【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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漫画の報酬ですが、ご飯になりました

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 最近は朝夕が涼しい。慣れた足取りで黒鷺の家へと歩く。夏風邪をひいた黒鷺はすぐに完治。漫画は締切に間に合ったという。

 あれから修正した漫画の再確認や相談で、黒鷺の家をたびたび訪れていた。


「この時期は患児が少ないから、早く帰りやすいわ」


 軽いステップに合わせてエコバッグが揺れる。中身は職場の近くのコンビニで見かけ、美味しそうで、つい購入してしまったモノ。


「すっかり秋ね」


 洋館の庭に咲き乱れるコスモスの道を抜け、玄関へ。

 私は合鍵を回すと、そぉーとドアを開けた。合鍵を渡されたとはいえ、他人様の家に堂々と入るほど肝は据わってない……つもり。


「お邪魔しまーす」


 静かな玄関に私の声が響く。いつもなら(いつもと言っても数回だけど)リビングから返事があるのに、今日はない。


「来る日、間違えた? まさか、夕食なし?」


 足元を見ると黒鷺の靴がある。


(良かった。数日前から今日の夕食を楽しみにしていたのに、ここでお預けなんて考えられな……)


 ここで私は大きく首を振った。


(これじゃあ、まるで胃袋をつかまれたみたいじゃない! 違うわ! そんなことない!)


 私は唸りながら、リビングに入った。そこで、テーブルに料理を並べている黒鷺と視線が合う。

 焦げ茶色の細身のシャツに、ジーパンというラフな格好。でも、逞しい体格とイケメンのため、ファッション雑誌のモデルみたい。

 むしろ、ダサくなる服を探すのが難しいレベル。


(肌着と腹巻きとステテコでも絵になりそうで、逆に怖いかも)


 私は荷物を置きながら黒鷺に言った。


「お邪魔しますって、言っても返事がないから、いないのかと思ったわ」

「あー、考え事をしていたので」


 そう答えた黒鷺の顔が、どこか暗いような?

 私は黒鷺を観察しながら、テーブルに視線を移した。そこにあったのは……


「麻婆豆腐!」

「辛い料理も大丈夫と話していたので」

「ちょうど食べたいと思ってたの! 辛すぎるのは苦手だけど」

「普通の辛さだと思います」


 そこで私は手に持っているエコバッグを思い出した。


「冷蔵庫、借りてもいい? ちょっと、冷やしたい物があるの」

「いいですよ」


 了承を得た私はコンビニで買ったモノを冷蔵庫に入れた。


(夕食が麻婆豆腐なんて、ピッタリじゃない)


 手を洗い、椅子に腰を下ろす。

 目の前には麻婆豆腐と卵スープ、海老焼売に回鍋肉と中華料理のオンパレード。餃子がないのが寂しいけど、明日も仕事だからニンニクはないほうがいい。

 黒鷺が反対側に座る。


「どうぞ」

「いっただっきまぁーす!」


 私は両手を合わせてから麻婆豆腐を食べた。肉と豆腐の旨味が口に溢れ、そんなに辛く…………


「んぐぅー!」


 我慢できない程ではないが、辛い。でも、旨味もあって、これは癖になる。


「辛すぎました?」

「ち、違うの。美味しいわ。美味しい辛さなの」

「そうですか」


 黒鷺が素っ気なく視線を下げる。美味しいと誉めたら、照れたような反応をするのに。

 気になった私は卵スープで辛さを流しながら訊ねた。


「なにかあった?」

「いえ、別に」


 なんか拗ねてる? いつもより態度が冷淡?


「ネームがうまくいってない?」

「いえ、大丈夫です。うまくいってなかったら、監修のお願いはしてません」


 私は麻婆豆腐を食べながら首を捻った。んぅー、病み付きになる辛さ。


「えーと……夢見が悪かった? それとも、イタズラ電話があった? あ! 連続ピンポンダッシュがあったとか?」

「全部ありません。なんですか?」

「だって、いつもと違って元気がなさそうだから……」


 黒鷺は薄い茶色の瞳を丸くした後、気まずそうに顔を背けた。


「すみません。顔に出しているつもりはなかったので」

「謝ることじゃないけど。で、なにがあったの?」

「……」


 黙々と黒鷺が麻婆豆腐を食べる。まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど。
 あ、回鍋肉のお肉が香ばしい。キャベツもシャキシャキで、白いご飯と一緒にいくらでも食べれちゃう。

 私がご飯に夢中になっていると、ポツリと声がした。


「……ったんです」

「んぅ? なに?」

「なかったんですよ」

「なにが?」

「コンビニの期間限定商品が!」


 予想外の言葉と力量に私は手が止まった。


「ほぇ!?」

「何度かコンビニに足を運んだんですが、その度に売り切れで! 今日こそは! と思っていたのに! そもそも、なんで日本は、こんなに期間限定商品や、新商品がすぐ出るんですか!? いや、出るのはいいんです。ただ、出たあとで消えるのが早いんですよ! 一回だしたら一、二年ぐらいは販売してほしい!」


 黒鷺は一気に言いきると、怒りをぶつけるように麻婆豆腐に食らいついた。
 ストレスが溜まってる時って、辛いものが食べたくなるもんね。それで麻婆豆腐かぁ。


「また買いに行ったら?」

「しばらくは漫画のペン入れで、買いに行く時間がありません。終わる頃には、別の期間限定商品が出ているでしょう」


 先ほどの勢いはなく、ボソボソとした声。買えなかったことが、そんなにショックだったのかぁ。


「じゃあ、私が買ってこようか?」

「いえ、そこまでしなくていいです」


 きっぱりと拒否。

 あー、もう。完全に諦めモードだ。よし! どんな期間限定商品か徐々に聞き出して、こっそり買ってこよう!

 そのためには情報収集。相手を警戒させないために、少しズレた話題をふって……


「日本って、そんなに期間限定商品や新商品が多いの?」

「はい。こんなに出るのは、日本ぐらいじゃないですか? 少なくとも、僕が住んでいた国々ではありませんでした」

「えっと……新商品が出るのは、一年に一回ぐらい?」

「数年に一回出るか、出ないか、ですね」

「…………飽きない?」


 つまり、いつ店に行っても同じ商品しかないって状態よね? 店に行く楽しみが半減しそう。


「それが普通でしたから。ところが、日本で生活して、期間限定商品や新商品の多さに驚いて……」


 黒鷺が俯いてプルプルしている。


「ど、どうしたの?」

「……美味しそうだと目を付けていた商品が期間限定で、いざ買おうと思った時には販売終了。それを何度、繰り返したか」


 あれ? 怒りが再燃したっぽい? どんな期間限定商品か聞ける雰囲気じゃない? こうなったら、玉砕覚悟でストレートに聞くしかない!


「なら、早く買っておかないと。黒鷺君が買いたい商品は、なに?」

「もう、いいです」


 黒鷺が話を切って海老焼売を食べる。完全に拗らせてしまった。


「失敗かぁ……」


 私も海老焼売を一口。プリップリッの海老の食感に海鮮の旨味がジュワーと溢れる。
 その隣には、緑が輝く茹でブロッコリー。かぶりつくと、ほのかな塩味とブロッコリーの甘味が広がる。
 麻婆豆腐や回鍋肉と濃い味が続いていたので、味が変わってちょうどいい。


「やっぱり、黒鷺君が作るご飯は美味しいわ」

「…………どうも」


 黒鷺が恥ずかしそうに顔を逸らす。普段の黒鷺に戻ってきたかも。不満を吐き出して、少しスッキリしたのかな。


※※


 夕食を堪能した私は、冷蔵庫に入れたモノのことを忘れ、ソファーで漫画のネームを読んでいた。
 そこに、片付けをしていた黒鷺から、驚いたような声が上がる。


「あっ」

「どうしたの?」 


 キッチンの方を向くと、黒鷺が冷蔵庫から出したモノを私に見せた。


「あの、これ、どうしました?」

「あー、忘れてた。ここに来る前に寄ったコンビニで、ちょうど店員さんが商品棚に並べていたの。人気商品らしくて、すぐ売り切れるんだって」

「グッジョブですよ! ゆずりん先生!」


 黒鷺が目を輝かせ、私が買ってきたモノを見つめる。


「だから、私の名前は柚鈴ゆりだって。なんで、グッジョブ?」

「二つあるってことは、僕も食べていいんですよね?」

「えぇ。一緒に食べるつもりで買ったから」

「お茶は何にしよう? やはり、ここは中国茶で……」


 黒鷺がウキウキとお湯を沸かし始める。

 ここまで露骨にされたら、鈍いと言われる私でも分かる。黒鷺が食べたかった期間限定商品。


 それは……


「黒鷺君。もしかして、杏仁豆腐が食べたかったの?」


 私の指摘に黒鷺は顔を真っ赤にした後、そそくさとキッチンに逃げた。


「そ、そうですよ。今日こそは買うつもりだったので、夕食は中華にしたんです。文句ありますか?」


 ジロリと黒鷺が睨んでくる。イケメンが赤い顔で睨んでも、可愛いだけなんだけどな。

 私はなにも言わずに軽く笑って返した。それだけなのに、なぜか黒鷺の顔がますます赤くなる。


(あれ? 私、変なことした?)


 悩む私に、黒鷺が照れ隠しのように言った。


「さっさとネームを読んでください」

「はい、はい」


 私は何も言わずに流してあげた。杏仁豆腐が好きなんて、ちょっと意外かも。


「なんか、余計なこと考えてません?」

「そんなこと、ないわよ」


 ふふん、と余裕の表情を見せると、黒鷺の目が鋭くなった。真っ直ぐこちらに歩いてくる。


「な、なに?」


 身構える私の前に黒鷺が立つ。そのまま腰を屈め、両腕を突き出した。腕は私の顔の横を抜け、ソファーの背に。


(えっと……これ、もしかして壁ドンならぬ、ソファードン?)


 混乱する私に黒鷺が顔を近づける。



 ――――――――えっ!?



 カチコチに固まって動けない私の耳元に、黒鷺が口を寄せる。い、息がかかる!?


「ありがとうございます」


 低音のイケボ。しかも、色気付き。耳がぞくぞくする。なんて、お礼の言い方するのよ!?

 恥ずかしさを隠すように睨むと、してやったりと笑う黒鷺の顔が!

 私が苦情を言う前に、黒鷺が口を開いた。


「ところで今後ですが、漫画の監修の報酬は食事でいいですか?」

「え?」


 いきなりその話!? でも、この料理が定期的に食べられるなら……って、そうじゃなくて!

 一人葛藤する私に薄い茶色の瞳が迫る。


「いいですか?」


 ちょっ!? イケメンのどアップ! しかも左右を手で塞がれて、逃げられない!


 ヤケになった私は叫んでいた。


「もう! それでいいわ!」

「では、これからもお願いします」


 黒鷺がニヤリと笑って離れる。悔しくなった私は原稿で顔を隠した。


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