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報酬ですが、イタリア料理になりました
しおりを挟む「オッティ・モ・ラヴォーロ、ゆずりん先生」
「ひゃっ!?」
完全に自分の世界に入っていた私は、背後からの声に肩が跳ねた。
気が抜けまくった顔を引き締める。
「だ、だから、私の名前は柚鈴です。あの、オティ……とは、なんですか?」
「オッティ・モ・ラヴォーロ。最高の仕事をお疲れ様、みたいな意味です」
リクの後ろから黒鷺が現れる。
そういえば、手術中の通訳として呼んだけど、どこにいたんだろう? 手術室にいたはずなのに、気がつかなかった。
「……黒鷺君、今までどこにいたの?」
「ずっと手術室の端で見学していましたよ。おかげで、漫画のいい資料になりました」
「そうなの? 不審者扱いされなかった?」
「白衣を着ていたら、何も言われませんでした」
私は言葉が出なかった。
確かに白衣を着て、堂々としていれば研修医に見えなくもない。けど、それで誰も声をかけないなんて……
「警備面とか、いろいろ問題がある気はするけど、今は置いとくわ」
私はリクに深々と頭を下げた。
「今日はありがとうございました。お礼は、また後日しますので」
「礼なんていらないですヨ。報酬はちゃんと病院からもらっています」
「ですが……」
悩んだ私は両手を叩いて提案した。
「なら、食事をおごります! なにか食べたいものは、ありませんか?」
「食べたいもの……そうですね。イタリアの家庭料理が食べたいです。日本人向けに味を変えていない、イタリア料理ですネ」
「でも、日本にいるならお寿司とか……」
せっかく日本にいるのだから、日本でしか食べられない料理もいいのに。
私の考えを読み取ったのか、黒鷺が補足説明をする。
「長く海外にいると、自国の料理が恋しくなるんですよ。ですが、その国に合わせて味を変えていることが多く、なかなか自国の味の料理はありません。父さんはイタリア生まれなので、イタリア料理が恋しくなるんです」
「へぇ。では、家庭のイタリア料理が食べられる店を探しておきます」
「ワァオ! 楽しみにしてますネ!」
こうして私は報酬代わりに食事の約束をした。
でも、イタリアの家庭料理って、どんなの!? どうやって探したらいいの!? そもそも、探す時間があるかしら……
※※※※
手術から数日後。
灯里は痙攣を起こすことなく、経過も順調。一人部屋から大部屋に移動した。
「これなら、遠足までに退院できそうね。さて、次はイタリア料理のお店を探さないと。でも、どうやって探そう……」
外来業務を終え、病棟へと移動する。自然とため息がこぼれ、足が重くなる。
「あ、ゆずりん!」
「だから、私の名前は柚鈴……って、しずやん?」
爽やかな服装の女性が笑顔で手を振る。
白のレースのトップスに、ふわりと広がる水色のフレアスカート。足元は涼しげな白のサンダルで、手にはベージュの小さなバック。
高校時代の同級生の緑川 静香。
就職してからも、時間が合えば一緒に食事や買い物をする仲。でも、静香が結婚をしてからその機会はグッと減った。
久しぶりに会えたのは嬉しい……はずだった。職場でなければ。
「どうしたの? 調子が悪いの? 病気?」
「あ、心配しないで。調子が悪いってわけじゃないの。むしろ、病気がないのが問題って感じ?」
「どういうこと?」
私は思わず首を捻った。静香が少し寂しげに笑う。
「私ってさ、結婚して三年経つでしょ?」
「そんなに経つんだっけ?」
月日の長さに驚いた。自分の中では、結婚式に出席したのは一年前ぐらいの感覚だったのに。
静香が話を続ける。
「でもさ、なかなか子どもができなくて。年齢的なこととか、将来的なことを考えたら、そろそろ一人目が欲しいんだけど……それで、体に問題があるのかも、って検査したの。だけど、婦人科的には問題なしって。旦那も検査したんだけど、問題なしって言われちゃって」
「そう……」
静香は明るく言っているが、内心では落ち込んでいるだろう。もし病気があるなら、それを治療すればいい、と希望が持てる。
けど、問題がないなら、これ以上何をすればいいのか、分からなくなる。
かける言葉に悩んでいると、静香が私の肩を軽く叩いた。
「もう! そんなに考え込まないで。ゆずりんは、相変わらず忙しそうね。また今度、一緒にご飯を食べよう? デザートが美味しいお店を見つけたんだ」
「あ、お店」
「どうしたの?」
静香は食通でいろんな飲食店を知っている。もしかしたら……
私は静香の両肩を掴んだ。
「イタリア料理のお店知らない!? イタリアの家庭料理が自慢で、日本人向けに味を変えていない、本場の味が食べられる、お店!」
こうして私はイタリア料理店の情報をゲットした。持つべきものは食通の友人ね!
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