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お酒ですが、呑まれました
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ワインを呑んで饒舌になった私は、ひたすら愚痴を話していた。
話の勢いに合わせて空になったグラスをテーブルに叩きつける。
「私なりに一生懸命、仕事をしているんです! けど、患児の親からは、子育てをしたことがないクセに、とか。子どもがいないから、親の気持ちが分からない、とか言われるんです。でも、いないものはいないんだから、しょうがないじゃないですか!」
「シィ、シィ。そうですね」
やるせなくなった私はテーブルにうつ伏せた。
「仕事だから診ないわけにもいかないし……そもそも私に不満があるなら、子持ちの小児科医の病院に行きなさいよ! って言いたくなるんです」
「子どもだけでなく、親の相手も大変ですネ」
「そうなんです。まあ、慣れましたけど」
リクが私のグラスにワインを注ぐ。顔を起こした私は一気にワインを流し込んだ。こうなったら、やけ酒よ!
そこで、ずっと黙っていた黒鷺が口を開いた。
「別に無理しなくていいですよ。吐きだせる時は、吐きだしたほうがいいと思います」
「へ?」
思わぬ言葉に毒気が抜かれて、目が丸くなる。
「いくら慣れても、傷つかないわけでは、ないんですから」
この一言がなぜか胸に染みた。素っ気なくも、率直な言葉。
(あー、ヤバい。お酒で自制が弱くなっているのか、涙が溢れてきた)
私は慌てておしぼりで顔を隠した。化粧は落ちるが、しょうがない。
涙の代わりに愚痴をこぼす。
「私だって、分かってるのよ。患児の親も必死で、誰かに感情をぶつけないと、やっていけないこともあるって。それを受け止めるのも必要だって。でも……でも、さ。やっぱり、やり切れない時もあるのよ」
「常に受け止められる人なんていませんよ。人間なんですから」
「それでも、やっていかないといけないのよ」
私は鼻をすすって、おしぼりを顔から離した。微かに化粧がついている。
おしぼりを見つめたまま、私はポツリと呟いた。
「だから、少しでも相手の気持ちが分かるように、婚活してみたんだけど……」
「「…………」」
黒鷺とリクが黙る。
不自然な沈黙に顔を上げると、薄い茶色の瞳が揃ってこちらを見ていた。
微妙な沈黙が流れる。
黒鷺が額に手を当て、頭痛を我慢しているような顔になる。
「待ってください。なぜ、そこで婚活になるんですか?」
「子を持つ親になるためには、まず相手が必要でしょ?」
「あ、そういうことですか」
呆れてモノも言えない、という雰囲気。
いや、うん。分かるのよ。あの頃は疲労がピークで、頭が回ってなかったから。今ならバカな行動だったって思う。
「言いたいことは分かるわ。そういう目的で子どもを求めるべきではないって」
「まあ、そこは人それぞれ事情がありますから」
「そう言いながら、目が冷たくない? でも、婚活も最低で。こっちが医者だと分かったとたん、退くか、グイグイくるか、の両極端に分かれるのよ」
リクが首を傾げる。
「どうして、二つに分かれるのですカ? 退くのは何故ですカ?」
「退くのは私より学歴が低い男。自分より偉い女が嫌なんですって。グイグイくるのは、ヒモ目的が多かったかな」
「ヒモ? 縄のことですカ?」
すかさず黒鷺が説明する。
「その意味のヒモもあるけど、ここでは別の意味。お金とか生活について、すべてを相手に頼る人のこと。寄生虫と呼ばれたりもする」
「つまり、お金目的で近づいた虫、ということですカ?」
「……まさしくその通りです」
いや、事実だけど、そこまでストレートに言われると、さすがに……
傷心している私の前で、リクが残念そうに首を振る。
「こんなに可愛いのに、本人ではなくお金に言い寄るなんて、最低ですネ」
「そう! 最低なんです! なので、結婚に希望はもてません」
「大丈夫、心配ないですヨ。ステキな人が現れます」
「そんな見え透いた慰めは、いらないですぅ」
私は脱力してテーブルにうつ伏せた。今は下手に慰められても傷口が開くだけなんだもん。
「ウソではないですヨ」
「もう、いいですぅ」
「ゆずりん先生は可愛いですから」
「慰められすぎると、逆に悲しくなりますぅ。あと名前は柚鈴ですぅ」
泣きが入った私に、黒鷺が不思議そうに訊ねた。
「そもそも、どうして結婚したいんです? 子どもが欲しいなら、養子とかもありますよ?」
「……そういえば」
「子育てが目的なら、養子を迎えるほうが早いですし」
「……確かに」
あ、ちょっと新しい道が開けてきたかも。
私が顔を上げようとした時、とどめの言葉が降ってきた。
「それ以前に、子育てをする余裕があるんですか?」
「ウグッ」
「子育てしている人たち全員、余裕があるわけではないですけど。ですが、養子を迎えるなら、ちゃんと子育てをしていける環境がないと」
「グァ」
私は再びテーブルに伏せた。グゥの音も出ません。
まっ平らに潰れた私に、リクが優しく声をかける。
「真面目過ぎです。自分の心に余裕を持つことが先ですネ」
「うぅ……」
「そもそも日本人は働きすぎです。ちゃんと休まないと」
「……はい」
「元気を回復させる、大事です。ほら、しっかり食べて、飲んでください」
私は体を起こした。こうなればヤケだ!
「分かりました! 今日はとことん食べて、呑みます!」
「あと、運動も大事です! 筋肉はすべてを解決します! 私の好きな言葉です!」
「そういえば、二人とも良い体格してますもんね。やっぱり日本人より、筋肉がつきやすいんですか?」
黒鷺は私の質問を無視してピザを食べる。
一方のリクはウインクをして答えた。
「確かに、つきやすいと思います。でも、ちゃんとたんぱく質をとって、運動しないとダメですネ」
「運動かぁ。最近してないなぁ」
最近どころか、ここ数年してない。
目の前でリクがジャケットの袖をまくる。筋肉や血管、筋がハッキリと分かる標本のような腕。いや、標本より立派かも! こんな腕、生で見たことない!
「すごぉーい! 触ってもいいですか? うわっ、太い! 筋肉の動きが分かる!」
思い返せば、この時すでに私は変なテンションになっていた。
「では、一緒に運動をして筋肉をつけましょう!」
「いいですね!」
リクに合わせて私も袖をまくる。私のノリに黒鷺が慌てた。
「ちょっ、待っ、酔っぱらいが運動するな! 危険だ!」
「そんなに酔っていませんヨ。ネェー、ゆずりん先生?」
「そうですよ。そんなに酔っていないわよ」
黒鷺が必死に私たちを止める。
「ゆずりんを訂正しない時点で、だいぶん酔ってる!」
「そんなことないわよ」
おかしなことを言うなあ。と、私が笑っているとリクが手を差し出した。
「では、おとなの運動をしに行きましょう」
「おとなの運動?」
「はい。適度に体を動かしますが、姿勢によってはキツいです」
「それは、いい運動になりそうですね。行きましょう!」
「本気か……」
頭を抱える黒鷺にリクがニヤリと笑う。
「アマネはお子さまだから、ダメですヨ」
「黒鷺君はお子さまだもんねぇ~」
「あー、もう。どうなっても、知らないからな」
こうして私は気分良く、リクと夜の街に繰り出した。
その結果…………
「ここ、どこ?」
目が覚めた時、私は知らないベッドにいた。
話の勢いに合わせて空になったグラスをテーブルに叩きつける。
「私なりに一生懸命、仕事をしているんです! けど、患児の親からは、子育てをしたことがないクセに、とか。子どもがいないから、親の気持ちが分からない、とか言われるんです。でも、いないものはいないんだから、しょうがないじゃないですか!」
「シィ、シィ。そうですね」
やるせなくなった私はテーブルにうつ伏せた。
「仕事だから診ないわけにもいかないし……そもそも私に不満があるなら、子持ちの小児科医の病院に行きなさいよ! って言いたくなるんです」
「子どもだけでなく、親の相手も大変ですネ」
「そうなんです。まあ、慣れましたけど」
リクが私のグラスにワインを注ぐ。顔を起こした私は一気にワインを流し込んだ。こうなったら、やけ酒よ!
そこで、ずっと黙っていた黒鷺が口を開いた。
「別に無理しなくていいですよ。吐きだせる時は、吐きだしたほうがいいと思います」
「へ?」
思わぬ言葉に毒気が抜かれて、目が丸くなる。
「いくら慣れても、傷つかないわけでは、ないんですから」
この一言がなぜか胸に染みた。素っ気なくも、率直な言葉。
(あー、ヤバい。お酒で自制が弱くなっているのか、涙が溢れてきた)
私は慌てておしぼりで顔を隠した。化粧は落ちるが、しょうがない。
涙の代わりに愚痴をこぼす。
「私だって、分かってるのよ。患児の親も必死で、誰かに感情をぶつけないと、やっていけないこともあるって。それを受け止めるのも必要だって。でも……でも、さ。やっぱり、やり切れない時もあるのよ」
「常に受け止められる人なんていませんよ。人間なんですから」
「それでも、やっていかないといけないのよ」
私は鼻をすすって、おしぼりを顔から離した。微かに化粧がついている。
おしぼりを見つめたまま、私はポツリと呟いた。
「だから、少しでも相手の気持ちが分かるように、婚活してみたんだけど……」
「「…………」」
黒鷺とリクが黙る。
不自然な沈黙に顔を上げると、薄い茶色の瞳が揃ってこちらを見ていた。
微妙な沈黙が流れる。
黒鷺が額に手を当て、頭痛を我慢しているような顔になる。
「待ってください。なぜ、そこで婚活になるんですか?」
「子を持つ親になるためには、まず相手が必要でしょ?」
「あ、そういうことですか」
呆れてモノも言えない、という雰囲気。
いや、うん。分かるのよ。あの頃は疲労がピークで、頭が回ってなかったから。今ならバカな行動だったって思う。
「言いたいことは分かるわ。そういう目的で子どもを求めるべきではないって」
「まあ、そこは人それぞれ事情がありますから」
「そう言いながら、目が冷たくない? でも、婚活も最低で。こっちが医者だと分かったとたん、退くか、グイグイくるか、の両極端に分かれるのよ」
リクが首を傾げる。
「どうして、二つに分かれるのですカ? 退くのは何故ですカ?」
「退くのは私より学歴が低い男。自分より偉い女が嫌なんですって。グイグイくるのは、ヒモ目的が多かったかな」
「ヒモ? 縄のことですカ?」
すかさず黒鷺が説明する。
「その意味のヒモもあるけど、ここでは別の意味。お金とか生活について、すべてを相手に頼る人のこと。寄生虫と呼ばれたりもする」
「つまり、お金目的で近づいた虫、ということですカ?」
「……まさしくその通りです」
いや、事実だけど、そこまでストレートに言われると、さすがに……
傷心している私の前で、リクが残念そうに首を振る。
「こんなに可愛いのに、本人ではなくお金に言い寄るなんて、最低ですネ」
「そう! 最低なんです! なので、結婚に希望はもてません」
「大丈夫、心配ないですヨ。ステキな人が現れます」
「そんな見え透いた慰めは、いらないですぅ」
私は脱力してテーブルにうつ伏せた。今は下手に慰められても傷口が開くだけなんだもん。
「ウソではないですヨ」
「もう、いいですぅ」
「ゆずりん先生は可愛いですから」
「慰められすぎると、逆に悲しくなりますぅ。あと名前は柚鈴ですぅ」
泣きが入った私に、黒鷺が不思議そうに訊ねた。
「そもそも、どうして結婚したいんです? 子どもが欲しいなら、養子とかもありますよ?」
「……そういえば」
「子育てが目的なら、養子を迎えるほうが早いですし」
「……確かに」
あ、ちょっと新しい道が開けてきたかも。
私が顔を上げようとした時、とどめの言葉が降ってきた。
「それ以前に、子育てをする余裕があるんですか?」
「ウグッ」
「子育てしている人たち全員、余裕があるわけではないですけど。ですが、養子を迎えるなら、ちゃんと子育てをしていける環境がないと」
「グァ」
私は再びテーブルに伏せた。グゥの音も出ません。
まっ平らに潰れた私に、リクが優しく声をかける。
「真面目過ぎです。自分の心に余裕を持つことが先ですネ」
「うぅ……」
「そもそも日本人は働きすぎです。ちゃんと休まないと」
「……はい」
「元気を回復させる、大事です。ほら、しっかり食べて、飲んでください」
私は体を起こした。こうなればヤケだ!
「分かりました! 今日はとことん食べて、呑みます!」
「あと、運動も大事です! 筋肉はすべてを解決します! 私の好きな言葉です!」
「そういえば、二人とも良い体格してますもんね。やっぱり日本人より、筋肉がつきやすいんですか?」
黒鷺は私の質問を無視してピザを食べる。
一方のリクはウインクをして答えた。
「確かに、つきやすいと思います。でも、ちゃんとたんぱく質をとって、運動しないとダメですネ」
「運動かぁ。最近してないなぁ」
最近どころか、ここ数年してない。
目の前でリクがジャケットの袖をまくる。筋肉や血管、筋がハッキリと分かる標本のような腕。いや、標本より立派かも! こんな腕、生で見たことない!
「すごぉーい! 触ってもいいですか? うわっ、太い! 筋肉の動きが分かる!」
思い返せば、この時すでに私は変なテンションになっていた。
「では、一緒に運動をして筋肉をつけましょう!」
「いいですね!」
リクに合わせて私も袖をまくる。私のノリに黒鷺が慌てた。
「ちょっ、待っ、酔っぱらいが運動するな! 危険だ!」
「そんなに酔っていませんヨ。ネェー、ゆずりん先生?」
「そうですよ。そんなに酔っていないわよ」
黒鷺が必死に私たちを止める。
「ゆずりんを訂正しない時点で、だいぶん酔ってる!」
「そんなことないわよ」
おかしなことを言うなあ。と、私が笑っているとリクが手を差し出した。
「では、おとなの運動をしに行きましょう」
「おとなの運動?」
「はい。適度に体を動かしますが、姿勢によってはキツいです」
「それは、いい運動になりそうですね。行きましょう!」
「本気か……」
頭を抱える黒鷺にリクがニヤリと笑う。
「アマネはお子さまだから、ダメですヨ」
「黒鷺君はお子さまだもんねぇ~」
「あー、もう。どうなっても、知らないからな」
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