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混乱とクリスの答え

それは、ラミラからの忠告でした

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 ルドは自分の膝で眠るクリスを飽きることなく眺めていた。流れる風に合わせ金色の髪を梳き、頭を撫でる。

 オークニーに戻れば忙しい日々になるだろう。

「こうして休める日が少しでもあればいいのですが……」

 ルドがポツリとこぼすと同時に穏やかだった琥珀の瞳が鋭くなる。
 誰かが近づく。こちらを警戒してか、気配と足音がない。ここまで隠密の動きができるのは、裏の仕事をこなす相当な手練れ。身を隠す必要がないオグウェノや、護衛のイディにはない技術。

 ルドがクリスを起こさないよう、静かに魔法で攻撃できる体勢を作る。

「しぃー」

 小さな軽い声と共に建物の影からひょっこりとラミラが顔を出した。
 ルドが息を吐いて緊張を解く。

「どうしたんですか?」
「クリス様を起こさないように、と思いまして。クリス様は近づきすぎると、起きてしまいますから」

 ラミラが一定の距離を取ったまま、小声で話す。

「それだけ気配を消していても起きるのですか?」
「はい」

 そこでルドはふと思い出した。

「自分と一緒の時は、よく寝ていますよ?」
「それだけ特別ということです」
「特別……」

 自分の膝で気持ち良さそうに眠っているクリスに視線を落とす。思わず口元が緩み、手で隠した。
 ラミラが深くため息を吐く。

「ですが、それで調子にのらないでくださいね」
「調子にのる?」
「現にクリス様はいぬ……いえ、あなたからの猛烈なアタックについていけなくて、疲労がたまっているんですから」
「え?」

 ラミラがクリスに視線を向ける。

「クリス様はアタックされて嬉しいのでしょうが、それを素直に受け入れることが苦手です。それなのに、次々と感情を押し付けられたら処理が追いつきません」
「そのままでいいのですが……」
「受け流すことができたら苦労しません」
「たしかに」
「ですから、もう少しクリス様に合わせてください。でも、たまには強引なところも必要ですよ? クリス様ですから」

 ルドが苦笑いをする。

「難しいことを言いますね」
「それぐらいできなければ、クリス様を任せることはできません」
「……わかりました」

 ラミラの気配が鋭くなる。

「もし、クリス様を泣かせましたら、屋敷の使用人全員が相手になりますから」
「心しておきます」
「もう少ししたら出発しますので、そろそろクリス様を起こしてください。では、失礼します」

 ラミラが気配なく立ち去る。ルドはクリスの頭を撫でながら声をかけた。

「だ、そうですよ。大事にされていますね」
「……うるさい」

 クリスが寝返りをうち、顔を隠すようにルドの腹に顔を埋める。予想外の行動にルドが慌てた。

「し、師匠!?」
「……今だけだ」
「今だけじゃなくて、いつでもしていいですよ?」
「……」

 ルドが懐から鼈甲の櫛を取り出し、クリスの髪を金から茶へと変えていく。

「自分は、ずっと待っていますから」
「人の気持ちは変わる」
「そうですね。今も気持ちは変わっていますし」

 慌てて顔をあげたクリスに対してルドが微笑んだ。

「ますます師匠のことが愛おしくなっています」
「バッ!?」

 クリスが伏せて、再びルドの腹に顔を埋める。

「ね、寝言は寝て言え!」

 真っ赤になったクリスの耳にルドが軽く振れる。

「わかりました。また添い寝をした時に言います」
「あー! もう、何も言うな!」
「はい」

 ルドはニコニコと満足そうにクリスの髪を梳いた。


※※


 ケリーマ王国を出発したセスナは予定通り、翌日の昼前にはシェットランド領内の湖に到着した。

「いやあ、交代要員がいるっていいな! 一人だと、どうしても休憩中は飛ばせないから半日分の時間が勿体なかったんだよ」

 セスナからカイが両手を挙げ、体を伸ばしながら降りる。
 その後にオグウェノ、クリスと続く。

「いや。飛空艇でも数日かかるところを一日で到着しているんだから、半日ぐらいいいだろ」
「言っとくが、普通は十数日かかるからな」
「ところで、どうしてオークニーに直接戻らず、シェットランド領に寄りましたの?」

 セスナから降りたベレンが周囲を見ながら訊ねた。前回、来た時は雪ばかりだったが、今は緑で溢れている。
 クリスはマントを羽織りながら答えた。

「場合によってはシェットランド領も動くからな。先に議会に報告をしないといけない」
「シェットランド領が動きますの?」

 ベレンが地面を見る。その仕草にクリスが思わず吹き出した。

「違う、違う。領地ではなく、シェットランド領の領民が動く、ということだ」
「そ、そんなの、わかってましたわ!」
「そうか」

 ニヤリと笑うクリスの肩をベレンがポスポスと叩く。

「わかってましたのよ! 本当ですから!」
「わかった、わかった。ところで寒くないか? 夏とはいえ、ケリーマ王国の衣装だと、ここでは肌寒いぞ」
「そうですね」

 そこにイディがマントをベレンの肩にかけた。ベレンがイディを見上げる。

「ありがとうございます。イディは寒くありませんの?」

 大丈夫、というように頷く。クリスが追加説明をした。

「イディやオグウェノは筋肉が多いから、これぐらいの気候なら寒くないのだろう」
「筋肉が多いと寒さに強くなりますの?」
「筋肉は熱を生むからな。体温を上げやすいんだ」
「そうなんですの。面白いですね」

 クリスが素直に感心するベレンを見ていると、突然、頭上に影が出来た。

「自分も筋肉はありますよ」
「うぁ!?」

 クリスの肩がビクリと跳ねる。背後から覆いかぶさるようにクリスを覗き込むルド。

「い、いきなり後ろから声をかけるな!」
「自分も筋肉ありますよ。見ますか?」

 クリスが勢いよく首を横に振る。

「見ない! 変なところで対抗心を出すな!」
「そう言わずに」
「見ない、と言っているだろ! それより、迎えの馬車が来たぞ! 荷物を運べ」
「はい」

 ズンズンと馬車へ歩いて行くクリスの後ろをルドが付いていく。その先ではカリストとラミラが荷物を移動させていた。

 その光景を眺めながらカイが笑う。

「なかなかいい感じに収まってきたな」
「だが、月姫はまだ赤狼を拒否しているぞ」
「なんでだ?」

 オグウェノが肩をすくめる。

「オレにはよく分からないことなんだが、月姫は自分が複製だから子は残せない。赤狼には、そんな自分より、もっとふさわしい相手がいる。って、言っているんだ」
「あー」
「分かるのか?」
「分からん」

 カイの言葉にオグウェノがこける。

「それなら分かったように相槌を打つなよ」
「で、そのことを番犬は知っているのか?」
「さぁ?」
「教えないのか?」
「なんで、わざわざ恋敵に情報を与えるんだ?」

 カイが深緑の目を丸くする。

「おまえさん、まだクリスティを諦めてなかったのか」
「隙があればかっぱらうって言葉は、まだ有効だ」
「しつこい男は嫌われるぞ?」

 オグウェノがふと目を伏せ、小声で呟いた。

「……いっそ嫌われたほうが、楽かもしれないな」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもない」

 荷物を馬車へと移した一行はカイの家へ移動した。






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