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第三章・両思い編〜失われた記憶

それは、慌ただしい朝でした

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 夏空のような青いカーテンの隙間から穏やかな朝日が差し込む。
 金髪をベッドに広げたクリスは微睡みを堪能していた。

 ぼんやりとした夢の中。

 長い一房の赤い髪が目の前で揺れ、琥珀の瞳が微笑む。毎日見ている顔なのに、ドキリと胸が跳ねる。
 嬉しいはずなのに、なぜか泣きたくなる。こんな感情、知りたくなかった。

(でも、夢の中ぐらいなら……)

 そっと手を伸ばし、大きな手に触れる。ゴツゴツとしていながらも、指が長く綺麗な形の手。
 恐る恐る手を顔に近づける。そして、手の甲に頬を添え、その温もりを直に感じた。

(これは、夢だから出来ること……)


 そこで、意識が現実に引っ張られた。
 首元でゴソゴソと動く気配。クリスが寝ぼけながら首元を触ると、そこにあるはずの物がなかった。

「っ!?」

 慌てて周囲を見回す。サイドテーブルに止まった一羽の白い小鳥。そのくちばしには赤い魔宝石がついたネックレス。

「返せ」

 クリスは捕まえようと手を伸ばしたが、小鳥は手をすり抜けるように飛び立った。

「なっ!? 待て!」

 小鳥を追いかけてベッドから飛び降る。そこにノックの音が響いた。

「おはようございます」

 毎日の日課である目覚めの紅茶を持ったカリストがドアを開ける。
 そこに小鳥がカリストの頭にちょこんと乗った。そこで、ネックレスをクリスに見せつけ小馬鹿にするように小首をかしげる。

「動くなよ」

 命令すると同時にクリスがカリストに飛びかかった。だが、カリストは軽くクリスを避け、テーブルに紅茶セットを置く。その間に小鳥がネックレスを咥えたまま飛び去った。

「しまった」

 長い金髪を爆発させたまま部屋から飛び出そうとするクリスの襟をカリストが掴む。

「最低限の身だしなみは整えてください」
「だが……」

 カリストが懐から鼈甲の櫛を取り出した。

「屋敷内とはいえ、その髪で走りまわるのはよろしくありませんよ。結界がありますから、あの鳥が屋敷の外に出ることはありません」
「……わかった」

 クリスは諦めてベッドに腰かける。カリストが準備した目覚めの紅茶を一気に飲んだ。その間にカリストは鼈甲の櫛で金髪を梳かし茶色へ変える。
 クリスは空になったカップをカリストに押しつけた。

「これでいいだろ!」

 早く出て行けと視線で訴えるクリスに対して、カリストはゆっくりと優雅に一礼をして退室する。

 クリスは立ち上がりながら服を脱ぎ、カリストが準備した服を手に取った。
 まずは、補正下着。紐やらホックやら装着がややこしい作り。しかし、クリスには毎日のことで慣れている……はずなのに。
 それが、今日はひどく煩わしい。

「もっと簡単に付けられるように改良するか」

 シャツと治療師の黒服を着ると、クリスは長い茶髪を一つにまとめながら部屋を飛び出した。

「魔力を追えば……」

 クリスが感覚を研ぎ澄ます。なにもない空中に煙のような赤い線が浮かび上がった。

「こっちか!」

 赤い線を追って廊下を駆ける。廊下を抜けて階段を下り、一階の廊下へ。廊下の先の洗濯部屋の前で赤い線が途切れた。

「この中か」

 クリスが勢いよくドアをあける。すると、洗濯物の仕分けをしていたラミラが笑顔で挨拶をした。

「あら、クリス様。おはようございます。どうかされましたか?」
「小さな白い鳥を見なかったか?」
「……いえ、見かけておりませんが」
「そうか」

 クリスは室内を飛び回った跡がある赤い線を目で追う。

「その鳥がどうかしましたか?」
「あ、いや……なんでもない」

 珍しく歯切れが悪いクリスの答えにラミラの気配が一変する。青い瞳が獲物を刈る鷹の目になり、警戒しながら太ももに隠している魔法銃へ手を伸ばす。

「侵入者ですか?」
「大丈夫だ。なんでもない」

 クリスは逃げるように洗濯部屋から出た。

「ランドリーシューターを通って逃げたか」

 屋敷内の洗濯物を効率的に集めるためのランドリーシューター。屋敷中の要所に張り巡っており、どこに出たから分からない。

「仕方ない」

 クリスは深緑の目を閉じると、魔宝石の魔力を深く意識した。魔宝石の位置を確認して、ゆっくりと目を開ける。

「預かり物を失くすわけにはいかないからな」

 自分に言い聞かせるように呟いたクリスは再び走り出した。屋敷の二階へ上がり、普段は使わない客室の前で足を止める。
 ドアに近づき、そっと中の様子を伺うと話し声が聞こえてきた。

「やっぱり、返そうよ」
「大丈夫よ、隠すだけだから。見つけられなかったら、返すわ」
「でも……」
「大事な物はなくなって気付くのよ。でも、本当になくなってからだと遅いでしょ? だから、早く気づいてもらうためにしているの」
「んー、よく分かんない」

 クリスが音をたてずにドアを開ける。そこには赤茶色の髪をした四歳ぐらいの男の子と、長いこげ茶の髪を一つに編み込んだ十歳ぐらいの少女がいた。
 二人は部屋に入ったクリスに気付くことなく会話を続ける。

「ナタリオのお母さんだって、クリス様にもっと幸せになってほしいって言ってるでしょ?」
「うん」
「そのために、これは必要なことなの」
「でも、ビアンカ姉ちゃん……」

 ナタリオが言いかけてクリスに気づく。ビクリと肩を震わせて顔を青くしたナタリオにビアンカが振り返る。そして咄嗟に引きつった笑顔を浮かべた。







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