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第二章・片思い自覚編〜帝都へ

寄り道と休憩

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 クリスは目が見えない分、耳と振動に意識を集中させていた。徐々に馬が走る速度が落ちる。

「検問所に着きました」

 ルドが馬を止め、通行証を出そうとしたが、その前に兵士から通行許可がおりた。

「ソンドリオ領主、ベッピーノ・ビガット様がお待ちです。すぐに城へ向かって下さい」
「その前に休憩をしたいのですが」

 ルドの言葉を聞いていなかったように兵士が冷淡な声でもう一度言う。

直ちに・・・城へ行き、領主とご面会して下さい」
「わかりました」

 ルドが諦め、馬を進める。兵士の強引さにクリスは肩をすくめた。

「随分と仕事熱心な兵士だな」
「そのようですね」

 しばらく動いていたルドが馬を止める。包帯で目が見えないクリスでも、店への呼び込みの声と往来の音で、道の途中だと分かった。

「どうした?」
「少しお待ち下さい」

 クリスを包んでいた温もりが消える。ルドが馬から降りて誰かと話した後、クリスを馬から降ろした。

「少し休憩をしましょう。馬を預けますので」
「先に城に行かなくていいのか?」
「少しぐらい休憩してもいいでしょう」

 真面目一直線のルドからの予想外な提案。だからこそ、なにか考えがあるのだろうと判断したクリスは大人しく従った。

 クリスは被っているフードを引っ張り、顔をしっかり隠すと、ルドに手を引かれ、店内に入る。
 夕食には早い時間のためか人の気配が少なく静か。

 クリスはルドに誘導されるまま椅子に座った。反対側でルドが椅子に腰かける音がする。

「何を飲まれますか?」
「……紅茶を」

 周囲には聞こえない程の小声。その声をしっかり聞きとったルドは困ったように言った。

「ここは街宿の一階にある酒場ですので、お茶や珈琲などの高級嗜好品は置いてないんです」
「なら、任せる」
「では……この果実酒にしましょう」

 ルドが店員を呼んで注文する。クリスは足音で店員が遠ざかったことを確認すると小声で訊ねた。

「酒を飲むのか?」
「かなり弱いお酒ですし、炭酸と甘みが強いのでお酒のような感じはしませんよ。この地方の特産だそうです」
「酒以外は?」
「酒場ですので、お酒以外となると牛乳ぐらいしか……」

 新鮮な牛乳なら良いが保存状態によっては腹をくだす可能性が高い。先を急いでいる今はあまり飲みたくない。
 クリスは諦めたように軽く頷いた。

「仕方ないか」

 すぐにやってきた店員が二人の前に酒が入ったコップを置き、その間に木の実がのった皿を置いた。
 クリスは手を動かしコップがある位置を探る。そこにルドが声をかけた。

「失礼します」

 断りをいれてからルドがクリスの手を握り、そのままコップに誘導する。

「少し席を離れますが、そのまま飲んでいて下さい」

 ルドが静かに席を立つ。

 することがないクリスは、そっとコップに口をつけた。酒の味はほとんどせず、かわりに葡萄の香りと甘さが引き立つ。これなら、いくらでも飲めるし特産というのも頷ける。

 ちびちびと酒を飲むクリスは酒場の中で浮いていた。

 深くフードを被り、マントで全身を隠し、明らかに訳ありという雰囲気。
 そんなクリスに近づく人はおらず、遠くから眺めるのみ。時間が早いためか、自分から厄介事に首を突っ込む暇人や酔っ払いは、ここにはいなかった。

 しばらくしてルドの足音が近づく。

「馬車の手配が出来ましたので、城へ行きましょう」
「馬は?」
「無理をさせましたので、ここで休ませます」
「……そうか」

 検問所を通ったので城まで遠くないはず。それなのに馬で行かないのは、あえてここに置いていく、ということなのだろう。

 クリスは理由を追及せず、静かにコップの中の果実酒を飲み干して立ち上がった。

 酒場に入った時のようにルドに誘導されて店の外に出る。日が落ちたのか、風が冷たい。
 ルドがエスコートしてクリスを馬車に乗せた。

「城へ行ってください」

 ルドの指示に御者が馬車を出発させる。道が悪いのか馬車がかなり揺れ、クリスは倒れないように馬車の壁にしがみついた。

「大丈夫ですか?」
「城下町の道とは思えない悪路だな。今までで一番悪いのではないか?」
「そうですね」

 馬車が激しく音を立てながら進む。さっき飲んだ酒が胃の中でかき混ぜられる。

「城下の道を整備する予算さえないのか、それとも無頓着なのか……領主を見れば分かりそうだな」
「はい」
「……さすがに酔いそうだ」

 アルコールが少ないとはいえ、酒は酒。酒の酔いと乗り物酔いのダブルに襲われる。
 クリスの呟きにルドが慌てて立ち上がった。

「えっ!? えぇっ!? 馬車を止めましょうか!? ここからなら歩いて……」
「まだ大丈夫だ」
「ですが!」

 ルドがあたふたしている間に馬車は城門に到着した。

 城門にいる門番にルドが馬車の窓から通行証を見せて用件を伝える。すると即座に門が開き、城の入り口まで通された。

 城の入り口で馬車が止まり、御者がドアを開ける。

「歩けますか?」
「……」

 クリスは無言のままルドに手を引かれて馬車から降りた。フードで顔はほとんど隠しているが動きは鈍い。

 ルドがクリスを支えていると上機嫌な声が出迎えた。

「ようこそいらっしゃいました。ソンドリオ領主のベッピーノ・ビガットです。狭くて古い城ですが、どうぞ」

 クリスの様子を無視して領主のベッピーノがルドに手を差し出す。無表情になったルドが低い声で言った。

「城下町からここまでの道が悪く、お嬢様が体調を崩されてしまいました。すぐに休ませたいので、先に部屋へ案内してもらえませんか?」
「それは大変だ。長旅でお疲れが出たのでしょう。こちらへどうぞ」

 丁寧だが微妙に会話がかみ合わない。こちらの話を聞いていないのが分かる。

「歩けますか?」

 ルドの小声にクリスは微かに頷いた。その様子に抱いて移動した方が良いと判断したルドが手を伸ばす。
 その気配を察知したクリスは、小さく首を横に振った。包帯で目を隠しているのに、ルドを睨んでいるのが分かるほどの気迫付き。

「わかりました」

 ルドがクリスの歩幅に合わせて、ゆっくり歩く。
 そんな二人を無視して、ベッピーノが城内の自慢をしながらスタスタと先を行く。

「もともとは殺風景な城でして。見て下さい、この壁と天井を。画家を十人ほど雇って描かせまして、おかげで少しは明るくなりました。あと、この灯りも……」

 廊下の両面の壁に、空に浮かぶ雲や虹、その下に広がる幻想的な風景が直接描かれている。天井には金銀に輝くランプ。

 公共整備に使うための金銭を城や私費に回している説が濃厚になる。

 ルドの目が増々冷えていくが、ベッピーノが気づく様子はない。ひたすら装飾品や自分の目利きぶりを自慢していた。







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