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食事会ですが、講義にもなりました
しおりを挟むなんとか約束の時間までに仕事を終えた私は、イタリア料理店にいた。
リクが満足そうにチーズペンネを口に入れる。
「とっても良いお店ですネ。さすが、ゆずりん先生が選んだお店です」
「だから、私の名前は柚鈴です。実は……」
私は静香からこの店を教えてもらった経緯を話した。
「そのアミーゴにグラッチェと伝えてください。このお店は、モルト・ブォーノ。とってもグストーゾです」
「アミーゴは友達で、ボーノは美味しい? グス……なんとかは?」
私はリクの隣でピザを頬張っている黒鷺に視線を向ける。こういう時の通訳!
黒鷺は素っ気なく答えた。
「両方、美味しいという意味です」
「はい。ここはイタリアの味です。とっても好きですヨ」
「よかったです」
黙っていればイケメン紳士なのに、子どものようにリクが喜ぶ。でも、これはこれで眼福。
リクはグレーの薄手のジャケットに、ピンクのTシャツという攻めた服装。
日本人なら気後れしそうな色合いを、さりげなく着こなす。さすが、オシャレの本場のイタリア人。
一方の黒鷺は五分袖シャツに、ジーパンというラフな格好。しかもシャツが細身だから、立派な体格と二の腕が……ほら、店内にいる女子の視線が自然と集まる。
でも当の本人は無表情のまま、淡々と食べている。なんか不機嫌?
気になった私は思わず訊ねた。
「黒鷺君、口に合わない?」
「いえ、美味しいですよ」
「でも、なんか顔が険しいというか……」
「オー。アマネは美味しいものを食べると、その味を研究します。だから、おしゃべりなくなります」
「そういうことですか」
しっかり味わうから、無口になるってことね。この味を、家で再現するつもりかしら? いや、いくら料理上手だからって、そこまでは……できるのかな?
頭を捻っていると、リクが質問をしてきた。
「でも、その友達はちゃんと検査をしたのでしょうか?」
「え?」
「血液データから栄養状態は診ましたか?」
「栄養?」
「そうです。日本は食事が美味しい。とても気を使ってます。でも、栄養状態はあまり診ません」
私は首を傾げた。
「婦人科の検査でも、採血はありますし、異常があれば説明があると思います」
「その異常は栄養の方から診てますか? 病気から診れば、数値は正常。でも、それで栄養が足りているとは限りません」
「えっと……」
頭を悩ます私に黒鷺が助け船を出した。
「採血データの正常値は、あくまで病気ではない、という数値です。栄養状態から診た正常値ではありません。問題がないから栄養が足りている、とは限りません」
「そういうこと。病気の視点ではなく、栄養の視点から採血データを診るのね」
「シィ、シィ。栄養、たんぱく質や鉄、ミネラルは足りているのか、そこを診る必要があります。子どもが欲しいなら、まずは体からですネ」
「栄養視点からの血液検査の見方について勉強します」
姿勢を正した私をリクが笑う。
「そう固くならないで。まず女性で考えられるのは、鉄不足です」
「いや、貧血はないと思います。さすがに貧血は見落とさないと思いますので」
リクが私の前で人差し指を振った。
「チッ、チッ、チッ。その鉄ではありません。えっと、アレ……アノ……日本語だと、なんて言いますカ?」
「貯蔵鉄。フェリチン」
黒鷺の答えにリクが大きく頷く。
「そう、その鉄ですネ。体が動く時に必要な鉄。女性はそれが足りない人が多いです。ただし、フェリチンは炎症があると数値が高くなるので、CRPにも気を付けてください。あとは、たんぱく質。日本人は、たんぱく質が少ないです。もっと肉や卵を食べてください」
「そ、そうですか?」
黒鷺がマルゲリータピザを指さす。
「これ。たんぱく質が、どれぐらいあります?」
「えっと……」
マルゲリータのたんぱく質なんてチーズぐらい。でも、このチーズが何グラムかなんて分からない。
私が真剣にマルゲリータとにらめっこをしていると、吹き出す声がした。
顔を上げると、黒鷺が笑いを堪えている。
(なにが、そんなに面白いの……と、いうか失礼じゃない!?)
睨む私に、黒鷺は手で口元を隠しながら言った。
「そんなに真剣に考えないでください。少ないことに気づいてほしかったんです」
「少ない?」
「ほとんどピザ生地でしょう? 炭水化物が半分以上です。これだけで満腹になる人もいれば、追加でパスタを注文する人もいるでしょう。ですが、パスタも半分以上は炭水化物です」
「確かに、たんぱく質が少ない」
黒鷺が半笑いのまま、ポルペッテ? というトマトソースがかかった肉団子を口に運ぶ。簡単に説明すると、大きなハンバーグ。ローマの郷土料理らしい。
食べごたえありそう。美味しそう。
私はトングを使って大皿から肉団子を自分の皿に取った。ずっしりと重く、肉が詰まっている。
フォークで切ると中から肉汁が……これだけで分かる。これは、美味しいヤツ。
一口大に切って口に入れる。
噛めば噛むほど溢れる肉。そこに酸っぱ甘いトマト味。うん、トマトソースの煮込みハンバーグみたい。
黒鷺が説明を続ける。
「体の大部分はたんぱく質で出来ています。素になるたんぱく質が足りなければ、病名のない不調が出てきます。あと、ビタミンやミネラルも意外と不足しています」
「確かに意外と見落としているわ。黒鷺君は、よく勉強しているのね」
「こ、これぐらい常識です」
黒鷺が怒ったように顔を背ける。誉めたのに。
私がむぅ、と口を曲げると、リクが赤ワインを差し出した。
「アマネは、あまのじゃくですネ。気にしないで」
「へぇー、天邪鬼なんだ。名前も似てるしね。あ、今度から天邪鬼くんって呼ぼうか?」
「やめてください」
「冗談よ」
私は勧められたワインに口をつけた。葡萄の香りが口内から鼻に抜ける。まるで、葡萄を食べているみたい。
「このワイン、美味しい。酸味が強くなくて、スッと飲めちゃう」
「でしょう? イタリアのワインは世界一です」
美味しいご飯に美味しいお酒。それだけで気分が良くなる。
しかも、リクは話上手の聞き上手。お酒がまわった私は、いつの間にか仕事の愚痴まで話していた。
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