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クリスの女装と誘拐と

セルシティによる華やかな祝賀会

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※※※※ルド視点※※※※

 ルドもクリスと同様にセルシティからの招待状を受け取っていた。

「召喚された悪魔を撃退した功績を称えて……か。本当の目的はなんなんだか」

 眉間にシワを寄せて招待状を睨む。

「副隊長やウルバヌスも招待されているだろうし、自分がいなくても問題ないはず。よし。正装がないのを理由に断ろう」

 ここは祖父の家のため、私物は必要最低限しか持ってきていない。実家なら正装はあるが、それを送ってもらっていては間に合わない。

「うん、そうしよう」

 自室にルドの独り言が響く。そこに他の声がした。

「おや、よろしいのですか?」

 声の主が誰かはすぐに分かったが、ルドは反射的に椅子から飛び退き、壁を背にしてかまえる。
 目の前の影からカリストが出てきた。

「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが」
「影から出てきたら、誰でも驚きます」
「これは失礼しました。この方法が手っ取り早かったので。クリス様からの伝言です」
「師匠からの!? どんな急用ですか!?」

 カリストが淡々と伝える。

「明日は来るな。以上です」
「え?」
「以上です」
「いや、あの、理由は?」

 カリストがルドの持っている招待状に視線を向けた。

「それがクリス様にも届きました。明日はそのため休みます」
「……師匠は出席されるのですか?」
「はい」

 ルドは目を伏せて考えたが、すぐに顔を上げた。

「わかりました。自分も出席します」
「クリス様にお伝えします。失礼いたしました」

 カリストが一礼してルドの影の中に消える。ルドは大きく息を吐いて部屋から出ると、執事頭を呼んだ。


※※※※クリス視点※※※※


 翌日の夕方。街の中心にある城内。

 高い天井から複数のシャンデリアがぶら下がる大広間。白い壁は金で装飾され、大きな窓が庭を絵画のように飾る。大理石の床に深紅の絨毯が敷かれ、招待客の足を包む。

 絢爛な大広間に負けじと、派手な正装に装飾をまとった人々が談笑をする。点々とあるテーブルには豪華な食事と酒が並ぶが、誰も手をつけない。

 軽い音楽を奏でていた楽団が厳かな曲の演奏を始めた。自然と人々の視線が大広間の中央にある白い螺旋階段に集まる。

 その先には。

 幻想的に艶めく白金の髪。色濃くも透き通り輝く紫の瞳。美の神が造り上げたように整った顔。
 銀糸を絡めて織られた白布で作られた詰襟の正装。裾は金糸と紫水晶で飾られ、歩くたびにマントが揺れる。
 骨格はしっかりしており男だと判るのに、その姿は女性よりも美しい。

 階段を降りたセルシティがよく通る声で出席者たちに声をかける。

「本日は敵国の謀略を阻止した英雄たちの働きに感謝して、ささやかだが祝いの場を用意した。皆、楽しんでくれ」

 再び楽団が軽い曲を演奏する。会場は賑やかになったが動く人はいない。
 誰もが遠巻きにセルシティの様子を伺う中、ガスパルが出てきた。

「相変わらず派手ですな」
「そんなことはないよ。ところで、ルドは?」
「愚孫は支度に時間がかかっていましてな。なんせ、正装を持ってきておりませんでしたので、慌てて準備をしました」
「では、今日の服は?」
「それは……」

 そこでガスパルが背後のざわつきに気が付く。振り返ると全身を真っ黒に染めた女性がこちらに向かって歩いていた。

 漆黒の闇のような長い黒髪に、どんな木々の葉よりも鮮やかで濃い深緑の瞳。
 こめかみの前を流れる黒髪に挟まれた白い顔は小さく、肌はどんな絹よりもきめ細かい。形が良い鼻に小さな唇は可憐な花びらを連想させる。

 顔だけでも目を惹くのに、着ているドレスも独特だった。

 光の加減で漆黒から孔雀の羽のような暗緑色へと変化する黒い布。
 豊かな胸から引き締まった腰、そこから体のラインに沿ったスカート。太ももまで綺麗な形を現したあと、魚の尾ひれのように優雅に波打つ。
 上半身も同じ作りで、白い肩は出ているが二の腕には黒色の布が巻き付き、その先は鳥の羽のように広がる。

 黒髪の女性が歩くだけで人が避け、道が出来た。セルシティへまっすぐ歩く姿にガスパルも思わず道を譲る。

 黒髪の女性はセルシティの前まで来ると持っていた扇子で口元を隠しながら、超不機嫌な声で囁いた。

「お望み通り来てやったぞ、セルティ」

 その言葉使いにガスパルの目が丸くなる。
 女性の声が小さすぎて周囲の人には聞こえなかったため、ガスパルの反応に興味が集まった。

 聞き耳を立てている周囲を他所にセルシティが嬉しそうに微笑む。

「睫毛まで黒くするとは凝っているね。名を呼ばれるまで誰か分からなかったよ」

 黒髪の女性は口元を隠したまま流し目をセルシティに向け、誘惑するような表情でひっそりと話す。

あの名前・・・・で正装で来いと招待状を寄越したのは、おまえだろ」
「そこまで演技をするなら、言葉使いも合わせたほうが早くないかい?」
「なんで、そこまで面倒なことをしないといけないんだ。顔は出したし、帰ってもいいだろ?」

 うんざり顔の黒髪の女性にセルシティが笑顔で手を差し出した。

「どうせだから一曲踊ってくれないかい?」

 セルシティがダンスに誘う動作を見せたため、様子を見守っていた若い女性たちから黄色い悲鳴が上がる。だが、黒髪の女性はこめかみをひきつらせた。

「調子にのる……」

 そこで年齢が高い人たちを中心に再び会場がざわついた。

「おぉ、あれは……」
「一瞬、見間違えたぞ」
「見事だな」
「英雄の再来だ」

 声の内容にセルシティと黒髪の女性も入り口に視線を向ける。すると、そこには息を切らしたルドが立っていた。

 深海のように暗い紺色の布地で作られた詰襟の正装。動きやすさを重視しているため、飾りは鈍い金糸と金ボタンが最低限使われているだけのシンプルなデザイン。
 紺生地に襟足から伸びた赤髪が映え、琥珀の瞳が鋭く光る。

 ルドがセルシティの姿を確認したあと、その隣にいる黒髪の女性を見た。
 思わずルドと目があった黒髪の女性は持っていた扇子で顔を隠して背を向ける。
 一直線に小走りでやってきたルドが満面の笑顔で声を呼びかけた。

「ししょ……」

 黒髪の女性は素早く扇子を閉じてルドの口に突っ込む。と同時に、セルシティが右手でルドの顔面を覆うと全体重をかけて床に押し付けた。







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