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第二章・片思い自覚編〜帝都へ

治療師のお仕事〜ルド視点〜

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 ルドは足を投げ出して地面に座り込んでいる四十代ぐらいの男の前に来た。顔を引きつらせる男を無視して投げ出している右足に視線を落とす。

「石に足を挟まれましたか?」

 ルドは訊ねながらナイフを取り出し、右足のズボンを斬り裂いた。膝下から血が止まることなく流れ、白い骨が見える。
 ルドは斬り裂いたズボンの布を使って太ももを縛った。

「クッ!」

 男が呻き声を上げる。ルドは右手を傷にかざした。

「すぐに治療しますので、少し我慢して下さい」
『洗浄』

 魔法の詠唱に合わせて傷口を水が包む。水が血で真っ赤になる。ルドは何度か魔法で傷口を洗浄しながら目線を鋭くした。

『透視』

 透視と拡大魔法で傷の状態を細かく観察する。

「骨に少しヒビが入っているがズレはなし。神経の損傷なし。大きな血管の損傷なし」

 ブツブツと呟くルドの様子に周囲が奇異の目を向ける。しかし、ルドは気にせず淡々と治療を続けた。

『骨組織の修復。筋肉組織の修復。皮下組織、皮膚の修復』

 魔法の詠唱に合わせて足の状態が変わっていく。白い骨が見えなくなり、傷口が赤一色になったかと思うと、黄色くなり皮膚が現れた。
 治療が終わり、男が思わず足を触る。

「き、傷が消えた!? 戻った! すげぇ!」

 男が立ち上がり、足を動かす。

「痛くない! 歩ける!」

 感動して他の仲間と騒いでいる男を置いて、ルドは次の怪我人のもとへ移動した。

 右手で左肩を押さえてうずくまる男。その男の前でルドは足を止めた。

「どうしました?」
「……落ちてきた石が当たって」

 ルドの治療風景を見ていた男が顔をこわばらせながら、左肩を見せる。
 左肩の皮膚が真っ赤に腫れ、肩があらぬ方向に曲がっていた。しかし、傷はなく出血はしていない。

『透視』

 ルドは右手をかざし、透視魔法で肩の状態を診る。

「骨が折れて肩が曲がっている……整復して治療をしないと」

 ルドは男の首の後ろに手を当てた。

『頸椎神経ブロック』
「え? あれ? 痛みがなくなった?」

 男が不思議そうに左肩を見る。肩は変な方向に曲がったままなのに、痛みだけがない。
 ルドは男の左肩を掴んだ。

「これから折れた骨を元の位置に戻して治療します。戻す時に痛みがあるので、一時的に痛みを消しました。治療が終わりましたら戻しますので、今は動かないでください」

 ルドは説明を終えると男の左肩を外側に引っ張った。

『透視』

 透視魔法で位置を確認しながら折れた骨を元の位置に戻す。ルドは折れた骨が繋がったところで、次の魔法を詠唱した。

『骨組織の修復』

 透視魔法で治癒状況を確認しながら魔法を使っていく。

『靭帯組織の修復。筋組織の修復』

 腫れは残っているがルドは左肩から手を離すと、男の首に手を当てた。

『頸椎神経ブロック解除』

 男の顔が少し歪んだ。

「痛みと違和感があると思いますが、少しずつ軽くなっていきますので、今はこれで我慢して下さい。左肩は数日ほど動かさないように。痛ければ、冷たい水で絞った布を左肩に当てて冷やして下さい」

 ルドはそう言い残すと、次の怪我人がいる場所へと歩いた。


 なるべく短時間で治療をしていくルドにジョコンドが駆け寄る。

「この街の治療師が到着しますので、あとは任せてください」
「そうですか」

 顔をあげると、治療を終えたクリスがこちらに歩いてきた。

「もうすぐ、この街の治療師が到着するそうです」
「ならば撤退しよう。これから何処に行くんだ?」
「領主の城に……」

 ルドとクリスが話していると、微かな呻き声が聞こえた。ジョコンドが胸を押さえて屈む。

「どうした? どこか怪我をしたのか?」
「怪我はしていな……」

 声を出すことも出来なくなったジョコンドが地面に倒れる。そこに別の男が走ってきた。

「隊長! やっぱり、さっき落ちてきた岩が……」
「岩?」

 クリスの問いに男が頷く。

「倒壊した現場をもう一度確認していたら、上から岩が落ちてきて隊長の胸に当たったんです。その時は、これぐらいなんともない、と言っていたのですが……」

 クリスが男と話している間に、ルドはジョコンドを仰向けに寝かせ、ナイフで服を斬り裂いた。胸の中心が赤くなっている。
 ルドはジョコンドの胸に手をかざした。

『透視』

 診たままの状態をクリスに報告しようとして、ルドは戸惑った。

「心臓の動きが悪くなっていま……え? どういう状態なんだ?」

 眉間にシワを寄せるルドの反対側からクリスが同じように手をかざす。

「これは胸を強く打った時などに起きる。心臓と心臓を囲む壁の間に出血した血がたまり、心臓の動きが制限されている状態だ。このままだと心臓は動くことが出来なくなり、死ぬ」
「どう治療すればいいですか?」
「出血を止めて、たまった血を抜けばいい」

 説明しながらクリスが懐から銀色の箱を取りだした。

「簡易セットだが、持っていてよかった」

 クリスが右手をジョコンドの胸に向ける。

『心組織の修復』

 クリスが心臓の動きを悪くしている原因の出血部位を治す。あとは溜まった血を抜けば心臓が動く空間ができる。
 銀色の箱を開けたクリスが道具を準備しながら、ルドに指示を出す。

「こいつの体を押さえろ。絶対、動かないようにしろ」
「はい」

 ルドはジョコンドの腹に馬乗りになり、腕と体を押さえた。その間にクリスは銀色の箱から出した手袋を装着する。
 次に濡れた綿を出し、ジョコンドの胸の真ん中を拭き、長い針を持った。そのまま左手でジョコンドの胸を押さえる。

『透視』

 クリスが心臓の位置を確認して、ルドに話す。

「これから針を刺して血を抜くが、体が動いたら針先が心臓に刺さる可能性がある。もし心臓に刺さったら大量出血して最悪の場合、死ぬからな。常に透視魔法で心臓の動きと針の位置を確認しながら刺す必要がある」
「はい」
「刺すぞ」

 心臓の動きのタイミングに合わせ、クリスが息を止めて一気に針を刺した。
 針の穴から真っ赤な血が吹き出す。初めは勢いが良かったが、徐々に出てくる血の量が減っていく。
 クリスが魔法を詠唱しながら針を抜いた。

『心組織の修復、筋組織、皮下組織、皮膚組織の修復』

 クリスが胸から手を離すと、そこには傷一つない皮膚があった。
 そこにジョコンドが呻き声をこぼす。目は開いていないが顔色は良い。

「隊長!」

 側で見守っていた男がジョコンドの体を揺すろうとしたが、クリスが止めた。

「胸に溜まっていた血を抜いたが、まだ少し残っている。無理に起こさずに寝かせていろ。本人が起きても、しばらくは安静にしているように伝えろ」
「胸に血? どういうことですか?」

 困惑している男を無視してクリスが立ち上がる。そこへ馬車がやってきた。中から黒い治療師の服を着た男たちが現れ、怪我人のもとへ走る。

 そこに、馬に乗った五十代ぐらいの男が現れた。平服を着ているが顔は厳つく威圧感で溢れ、どう見ても平民ではない。
 そこにルドが駆け寄った。

「グイド将軍! お久しぶりです!」

 白い布で顔を隠しているルドを見たグイドの表情が和らぐ。

「おぉ、久しいな! ガスパル殿はご息災か?」
「はい」
「ここで立ち話もなんだからな。城へ来い」
「ありがとうございます」

 ルドはクリスとともに馬に乗ると城へと移動した。





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