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アンドロイドとの生活

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 彼女は花が枯れる頃になると新しい花を持って帰るようになった。
 毎回、違う花で必ず一輪か一枝。

「それにしても、いろんな種類があるんだな」

 Iris(アイリス)、Maackia(マーキア)、Lythrun(リスラム)、Myrica(ミリカ)、Sabia(サビア)…………色も形も大きさも様々で、花の多種多様性に驚く。

 殺風景な修理室の机の上にポツンとある花。枯れる前に変えられ、常に彩りを飾っている。

「飲み物をどうぞ」

 ちょうど休憩しようとしていたところにコップが差し出された。顔をあげれば青から緑に変わる瞳と目が合う。

「ありがとう」

 慣れた光景に僕は湯気があがるコップを受け取った。手から伝わる温もりに、凝り固まっていた肩の力が抜けていく。
 彼女が家事やこまごまとした雑用までこなしてくれるので、仕事が以前より格段に捗るようになった。

 僕は甘く味付けされたお茶を飲みながら、ふと思い出す。

「えっと……こういうのを、メイドって言うんだっけ?」

 呟きを素早く拾った彼女がテキパキと回答する。

「メイドとは『清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を行う女性の使用人を指し、狭義には個人宅で主に住み込みで働く女性の使用人』とデータにはあります」
「……その通りだった。旧時代の人はみんな人型精密機械アンドロイドをメイドとして持っていたの?」
「そのデータはありませんので回答しかねます」

 淡々としているはずなのに、彼女の瞳が少しだけ曇って見えた。その表情にチクンと心が痛む。

「そっか。データがないなら仕方ないね」

 僕は逃げるようにコップに口をつけた。



 また別の日。

 ガシャーン。

 リビングから音が響く。僕は慌てて修理室を飛び出した。

「申し訳ありません」

 青にも緑にも見える髪が大きく揺れる。
 視線をずらせば細い瓶が床に落ちて割れていた。じんわりと広がっていく水と、その近くに転がる一輪の花。

「力加減を間違えて落としてしまいました」

 彼女の声に軽く頭を叩かれたような衝撃が響く。

「……力加減を、間違え、た?」

 人型精密機械アンドロイドはプログラムで完璧な動きができると思っていた。
 まさか、こんなのような失敗をするなんて。

「はい」

 頭をさげたまま彼女が答える。
 失敗をしたためプログラムに従って謝っているだけ。それだけなのに、なぜか彼女が小さく震えているように見えて……

「えっと……怪我はなかった?」
「ありません」
「なら、よかった」

 僕は割れた瓶を片付けるために手を伸ばした。

「いけません。私が片付けます」

 彼女が僕の指に触れる。その瞬間、反射的に手を引っ込めてしまった。

「なにか、ありましたか?」
「い、いや。なんでもないよ。じゃあ、片付けはお願いするね」

 修理室に戻った僕は椅子に座って大きくため息を吐いた。胸がドキドキ、バクバクと早鐘を打つ。

「な、なんなんだ?」

 初めて触れた手。いや、彼女を拾った時も、メンテナンスの時も何度も触れた手。ただ、稼働している時に触れたことがなかった。

 シワ一つない白く細い手。ただ、その指に熱はなく。

 その冷たさが彼女を人型精密機械アンドロイドだと認識させる。その瞬間、物悲しいような乾いた風が駆け抜けた。

(……この熱を分けることができたら)

 できもしないことに僕は頭を振った。



「え? 本当に切るの?」
「はい。目に入る危険があります」

 無造作に伸びたボサボサの黒い髪。
 目の前にはハサミを片手に迫ってくる彼女。最近は少しだけど感情っぽい色が見えてきたかなぁと思っていた目が据わっている。

 シャキーン、シャキーンと刃を動かす姿は旧時代の資料にあったホラー映画を彷彿とさせる。

「えっと……髪を切るデータはあるの?」
「はい。データにないことはできませんので」
「そ、そうだよね」

 ホッとした僕は彼女が準備した椅子に腰をおろした。
 どこから持ってきたのか、彼女が広げた大きな布を僕の首に巻く。

「苦しくありませんか?」
「苦しくはないけど……どうして布を巻くの?」
「こうすることで服に切った髪が付くのを防ぎます」
「それも旧時代のデータ?」
「はい」

 僕が通っている髪切り屋は頭の近くに吸引機があり、切った髪がそこに吸い込まれる仕組みになっている。
 どちらが効率がいいのか分からないが、とりあえず髪を切るデータはちゃんとあるようだ。旧時代のものだが。

 僕は大きく息を吐き、目を閉じて覚悟を決めた。こうなったら、丸坊主でも、ガタガタでも、悪友に笑われてもいい。とにかく無事に終われば……

「では、始めます」

 熱のない指が髪に触れる。丁寧で繊細な動き。僕に気を使っているのがよく分かる。

(いつもの髪切り屋より、ずっと上手くないか?)

 真っ暗な視界の中でシャキシャキと小気味よい音が響く。まるで子守歌のようなハサミの音。
 心地よい空間はいつの間にか僕を眠りの世界に誘い……

「終わりました」

 その言葉に寝ぼけ眼を開ける。
 微睡みが残る目をこすって、必死に覚醒を促す。すると、彼女の白い手が鏡を差し出した。

「いかがでしょう?」
「……へ?」

 そこには長すぎず、短すぎず、理想的な髪の長さになった僕がいた。違和感はどこにもなく、まるでこの髪型で生まれてきたかのよう。
 僕は鏡を手にとって自分で角度をかえて確認をした。

「すごい、すごいよ! これなら、髪切り屋になれるよ! 僕が行ってる髪切り屋より、ずっと上手だ!」

 興奮混りに称賛する。僕としては正真正銘の本音で、忖度なしの絶賛だった。
 ただ、彼女からの反応がない。いつもなら、すぐに礼を言うのに。

 不思議に思って鏡越しに彼女を確認すると、青から緑に変化する瞳に戸惑いの色が浮いていて。

「……ありがとうございます」

 僕の頭に、はにかんだような笑顔をむけていた。そんなはずないのに。彼女に感情なんてないのに。

(きっと、僕の見間違えだ)

 そう分かっているのに、なぜか顔が熱くなった。
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