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月からの流れ星と治療

ドナドナされるクリスと残された男たち〜ルド視点〜

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 ルドは両手に荷物に抱えて大通りを歩いていた。

「エスコートというより、荷物持ちと言ったほうが正しいと思うのですが……」

 ルドの呟きは雑踏に踏まれて消える。すぐ前にはクリスの腕を掴み、意気揚々と買い物巡りをする母、エルネスタ。

 この国では、身分ある女性が買い物に出かけることは、はしたない行為とされている。そのため買い物をしたい時は家に商人を呼び、商人が持参した推奨品から選んで購入する。
 しかし最近、身分ある女性が買い物をする店が同じ大通りに数軒並んで建ったことで変化が起きた。

 ある時、気分転換がてら外出した身分ある女性がその大通りで店をはしごして買い物をした。その体験が新鮮だったと口コミで広がり、真似をする女性が続出。
 そこに、ビジネスチャンスと目をつけた店が次々と大通りに出店。身分ある女性向けの店が集まり、流行に敏感な若い女性が多く通うようになった。
 買い物にくる女性の親や夫は権力者。愛しい娘や妻になにかあってはならぬ、と他の地域より警備を厳しくした。
 こうして、女性にとって安全な区画となったこの大通りは、この国では珍しく女性が買い物を出来る場所へと変貌。

 そのため買い物客は圧倒的に女性の数の方が多い。その中で背が高いルドは自然と注目を集めていた。若い少女たちがルドの顔を見てキャアキャアと囁きながらすれ違う。

 ルドはそんな周囲からの視線に内心では青くなりながらも顔は無表情を貫いた。

(女装をさせられている師匠に比べれば、これぐらい……)

 全身ピンク姿のクリスを視界の端で確認しながら、ルドは必死で自分に言い聞かせて我慢する。

 三人の中で唯一、ご満悦のエルネスタが店を指さした。

「さぁ、次はこのお店よ」

 エルネスタが全てを諦めたクリスを引きずり店に入る。

 甘い香りに襲われた先。可愛らしい花と植物が彫られた丸い白テーブルと白い椅子が並ぶ。淡い水色の壁と、白いレースのカーテンで統一された明るい店内。
 小鳥のさえずりのような声とともに軽食を楽しむ女性たちでほぼ満席。
 三人は店員に案内されて席についた。

「ここのティーセットが可愛いって評判で、一度来てみたかったの」
「……そうか。では、それを頼む」

 メニュー表を見る気力も残っていないクリスが死んだ目で呟く。

「ルドは、どうするの?」
「お任せします」
「じゃあ、一緒でいいわね」

 エルネスタが店員を呼んで注文をすると「ちょっと失礼」と席を立ち、トイレの方へ行った。
 そこでルドはクリスに頭をさげた。

「母の我が儘に付き合わせてしまって、すみません」
「いや、もう……」

 クリスの声を遮るように店内がざわついた。
 騒ぎの発生原である店の入り口。そこにオグウェノとイディとベレンが立つ。

 ベレンがキョロキョロと店内を見回す。一方のオグウェノは、自分たちに注目する店内の女性たちに甘い微笑みを送った。それだけで、黄色い歓声があがる。
 思わぬ眼福に女性たちが夢心地のまま視線を隣にずらし、恐怖で息を呑む。イディの厳つい顔立ちと、鍛え上げた筋肉質な体はこの国の女性には刺激が強い。

 クリスを見つけたベレンが席へ案内しようとした店員を断り、突進してきた。

「探しましたわよ」
「よくここにいると分かったな」

 顔を青くしたまま固まったルドを置いてクリスが相手をする。

「この通りにいると聞きましたので、店を一軒一軒探していましたの」
「誰に聞いたんだ?」
「あなたの執事に、ですわ」

 クリスが自分の影を睨んだ。

「カリストか。で、なにか用か?」
「私も買い物をご一緒したいと思ったのですが……」

 ベレンがクリスの全身を見て一刀両断する。

「ダサいですわね。ひと昔どころか、ふた昔ぐらい前のセンスですわ。誰です? こんなセンスの欠片もない服を選びましたのは?」
「いや、これは、その……」

 全員が思っていながらも、誰も口にしなかったことをベレンが堂々と言い切った。
 クリスが自然とルドに視線を向ける。それにベレンが反応した。

「まさか、ルドの趣味ですの?」

 思わぬ飛び火にルドは激しく否定する。

「違います! 母上が……」
「あぁ……将来のお義母さまになられる方だから、と思って黙っていましたが、もう関係ありませんね。こういうところは、訂正してさしあげなければ」

 ベレンがクリスの手を取る。

「なんだ?」
「行きますわよ」
「どこへ?」
「私が似合う服を見立てて差し上げますわ」
「いやっ、そういうのはいらん……ちょっ、お前たちも止め……」

 助けを求めたクリスだが、オグウェノは笑顔で手を振っただけ。ルドは何か言おうとしたが、ベレンの一睨みで硬直。
 イディに至っては、

「イディは、そこで座って待っていなさい」

 の一言で椅子に腰をかけるという、誰が主人が分からない状況。

 この場でベレンに勝てる人はいない。

 諦めの境地になったクリスに、ルドは声を絞り出した。

「ご、ご一緒します」
「ダメよ」

 情け容赦なく斬られたルドは両手を握りしめる。額には冷や汗。
 その姿にクリスはベレンを止めた。

「少し待ってくれ」

 クリスがルドの肩に手を置き、安心させるように言った。

「お前はここで待っていろ」
「ですが!?」
「現帝の言葉を思い出せ。安全は保障されている」

 ルドは声を出そうとして呑み込んだ。クリスがぎこちない笑みを浮かべる。

「どんな姿になるか分からないが……待っていてくれ」

 ベレンの様子から、女装が継続されるのは間違いない。次はどんな服を着せられるのか。想像できないが、着せ替え人形となるのは確実。

 クリスの心中を察したルドは自分の不甲斐なさを悔やみながら俯いた。

「すみません、自分に力がないばかりに……」
「気にするな。いってくる」
「ご武運を!」

 敬礼をしたルドに見送られ、クリスがベレンとともに店を出る。

 まるで戦地に行く友人を見送るようなルドを眺めながらオグウェノが椅子に座った。

「なかなか、気が強いお姫様だな」
「自分に力がないために、師匠が……」
「で、こんなところでデートでもしていたのか?」

 突然の質問にルドがむせる。

「デッ!? そ、そのようなものでは、ありません! 母上に無理やり連れられて……」

 オグウェノが短くなった髪をかきあげる。金色に染めていた髪をすべて切り、黒一色になった姿は、褐色の肌と相まって男の色気が増している。

「へぇ~。それなら、このあとオレがデートに誘っても問題ないな?」
「は?」
「お姫さんのセンスなら綺麗系に仕上がるだろうからな。楽しみだな」
「それより、師匠は男です。なのに……」
「おい」

 オグウェノの真剣な声にルドは思わず黙った。怒りがこもったように燃える深緑の瞳がまっすぐルドを睨む。

「月姫の本当の姿を見ようとしないのは勝手だが、それで……」
「失礼します」

 緊迫した二人の間に店員がティーセットを置く。

 ティータイムは店員にとって戦場。多少、雰囲気が悪くても、さっさとオーダー品を運ばなければ仕事が回らない。

 店員がテキパキとテーブルにエルネスタが注文した品を並べる。

 丸いテーブルの中心に三段の皿タワー。一段目にはパンにチーズやハムを挟んだ軽食。二段目にはマドレーヌやクッキーなどの焼き菓子。三段目にはカットされた果物。
 そして一人一人の前には、クリームとカラフルな花びらが飾られた、小さなパンケーキと紅茶。

「……これ、どうするんだ?」

 オグウェノの問いに誰も答えない。

 エルネスタが席に戻ってきた時、むさい男たちが無言で可愛らしいスイーツを囲むという、シュールな光景が爆誕していた。






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