上 下
72 / 243
クリスの女装と誘拐と

カリストによる懸命な魔法解除〜ルド視点〜

しおりを挟む
「クリスティの領地に行く途中にある湖だろ? 私も最初はそう思ったが、違うそうだ。あれは、あの街を造った人間が、自分たちで沈めたらしい」
「え!? なんのために街を沈めたんだ?」
「あの大きな湖を作るためだ。人が増えれば水はより多く必要になる。必要な量の水を確保するために、ああいう湖を作り、川の流れを変え、水を管理、制御していたらしい」
「それだけの技術があったのか!?」
「そうだ。失われるには、とても惜しい知識や技術だ。あの街は湖に沈めたことで地表・・にはなかったから残った、という皮肉の結果だ」

 閃いたルドは目を大きくした。

「そうか! 地表ではなく湖の中にあったから残ったのか! と、いうことは他にも地表になかった文明が残っている可能性が!」
「そうだ。ただ無傷で残ったのは三か所だけらしい」
「三か所!? それは、どこなんだ!?」

 セルシティが悪戯をする子どものように笑う。

「私はクリスティがいた場所しか知らない。他の二か所は教えてもらえなかった」
「師匠の一族はどこにいたんだ!? 地表にはいなかった、ということは地下か?」
「私もそう思ったが、そうではなかった」
「どこなんだ?」

 もったいぶるセルシティに苛立つ。そんなルドの気配を感じ取ったのか、セルシティがすぐに答えを出した。
 白い指で天井を指す。

「空中庭園にいたそうだ。だから、奪われなかったらしい」
「空中庭園?」
「簡単に言うと空飛ぶ巨大な島だ。そこに数百人が住んでいたという」 
「数百人が住める空飛ぶ島!?」

 ルドの反応にセルシティが満足そうに笑った。

「それだけの技術と文明があったんだ。それを全て神に奪われたと思うと、惜しいという言葉では済まない」

 セルシティが悔しそうに両手を握る。その気持ちはルドにも分かった。数千年かけて創り上げたモノを一方的に奪われる理不尽さ。
 その知識と技術があれば、人はもっと豊かで、救われる命もあっただろう。

「クリスティの一族は文明を奪われることを免れたが金髪、緑目の人間しか生まれない体にされた。失われた文明の記憶を持つ者として、どこにいても分かるように。そして、”神に棄てられた一族“という仰々しい呼び名で、関われば呪われ、滅ぶ、と噂される存在にされた。奪った文明や、その知識が再び地上で栄えないようにするための、神の小細工だろうな」
「だから師匠は髪の色を変えていたのか……」
「あぁ。そもそも、神に棄てられた一族は空中庭園内で生活が出来るから、地上に降りることは滅多になかった。百年前までは」

 ルドはクリスの話を思い出した。

「そういえば師匠も百年ぐらい前に一族が地上に降りたと言っていたな」
「そう。百年ぐらい前に空中庭園がシェトランド領に墜落した」
「あの極寒の地に墜落……よく生き延びたな」

 セルシティが神妙な顔で頷く。

「あぁ。しばらくは空中庭園の残骸の中で生活していたが、物資がなくなり一族は滅びかけた。そこで、カイ殿が帝都に出てきて実力で功績をあげ、シェットランド領を拝領し、立て直した」
「それだけで立て直せるのか?」
「裏で先帝と現帝が支援したからな。見返りは失われた文明の知識。その結果、クリスティの一族は絶滅を免れ、現在に至っている」

 ルドはふと訊ねた。

「もしかして、その関係は今も続いているのか?」
「そこは想像に任せる。ただ、クリスティがどれだけ重要かは分かっただろ? それをこちらの落ち度で危険にさらしたとなれば、非常にマズい事態になる」
「ベレンを制御できなかった、こちらに非があるからな」
「あぁ。ベレンの母親、叔母上は聡明で先見の目もあり行動力もあった。そのことで、現帝は何度も助けられた。しかし、娘にその力があるかというと、そうとは限らない」

 セルシティが大きくため息を吐く。

「今回のことは、ベレンが親の力を自分の力と勘違いした結果だ。今までのことも含め、それ相応の処罰を親子共々受けてもらうことになる」
「それは、そちらで勝手にやってくれ。それより今は師匠だ」
「そうだな」

 そこへ従者が報告にきた。

「クリス様の執事より魔法の解読が終わった、と連絡がありました」
「行くぞ」

 セルシティとルドが同時に立ち上がり、部屋から出る。

 まっすぐ続く長い廊下。普通の廊下に見えるが、ルドは違和感を覚えた。

 人払いをしているため、その場にいるのはカリストとセルシティの親衛隊数名のみ。

 到着したルドとセルシティに、床を探っていたカリストが立ち上がり説明をする。

「ここに魔法のほつれがあります。ここから空間をこじ開ければ元に戻せると思います」

 そう言ってカリストが指さした先に、ぼんやりと銀色に光る物が見えた。ルドは手を伸ばしたが掴むことが出来ない。触れた感触もない。

「見えてはいますが、空間を歪めているため、実物はそこにありません。ですので、触れることも出来ません。ちなみに、それはクリス様の扇子についていた飾りです」
「師匠の!? では、この先に師匠がいるのですか!?」

 ルドは歩き出そうとしたが、カリストが止めた。

「このまま歩いてもクリス様がいる空間とは違うので会えません」
「ぐっ……」

 セルシティが微笑みながらカリストに訊ねた。

「この空間を元に戻すことは出来るかい?」
「少々、骨が折れるのと魔力をほぼ使い切りますが出来ます」
「わかった。元に戻した後のことは任せてくれ。必ずクリスティを助けよう」
「そのお言葉、お忘れなきよう」

 そう言うと、カリストが懐から数本の銀ナイフを出し、スッパリと指を切る。そして、赤い血がついた銀ナイフを床と天井と左右の壁に投げた。銀ナイフが刺さった場所からバチバチと火花が飛ぶ。

「いきますよ」

 カリストが五本目の銀ナイフ刺そうとして、火花が消えた。廊下の見た目は変わらないが、違和感が消失する。

「解除したのかい?」

 セルシティの質問にカリストが頭を横に振った。

「いえ。この魔法を施術した人が解除したようです。ただ、それにしては魔力が……」

 話している途中で何かに気が付いたカリストが走り出す。ルドも急いで追いかけた。

 二人が廊下の途中にあるドアを勢いよく開ける。目の前では輝く魔法陣の中で消えかけているクリスの姿。

「師匠!」
「クリス様!」

 二人が部屋に駆け込む。気がついたクリスが手を伸ばした。

「師匠!」

 ルドも応えるように手を伸ばす。精一杯伸ばしたお互いの指先が触れかけ――――――――





 クリスが消えた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい
恋愛
悪評高き侯爵の再婚相手に大抜擢されたのは多産家系の子爵令嬢エメリだった。 侯爵家の跡取りを産むため、子を産む道具として嫁いだエメリ。 お互い興味のない相手との政略結婚だったが……元来、生真面目な二人は子作りという目標に向け奮闘することに。 子作りという目標達成の為、二人は事件に立ち向かい距離は縮まったように思えたが…次第に互いの本心が見えずに苦しみ、すれ違うように……。 まだ恋を知らないエメリと外見と内面のギャップが激しい不器用で可愛い男ジョアキンの恋の物語。 ❀第16回恋愛小説大賞に参加中です。 ***補足説明*** R-18作品です。苦手な方はご注意ください。 R-18を含む話には※を付けてあります。

処理中です...