11 / 63
バイクですが、慣れました
しおりを挟むバイクが一定のスピードで走り抜ける。そんなに速くないとは思うけど、体に直接風が当たるのは少し怖い。
そのせいか、私は黒鷺に強く抱きついていた。細く見える腰は布越しでも筋肉があるのが分かる。
体がしっかりしているため、ドキドキしているが安心感もある。
と、ここで我に返った。
(これは大学生。大学生よ。大学生なんて、子ども。そう、子どもなのよ。初めてのバイクに緊張しているだけ。このドキドキはバイクのせい。それだけ、なんだから)
私は自分を落ち着かせるため、ひたすら心の中で呟いた。
「ここですか?」
「へ?」
顔を上げると、私が住んでいる三階建てのアパートがあった。新築なので外観は綺麗。オートロックもあるから安全、安心。
しかも、職場行きのバス停はすぐそこ。ただし、最終バスの時間が早いところが残念。
「そう。ここよ」
「待ってください」
先に黒鷺がバイクから降りてストッパーを下ろす。バイクが安定したところで私は降りた。
「ありがとう」
ヘルメットを外して黒鷺に渡す。すると、黒鷺もヘルメットを外した。
家に帰るならヘルメットを取る必要ないよね?
「どうしたの?」
「病院まで送りますから、早く準備をしてきてください」
「え? いや、いや。そこまでは悪いわ」
私は断ったが、黒鷺が動く様子はない。なんか、変な方向に頑固よね。
私は真っ青な空を見上げた。
朝とはいえ日陰がない屋外は暑い。ここで待たせるのは気が引ける。
「じゃあ、バイクをそこの駐輪場に置いて、私の部屋に来て。オートロックだから、インターホンで私の部屋番号を押して。部屋は202よ」
「別に、ここで待っていますよ」
「熱中症になったら困るの。汗だくで待たれるのも、気分が悪いし」
「……わかりました」
黒鷺がバイクを押して駐輪場へと移動する。同時に私は猛ダッシュした。
アパートに入ると階段を駆け上がり、二階へ。
玄関に鍵をねじ込み、勢いよくドアを開ける。そこで熱い空気に襲われたが、負けじと速攻でエアコンのスイッチを入れた。
次に、散らかっている服や本をクローゼットに押し込む。
とりあえず床が見えて、座れる場所があればいいよね。引っ越した時から置いたままの段ボール……は、そのままでいっか。
エアコンから涼しい風が出てきた頃、インターホンが鳴った。
「どうぞ」
入り口のオートロックを外す。あとは、シャワーを浴びて、昨日の化粧を落として。あ、着る服を準備しないと。
動きながら考えていると、玄関のインターホンがなった。急いでドアを開ける。
「入って」
「お邪魔します」
黒鷺が部屋に入る。部屋は急速冷房のおかげで、涼しくなっていた。
私はリビングのソファーに案内して、冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を渡した。
「これ、飲んでて。私はシャワーをしてくるから」
それだけを言い残し、お風呂にダッシュする。素早く化粧を落とし、シャワーを浴びて汗を流す。
スッキリしたところで着替え。
選んだ服はベージュのワイドパンツに、ピスタチオカラーのダボッとしたカットソー。風通しが良く涼しい。
着ていた服は洗濯して返さないと。でも、今は時間がない。
急いでリビングに戻る。あ、エアコンの風が気持ちいい。
「お待たせ」
「早いで…………すね」
振り返った黒鷺の動きが止まり、間抜けな顔になる。
(なに? その鳩が豆鉄砲くらったような顔は?)
私はタオルで髪を拭きながら睨んだ。
「私の顔に何かついてる?」
「いや、別に……」
黒鷺が顔を逸らす。口元を押さえて、なにかを堪えているような? あれ? 頬が少し赤い?
私が首を傾げていると、黒鷺が手で追い払うようなジェスチャーをした。
「さっさと髪を乾かして、化粧をしてください。時間がないんでしょう?」
「あ、化粧をしていないから、見苦しいってこと!?」
化粧について喧嘩売るなら、もれなく買うわよ! こっちだって、好きで化粧をしているわけじゃないんだから。でも化粧をしないと、いろいろ言われるのよ!
怒る私に黒鷺も怒りで返す。
「どこをどう解釈したら、そうなるんですか!?」
「さっさと化粧をしろって、そういうことでしょ?」
私は頬を膨らましながら、ドライヤーを手に取った。
黒鷺が困ったように頭をかく。
「そういう意味ではなく……あぁ、もう手伝いますから、早くしてください」
「どういうこと?」
「僕が髪を乾かしますから。その間にファンデーションと口紅と眉ぐらいは出来るでしょう?」
「むー」
私は不満に思いながらも言葉に甘え、髪を乾かすことは任せた。緊急事態だから、しょうがない。
黒鷺が慣れた手つきで髪を乾かしていく。髪を掬うように持ち上げ、その隙間を温風が流れる。
(あ、これ気持ちいい)
「さっさと化粧をしてください」
「わ、わかってるわ」
黒鷺の声で現実に戻った私はファンデーションと口紅と塗り、眉を描いた。
それから乾かしてもらった髪を軽く一つにまとめる。
「よし! 完成!」
時間もギリギリ間に合いそう。
「では、いきましょう」
「お願いします!」
「次はないですからね」
しっかり釘を刺されてしまった。すみません、ダメな大人で。
駐輪場に移動した私は、さっきよりスムーズにバイクに跨った。私のドヤ顔に黒鷺が肩をすくめてバイクを発進させる。
(直接風が当たるのって、気持ちいいかも)
慣れてきたのか、周囲の景色を見るぐらいの余裕が出てきた。並走している車の運転手につい目が向いてしまう。
あ、あの人、運転しながら朝ご飯食べてる。おぉ、あの人は信号待ちの間に化粧をしてる。
人間観察に気を取られ、いつの間にか病院の裏口に到着していた。職員用の出入口から少し外れた場所にバイクが止まる。
「ここで、いいですか?」
「ありがとう。助かったわ」
私はヘルメットを外して黒鷺に渡した。
「昨日、着ていた服は洗濯しています。もうすぐ漫画の監修をしてもらいますので、その時に返します」
「あ、借りていた服も洗濯して返すわ。あの服、すぐにいる?」
「姉の服なので、いつでもいいです。当分、帰ってこないでしょうし」
「お姉さん?」
「はい。海外でバックパッカーをしています。いつ帰ってくるかは不明なので」
姉がいるとは意外……でもないか。年上の女性慣れした感じがあるのは、お姉さんの影響かも。
「もしかして、私が寝ていた部屋は……」
「姉の部屋です」
「そうなんだ。あ、髪を乾かす時に慣れた感じだったのも?」
「姉の風呂上がりに、させられていました」
やっぱり、と納得したところに他の声がした。
「あれ? ゆずり先生。こんな所で、どうした?」
軽い口調と、この呼び方。顔を見なくても誰か分かる。
声がした方を向くと、予想通りのイケメンがいた。
「柚鈴だって言ってるでしょ? 蒼井先生」
「はい、はい。それより、午前の診察が始まるぞ」
「分かってる。黒鷺君、ありがとうね」
私は手を振って走り出した。
「……すっぴんの方が可愛いって、卑怯だよな」
「ん? なにか言った?」
微かに聞こえた声に足を止めて振り返る。しかし、黒鷺は何事もなかったかのように、バイクに跨っていた。
「空耳かな」
「ゆずり先生、遅刻だぞ」
「だから、柚鈴だって!」
私は叫びながら職場に入った。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あばらやカフェの魔法使い
紫音
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる