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振り返りからの進展
それは、クリスの回想でした
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乾いた風に強い日差し。日陰にいる分には問題ないが、少しでも素肌に日が当たると、焼けるようにチリチリと痛みが走る。
砂漠特有の気候で人間が過ごすには過酷な環境。だが、植物は葉を広げ育っている。
そんな庭を眺めながら、クリスはポツリとこぼした。
「人は……弱いな」
いつも側にいるのが当たり前だったのに。いつも笑顔で、犬のように後をついてまわっていた。魔法を教えればキラキラと琥珀の瞳を輝かせて、こちらを見てくる。
それが、いつからだろう。
その笑顔に胸を締め付けられるような、苦しく感じるようになったのは。
いつからだろう。
他の人と話している姿に、いら立ちがこみ上げるようになったのは。気が付くと、その姿を探すようになったのは……
こんなに感情を乱されるなら、側にいないほうがいい。そう思っていた。だが、実際にいなくなると、スッポリと半身を失くしたような、虚しさが心を占める。
「いや……私が弱いのか……」
椅子に座ったまま深緑の瞳を閉じる。
『師匠』
微睡の中、懐かしい声がする。ぼんやりとした背景の前に立つ人影。
「夢……か」
夢と分かっていても……いや、夢だからこそ人影に近づく。
風になびく赤い髪。温かい微笑みとともに差し出される武骨な手。顔をあげれば人懐っこい琥珀の瞳。
カチャ。
茶器が擦れた音で現実に引き戻される。クリスは慌てて目を開けて飛び起きた。
その様子にラミラが驚いて手を止める。
「すみません。起きておられると思っておりまして……」
クリスは大きく息を吐くと安堵したように全身を椅子に預けた。
「いや。考え事をしていただけだ」
「外出続きで、お疲れなのではないですか?」
「……大丈夫だ。それより、犬に変わった様子はないか?」
「ありません」
「そうか」
どこかホッとした様子のクリスにラミラが紅茶を差し出す。
その匂いにクリスは体を起こした。
「どうぞ」
勧められるままクリスが紅茶に口をつける。慣れ親しんだ味に張りつめていた心が少し緩む。ポタポタと目から雫が落ちた。
「ク、クリス様!?」
動揺するラミラにクリスが顔をあげる。
「雨、か?」
「違います!」
ラミラが速攻でツッコんだ。クリスは平然と手の甲で目元を拭った。
「冗談だ。オークニーの屋敷から茶葉を持ってきていたのか?」
「はい」
屋敷でよく飲んでいた紅茶。香料も砂糖もミルクも入っていないストレートティー。無理やりにでもオークニーのことを思い出す。
「……これが懐かしいという感覚か」
「クリス様?」
よく聞き取れなかったラミラが首を傾げる。クリスは椅子から立ち上がった。
「疲れているようだ。少し休む」
「は、はい」
クリスは自室に戻りベッドに倒れた。
※
体も精神も相当疲労していたらしく、ぐっすりと眠っていた。
クリスが目覚めたのはノックの音がきっかけだった。
「月姫?」
ドアの向こうからオグウェノの声。クリスが目を開けると周囲は真っ暗だった。ベッドから下りてドアへ移動する。
「どうした?」
「開けてもいいか?」
「あぁ」
ドアが開き、オグウェノが暗い室内を覗きながら訊ねた。
「寝ていたのか?」
「ちょうど起きたところだ」
クリスが室内の明かりをつけようとした手をオグウェノが止める。
「食事を準備したのだが、いつもと場所を変えて食べないか?」
「場所を?」
「あぁ。ついてきてくれ」
布で素早く髪を隠したクリスは黙ってオグウェノの後を歩いた。
連れて行かれた先はオグウェノとルドがサシ呑みと、殴りあいをした場所。
泉からは尽きることなく透明な清水が湧き出し、白い大理石の柱が立つ。中央にドーム型の屋根がついたテラスがあり、そこに料理と酒が並んでいた。
「暗いな」
「まあ、見ていろ」
オグウェノが男前の笑みとともに右手を出す。
『灯よ、星とともに舞え』
手のひらサイズの光球がオグウェノの右手の上に数個現れた。オグウェノが光球を撫でるように手を動かす。
すると、周囲に点々と明りが灯り、鏡のように泉に反射して、幻想的な空間へと変わった。
これで落ちない女はいない、と言わんばかりの雰囲気を作り上げたオグウェノが自信満々にクリスを見る。
ところが、クリスは感動どころか、興味さえ持った様子もなく腰を下ろした。
あまりのことにオグウェノがおずおずと声をかける。
「つ、月姫?」
クリスが顔をあげて周囲を見回した。
「もう少し明るくできないか? 料理がよく見えない」
「……わかった」
オグウェノが諦めたように指を鳴らす。それだけで光球が倍の輝きになった。と、同時に幻想的な世界は消え、昼の明るさとなる。
「これでいい」
満足するクリスにオグウェノはガックリと肩を落とした。
「そうか。まあ、月姫がそれでいいなら、いいんだが……いいんだが……いや、でも、やはりムードというか、雰囲気ぐらい……」
いじけるオグウェノにクリスが声をかける。
「先に食べるぞ」
「あぁ」
すべてを諦めたオグウェノはクリスと向かい合うように床に座った。
「おまえは食べたのか?」
食事量が一人前だったので、クリスがメイン料理を自分の方へ引き寄せる。そして、酒のつまみになるような物と、酒瓶をオグウェノの方へ移動させた。
オグウェノがグラスに酒を注ぎながら頷く。
「オレは食べてきた。飲まないか? この酒は甘くて飲みやすいぞ。アルコールもそんなに強くない」
自分のグラスに注いだのとは別の酒をクリスに勧める。オシャレな細い瓶に気泡が浮かぶピンク色の酒。
クリスは少し考えて答えた。
「では、食後にもらおう」
パクパクと食べていくクリスをオグウェノが深緑の瞳を細めて眺める。雑なように見えて食事をする動作は優雅で綺麗。
そんなオグウェノの視線に気づいたクリスが顔をあげる。
「どうした?」
「ムワイが聞き出したことを報告しようと思ってな」
「なにか分かったことがあるか?」
「ムワイ曰く、今の赤狼は剣を出した時と魔力が微かに違うそうだ」
クリスが食事をしていた手を止める。
「どういうことだ? 人は生まれもった魔力が途中で変わる、ということはないはずだが?」
「だが、ムワイは微かに他の魔力を感じたそうだ。その魔力が混じったことで変わったらしい」
「カリストが魔力の変化を感じないほどの変化か? そもそもカリストは、魔力が犬のものだから犬の影にも移動できる、と断言していたぞ?」
「微かな変化なんだろうな。赤狼の魔力に一滴、別の魔力が混じったようなものだそうだ。だから本質は変わらないし、ほぼ赤狼の魔力だ。だが、一滴は一滴だ。魔力は変わった」
クリスが食事を再開する。
「だが、その変化は性格を変えるほどのものではないだろ?」
「あぁ。微かな変化だからな。性格に影響が出るとは思えん」
「なら、問題ない。だが、その混じった一滴の魔力は、誰の魔力だ?」
「どこの誰かは分からんが、赤狼が竜巻を消した時に使った場所に残っていた魔力と同じ、だそうだ」
「やはり、あの魔法が怪しいか。で、今ムワイは何をしているんだ? まだ、犬に質問しているのか?」
ムワイの性格を考えれば、まだまだ質問攻めにしていてもおかしくない。
オグウェノはグラスに口をつけながら言った。
「それが、またいいタイミングで、赤狼が資料として自分の髪の毛を数本差し出したんだ。それに大喜びしたムワイは、髪の毛を持って急いで研究に戻った」
「研究一筋で羨ましいな」
オグウェノが細いグラスに酒とフルーツを入れ、クリスに差し出す。
「しかし、それで体を壊したら元も子もないからな。食事と休養、あと気分転換も必要だぞ」
「……そうだな」
クリスはグラスを手に取り、ゆっくりと口を付けた。ほのかな甘みがあるが、炭酸が後味をスッキリさせる。
「美味いな」
そう言って酒をジュース感覚で呑んだ結果……
「だから。私はぁ。犬のことはぁ。なぁーんとも、思ってないのにだなぁ」
クリスは見事に酔っぱらい、オグウェノに絡んでいた。
砂漠特有の気候で人間が過ごすには過酷な環境。だが、植物は葉を広げ育っている。
そんな庭を眺めながら、クリスはポツリとこぼした。
「人は……弱いな」
いつも側にいるのが当たり前だったのに。いつも笑顔で、犬のように後をついてまわっていた。魔法を教えればキラキラと琥珀の瞳を輝かせて、こちらを見てくる。
それが、いつからだろう。
その笑顔に胸を締め付けられるような、苦しく感じるようになったのは。
いつからだろう。
他の人と話している姿に、いら立ちがこみ上げるようになったのは。気が付くと、その姿を探すようになったのは……
こんなに感情を乱されるなら、側にいないほうがいい。そう思っていた。だが、実際にいなくなると、スッポリと半身を失くしたような、虚しさが心を占める。
「いや……私が弱いのか……」
椅子に座ったまま深緑の瞳を閉じる。
『師匠』
微睡の中、懐かしい声がする。ぼんやりとした背景の前に立つ人影。
「夢……か」
夢と分かっていても……いや、夢だからこそ人影に近づく。
風になびく赤い髪。温かい微笑みとともに差し出される武骨な手。顔をあげれば人懐っこい琥珀の瞳。
カチャ。
茶器が擦れた音で現実に引き戻される。クリスは慌てて目を開けて飛び起きた。
その様子にラミラが驚いて手を止める。
「すみません。起きておられると思っておりまして……」
クリスは大きく息を吐くと安堵したように全身を椅子に預けた。
「いや。考え事をしていただけだ」
「外出続きで、お疲れなのではないですか?」
「……大丈夫だ。それより、犬に変わった様子はないか?」
「ありません」
「そうか」
どこかホッとした様子のクリスにラミラが紅茶を差し出す。
その匂いにクリスは体を起こした。
「どうぞ」
勧められるままクリスが紅茶に口をつける。慣れ親しんだ味に張りつめていた心が少し緩む。ポタポタと目から雫が落ちた。
「ク、クリス様!?」
動揺するラミラにクリスが顔をあげる。
「雨、か?」
「違います!」
ラミラが速攻でツッコんだ。クリスは平然と手の甲で目元を拭った。
「冗談だ。オークニーの屋敷から茶葉を持ってきていたのか?」
「はい」
屋敷でよく飲んでいた紅茶。香料も砂糖もミルクも入っていないストレートティー。無理やりにでもオークニーのことを思い出す。
「……これが懐かしいという感覚か」
「クリス様?」
よく聞き取れなかったラミラが首を傾げる。クリスは椅子から立ち上がった。
「疲れているようだ。少し休む」
「は、はい」
クリスは自室に戻りベッドに倒れた。
※
体も精神も相当疲労していたらしく、ぐっすりと眠っていた。
クリスが目覚めたのはノックの音がきっかけだった。
「月姫?」
ドアの向こうからオグウェノの声。クリスが目を開けると周囲は真っ暗だった。ベッドから下りてドアへ移動する。
「どうした?」
「開けてもいいか?」
「あぁ」
ドアが開き、オグウェノが暗い室内を覗きながら訊ねた。
「寝ていたのか?」
「ちょうど起きたところだ」
クリスが室内の明かりをつけようとした手をオグウェノが止める。
「食事を準備したのだが、いつもと場所を変えて食べないか?」
「場所を?」
「あぁ。ついてきてくれ」
布で素早く髪を隠したクリスは黙ってオグウェノの後を歩いた。
連れて行かれた先はオグウェノとルドがサシ呑みと、殴りあいをした場所。
泉からは尽きることなく透明な清水が湧き出し、白い大理石の柱が立つ。中央にドーム型の屋根がついたテラスがあり、そこに料理と酒が並んでいた。
「暗いな」
「まあ、見ていろ」
オグウェノが男前の笑みとともに右手を出す。
『灯よ、星とともに舞え』
手のひらサイズの光球がオグウェノの右手の上に数個現れた。オグウェノが光球を撫でるように手を動かす。
すると、周囲に点々と明りが灯り、鏡のように泉に反射して、幻想的な空間へと変わった。
これで落ちない女はいない、と言わんばかりの雰囲気を作り上げたオグウェノが自信満々にクリスを見る。
ところが、クリスは感動どころか、興味さえ持った様子もなく腰を下ろした。
あまりのことにオグウェノがおずおずと声をかける。
「つ、月姫?」
クリスが顔をあげて周囲を見回した。
「もう少し明るくできないか? 料理がよく見えない」
「……わかった」
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「これでいい」
満足するクリスにオグウェノはガックリと肩を落とした。
「そうか。まあ、月姫がそれでいいなら、いいんだが……いいんだが……いや、でも、やはりムードというか、雰囲気ぐらい……」
いじけるオグウェノにクリスが声をかける。
「先に食べるぞ」
「あぁ」
すべてを諦めたオグウェノはクリスと向かい合うように床に座った。
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「なら、問題ない。だが、その混じった一滴の魔力は、誰の魔力だ?」
「どこの誰かは分からんが、赤狼が竜巻を消した時に使った場所に残っていた魔力と同じ、だそうだ」
「やはり、あの魔法が怪しいか。で、今ムワイは何をしているんだ? まだ、犬に質問しているのか?」
ムワイの性格を考えれば、まだまだ質問攻めにしていてもおかしくない。
オグウェノはグラスに口をつけながら言った。
「それが、またいいタイミングで、赤狼が資料として自分の髪の毛を数本差し出したんだ。それに大喜びしたムワイは、髪の毛を持って急いで研究に戻った」
「研究一筋で羨ましいな」
オグウェノが細いグラスに酒とフルーツを入れ、クリスに差し出す。
「しかし、それで体を壊したら元も子もないからな。食事と休養、あと気分転換も必要だぞ」
「……そうだな」
クリスはグラスを手に取り、ゆっくりと口を付けた。ほのかな甘みがあるが、炭酸が後味をスッキリさせる。
「美味いな」
そう言って酒をジュース感覚で呑んだ結果……
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