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クリスの女装と誘拐と

セルシティによるいつも通りのお茶会〜ガスパル視点〜

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 急遽、城に呼ばれたガスパルは執務室で淡々と書類にサインをするセルシティの前に立っていた。

 書類に目を通し終わったセルシティが顔をあげる。無言で待機していたガスパルは直角に腰を折って頭をさげた。

「このたびは愚孫が迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
「顔をあげてくれ。謝罪を要求するために貴殿を呼び出したわけではない」

 苦顔するセルシティを前に、ガスパルは顔を真っ直ぐ顔をあげた。その表情にいつもの余裕はなく、現役時代の厳しさが全面に出る。

「はい」
「ルドの様子はどうだい?」
「変わりありません」
「そうか。まあ、ルドはクリスティに任せればいいだろう」

 セルシティが立ち上がりソファーに移動する。

「貴殿もかけたまえ」
「いえ」

 直立不動のまま動かないガスパル。セルシティが軽く肩をすくめ、ローテーブルにあった鈴を手に取った。

「失礼いたします」

 メイドが紅茶セットを持って執務室に入る。ローテーブルに紅茶と茶菓子を並べると頭をさげて退室した。

「今日は少し確認したいことがあって貴殿を呼んだんだ。それとも、私の茶の誘いを断るのかい?」

 皇族の誘いを断るなど、それこそ不敬になる。

 ガスパルは硬い動きのままセルシティの向かいのソファーに腰かけた。そこでセルシティが紅茶を一口飲んで綺麗な眉尻をさげる。

「やはりクリスティの執事やメイドたちが淹れる紅茶のほうが美味いな」

 ガスパルも紅茶に口をつける。
 茶葉の豊満な香りに雑味のない味は十分美味しい。これより美味しい紅茶とは、どんな味なのだろうか。
 紅茶を見つめていると、セルシティが声をかけた。

「聞きたいこととは、ルドのことなのだが」
「はい」
「だから、そんなに力を入れないでくれ。たいしたことではないのに、言い出しづらくなる」
「すみません」

 口では謝りながらも姿勢を崩さないガスパルにセルシティが諦める。

「ルドは〝神に棄てられた一族〟が金髪、緑目の人間しか生まれてこないことは知っているかい?」
「はい」
「では、もう一つの呪いは知っているかい?」
「たぶん知らないと思います」
「そうか」

 思案するようにセルシティが黙った。

「教えたほうがよろしいですか?」
「いや、教えるな。誰もルドに教えないように周知しといてくれ」

 ニヤリと笑ったセルシティにガスパルは額を押さえる。

「……遊びも過ぎますと火傷いたしますぞ」
「そうそう。貴殿はそうやって私を注意したほうが良い。萎縮されると調子が狂う」

 ガスパルは軽くため息を吐くと紅茶を飲んだ。

「〝神に棄てられた一族〟は女子しか生まれない。このことは、本当に限られた者しか知りませんから。教えようにも、知っている人間がいないでしょう」
「その通りだが、念のためだ。ルドは心の奥底では勘づいているが、認めたくないようでね。無理やり気づいていないフリをしている。今の関係を壊したくないのだろう」

 セルシティが穏やかに微笑む。

「せっかくだから、二人の行く末を見守ろうと思う」
「で、本音は?」
「退屈しのぎにピッタリだ」
「やれやれ」

 困った人だ。

 ガスパルは最後の言葉を紅茶とともに呑み込んだ。


※※※※クリス視点※※※※


 クリスはルドが住んでいる屋敷を訪れた。当主であるガスパルは所用で不在のため、執事頭に出迎えられ、ルドの部屋に案内される。

「何かありましたら、お呼び下さい」

 一人残されたクリスは軽く部屋の中を見回した。

 大きな窓が二つと暖炉がある、そこそこ広い部屋。家具はベッドと机と椅子と最低限のみ。装飾品はほとんどなく、目立つのは壁にかけられた飾り剣と盾。

 ベッドで寝ているルドに近づいたが起きる様子はない。クリスは無造作に布団をはぎ取り、ルドの手首を掴んだ。

「脈は通常より少し遅いぐらいだが、問題なし。魔力量も流れも問題なし」

 次にルドの手首を掴んだまま左手を向けた。

『透視』

 頭から足先まで細かく診ていく。

「全身状態は問題ないが、筋肉が少し緊張しているな」

 ルドの左手を直角に上げて手を離す。すると、そのまま手が固定されたように止まった。
 クリスは手を放置してルドの閉じている瞼を開けた。琥珀の瞳はまっすぐ天井を見ている。
 ベッドに散らばるルドの髪をクリスは掴んだ。

『光球』

 クリスの手の上に光球が現れ、ルドの目の前で光球を左右に動かす。

「対光反射も問題なし、か。セルティの言う通りだな」

 クリスはため息を吐くと、まったく動かないルドの手を下ろし、瞬きをしない瞼をそっと閉じた。

「治療師の治療魔法も効果なし、か。こんな症例は本にもなかった。どうするか……」

 体にできた傷なら治せるが、これは心の問題だろう。

「魔宝石を飲んだ時は犬の心の中のような場所に行ったが、いま魔宝石を飲んだところで同じ場所に行けるとは限らないからな」

 とりあえずクリスはベッドの隣に椅子を持ってきて座った。

「人は死ぬ間際まで耳は聞こえるというし、何か話しかけてみるか…………だが、何を話せばいいんだ? 会った頃の話をしてみるか?」

 困った顔をしながら、クリスは探るように語り始めた。

「そうだな……おまえが初めて治療院研究所に来た時……正直、どうでもよかった。魔力が多いなら研究に利用すればいい。その程度だった。今までの奴らと同じで、自分の自尊心の誇示と研究が目的で、治療は二の次なんだと思っていた。……だが、それは違った」

 クリスはそっとルドの前髪を撫でる。柔らかく、しっとりと絡みつく赤い髪。ルドの燃えるような意志を表した色。

「おまえは本気で治療師に……魔法で治療が出来るようになりたいと願っていた。それなのに……私と違って、神の加護があるのに……治療魔法が使えない。自分ではどうすることもできない状況。私は悔しいほど分かった」

 今は見えない琥珀の瞳。いつも羨望の眼差しで見つめてきた。自分にそんな価値はないのに。

「〝神に棄てられた一族〟というだけで、私には神の加護がなく治療魔法が使えなかった。自分の血を悔やんだことも、怨んだこともあった。どうして私が……という気持ちが強かった」

 クリスは自分の中にある一番古い記憶を思い出した。場所も相手の名前も分からない。手を引かれ、ひたすら爆発から逃げた記憶。

「脱出した私を受け入れたせいで、空中庭園は墜落し、一族が絶滅する危機を招いた……そもそも、私は一人になってまで生きたいなんて言ってないし、あのまま皆と滅ぶことが運命だったなら、それでもよかった……それなのに、私を生かした」

 静かにルドの手を握る。自分の手より大きく、無骨な手。剣だこもあり、今も鍛錬を続けているのが分かる。

「勝手にされたことだが、それでも私は生きないといけないんだ。私が壊してしまった分まで……すべてを背負って生きるしかない。私には……そうすることしかできない」

 頭を垂らし、ルドの手を額につける。ほのかな温もり。

「おまえも治療師になりたいと思うまでに、いろいろあったと思う。治療魔法が使えなくても、そこで諦めず、腐らず、前に進んだ。周囲から止められただろうが、それでも希望を持ち続けた。そうして、私のもとに来た」

 握っている手に自然と力が入る。

「だから、こんなところで止まるな。おまえは……やっと出会えた、私の」

 少しの沈黙の後、クリスはそっと口を動かした。





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