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第二章・片思い自覚編〜帝都へ

ルドの危機〜ルド視点〜

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 床から天井まで金銀宝石で装飾され、目に痛いほど輝く広間に明るい声が響く。
 細長いテーブルに領主のベッピーノと妙齢の女性、反対側にルドと数人の少女たちが鎮座する。

 ニコニコと満面の笑みのベッピーノがルドに話しかけた。

「人が大勢いるのは苦手というので、家族だけのささやかな食事会にさせていただきました。こちらは私の妻のフェリタチオです。そちらは娘のコンシリア。我が娘ながら外見、器量ともに良い娘なんですよ」

 紹介をされてベッピーノの隣に座るフェリタチオがゆったりと微笑んだ。
 その顔は小じわを隠すためか化粧を厚く塗り、白い仮面に。ゆったりと微笑んだのもシワを出さず、かつ化粧を崩さないため。

 だが、それよりもルドの隣にいるコンシリアの方が酷かった。
 年齢は十代後半ぐらいで、そのままでも肌が綺麗な年なのに、派手な道化師のごとく色鮮やかに化粧を塗りたくり、元が分からない。
 しかも視覚だけでなく、嗅覚からの刺激も強かった。本来は穏やかに香るはずの香水が、様々な花の香りが混じり、激臭となって鼻を突く。

 ルドと目があったコンシリアは真っ赤な唇を三日月の形にして綺麗な笑顔となった。勝気に吊り上がった目と合わさり、ホラー人形にしか見えない。

 ルドは卒倒しかけながらも、無理やり笑顔を貼り付けて軽く頭を下げた。
 そして視線をベッピーノに向け、そのまま顔を固定する。他は絶対、視界に入れない。

「帝都の治療師の所に行く途中ですから。歓迎していただくような身分でもありませんし」

 帝都という言葉にベッピーノの目が光る。

「いや、いや、ご謙遜を。セルシティ第三皇子の親衛隊となりますと、帝都にご友人も多くいらっしゃるのでしょうな」
「そうでもありません」

 笑顔で顔を固めたままルドは目線だけで両隣を確認した。

 大人数が苦手なら、家族だけの食事会を、ということで了承した。それなのに、何故かコンシリアと同じ年ぐらいの少女たちがルド側の席に座っている。
 少女たちの顔立ちはベッピーノ夫妻と違うため親族ではない。しかも、話が移ったことから紹介する様子もない。

 ルドは硬い表情のままベッピーノに訊ねた。

「あの……こちらの方々は?」
「あぁ、娘の友人たちで家族のように親しくしておりましてな」

 ベッピーノの紹介に少女たちが軽く微笑みながら頭を下げる。

 少女たちはコンシリアに比べると薄化粧で顔立ちも平凡かそれ以下。着ているドレスも控えめ。
 どう見ても普通の少女たちで、コンシリアと親しいという雰囲気もなく、かと言って護衛という感じもない。

 ベッピーノが少女たちを食事会に参加させた目的は不明だが、ルドは固まった顔でどうにか頷いた。

「そうですか」

 女性恐怖症のルドにとって、この空間にいることはどんな訓練より辛く、すぐにでも逃げ出したかった。だが、それが出来ない以上、一刻も早く食事を済ます。

 会話はベッピーノが勝手に進めるので頷くのみ。食事は柔らかいものが多いので、とにかく飲み込む。味わう余裕などない。

 無心で食べていると、話題は領地の自慢になった。

「私が来る前は野暮ったい田舎領地でしてな。この城も地味で暗かったのですが、私の手腕でここまで華やかになりました。城の前の大通りは賑わっていたでしょう? 旅人はみな、こんなに綺麗で豊かな通りは見たことないと話します」

 ベッピーノが大げさなほどの身振り手振りを付け、満面の笑みとともに話す。頷いてばかりだったルドは声を低くして言った。

「そうですね。ですが、大通り以外の道の整備はなさらないのですか? なかなかに酷い道で、お嬢様が馬車酔いをするほどでした。それに大通り以外の街並みも、褒められたものではありませんでした。お嬢様は目が見えないので良かったのですが、もし見られていたら、お心を痛めておられたでしょう」

 ルドの言葉に得意げに話していたベッピーノの顔がこわばる。

 この国の第三皇子の親衛隊が護衛に付くほどの令嬢。親はかなり身分が高位なはず。
 その令嬢が親に街の様子を伝え、そこから帝都に知られたら調査が入りかねない。

 クリスとルドの本当の素性を知らないベッピーノはそう考え、慌てて言い訳をした。

「い、いや、これから整備をする予定でしてな。今は資金を調達している途中なのですよ」
「そうなのですか。どこの地区を整備する予定なのですか? 私が通った地区ですか? それとも、他にも整備しないといけない地区があるのですか?」
「そ、それは……」

 ベッピーノがハンカチを取り出して汗を拭く。ルドはふと思い出したように言った。

「それに治安もあまりよくないようですね。検問所の手前で賊に襲われかけました。すぐに憲兵が対処してくれましたが」

 ルドの話にベッピーノがここぞとばかりに胸を張る。

「私の憲兵は優秀ですからな。賊などすぐに捕まえますよ」
「問題はそこではありません」

 食事をしていた手を止めてルドがベッピーノにまっすぐ琥珀の瞳を向けた。

「検問所の目と鼻の先・・・・・に賊が現れたのです。この街のすぐ近くまで賊が縄張りにしている、ということです。山奥や小さな町ならまだしも、このような大きな街の付近で賊が現れるなど、聞いたことがありません。むしろ治安を維持する者としては、恥ずべきことです。このことは、どうされるつもりですか?」
「そ、それは……そのうち……ち、近いうちに賊を一掃しようと考えておりましたのでな。いや、さすが第三皇子の親衛隊の方だ。目のつけどころが違う」

 ワッハッハッと大声で笑って誤魔化しながらベッピーノが立ち上がった。

「ちょっと失礼します」

 ベッピーノが席を外す。

(少し追及しすぎたか)

 ルドはベッピーノの後ろ姿を見送った後、残っていた食事を平らげた。素早くメイドが空になった皿を下げる。

 そこでルドは無表情のまま慌てた。今まで視線をベッピーノか料理に固定していたが、その視線のよりどころが無い。

(落ち着け。あとはデザートだけだ。場合によっては、このまま退席しても……)

 焦るルドにコンシリアが声をかけてきた。

「あの……騎士様は婚約者など将来を約束された方はおりますの?」

 声をかけられた以上、その相手の顔を見て答えなければならない。律儀な性格のルドは、油が切れたゼンマイのような動きでコンシリアの方を向いた。

「イ、イエ。オリマセン」
「あら、そうですの? 意外ですわ。こんなに素敵な方なのに」

 コンシリアの言葉に今までずっと黙っていた他の少女たちが同意する。

「そうですわね。でも、こうして二人で並んでいると、お似合いですわ」
「えぇ、本当に」
「物語に出てくる騎士様と姫様みたいです」

 棒読みの台詞のような少女たちの言葉にコンシリアが嬉しそうに微笑む。

「あら、そう? どうしましょう」

 コンシリアが流し目を向けながらジリジリとルドに近づく。そのことにルドは硬直した。顔は無表情のため平静だが、服の下は冷や汗の洪水。

(これはまずい……)

 ルドは本気で命の危機を感じた。




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