる。が、それより僕は姉への文句が溢れていた。
「こんな弟ってなんだよ。僕が好きになったものを、いつも横取りするくせに」
昔からそうだった。
好みが似ているせいで、いつも玩具の取り合い。でも、姉の方が口がたつから、最後は取られて終了。
「私が好きなものと、同じものを好きになるのが悪いのよ!」
「僕が先に好きになったんだ!」
「順番なんて関係ないでしょ!」
姉と睨み合う。これは決着がつかないパターンだ。でも、僕は一歩も譲る気はない。
(さて、どうするか)
僕が考えていると、柚鈴の顔を見た姉がニヤリと笑った。
「天音をあげるって言ったのは、やっぱ止めるわ。代わりに私をもらってちょうだい」
「え?」
「私、長子だからお姉ちゃんに憧れがあるの」
柚鈴が首を傾げながら訊ねる。
「つまり、私の妹になるってこと?」
「そう」
柚鈴が戸惑う。
そこに、姉が不安そうな表情で柚鈴を覗きこんだ。上目遣いのおねだりバージョン!
「ダメ? お姉ちゃん」
「お姉ちゃん……」
柚鈴が噛みしめるように呟く。あ、これダメなヤツだ。陥落されかかってる。
僕は二人の距離をあけるようにワザと間に入った。
「はい、そこまで。姉さんを貰うぐらいなら、僕を貰ってください。僕なら料理も家事もできるからお得ですし、姉さんみたいにトラブルメーカーにならない……あれ?」
柚鈴が真っ赤な顔で固まっている。
「どうしました? ゆずりん先生?」
柚鈴の顔の前で手を振るが反応がない。それどころか、名前を訂正しない。マジで、どうした!?
焦る僕を姉が笑う。
「ちょっ、笑ってる場合じゃないだろ!」
「若いって、良いわねぇ」
「それ、今は関係ないから!」
僕のツッコミに、なぜか姉がますます笑った。本当になんなんだ……
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