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第一章・無自覚編〜出遭い

子爵による傲慢な治療依頼(11/23追加)

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 明らかに嫌がるクリスにテオが説明する。

クリスの・・・・治療魔法がどんなものか見せたらいい。それでルドが拒否するなら、他の治療師に教育係をしてもらう」

 クリスはちらりとルドに視線を向けた。わくわくと期待に満ちた目。この目がいつまで続くか。

「……分かった」

 渋々承諾したクリスはニコに言った。

「私の屋敷に連絡してカリストに標準治療の道具一式を持って、オニオン子爵の所へ来るように伝えてくれ。私はこのまま行くから馬車の準備を頼む」
「オンディビエラ子爵です。伝達と馬車の手配をしてきます」

 律儀に最後まで訂正したニコが駆け足で事務室へ戻る。
 ルドがクリスに訊ねた。

「師匠は名前を覚える気がないのですか?」
「長い名前が悪い……って、その師匠とは、なんだ?」
「治療魔法を教えていただくので、師匠になりますよね?」

 当然のように言い切るルドにクリスは頭を抱える。
 そこへルドが真剣に忠告してきた。

「それより、名を覚えられないのであれば、本人の前では言わないほうがいいです。姓は位を表しますから、有力者になればなるほど誇りを持っています。その姓を間違えることは、侮辱と同じです」
「それぐらい、知っている。それより、師匠呼びを止めろ」
「では、なんと呼べば?」
「好きにしろ」
「なら、師匠で」

 クリスはルドを睨んだ。漫才のような掛け合いにテオが笑う。

「さっさと行ってこい。帰りが遅くなるぞ」
「……そうだな。とりあえず、オーク子爵のところに行くか」
「わざと間違えていません?」
「そんなことはない。オと子爵は合っているだろ?」
「それしか合っていませんが」
「十分だ」

 クリスは苦笑いのテオに見送られ、ルドとともに治療院研究所の馬車に乗り移動した。



 街の中を馬車が走る。周囲には競うように飾られた貴族の屋敷の庭。屋敷はその遥か奥にある。

 馬車が高くそびえる門の前で停車した。御者が門番に治療院研究所から来たことを伝えると、すぐ馬車ごと通された。
 そのまま庭を走り抜け馬車が屋敷の前で止まる。

 馬車から降りたクリスを白髪交じりの執事が出迎えた。

「クリスティアヌス様、お待ちしておりました」
「治療を希望しているのは誰だ? どういう状態だ?」

 執事が無言でクリスの後ろにいるルドに視線を向ける。その視線の意味を悟ったクリスは説明をした。

「こいつは見習い治療師で、私から治療魔法を学んでいる」
「そうでしたか。治療を希望されているのはイレナお嬢様です。こちらへどうぞ」

 屋敷に入るとずらりと並んだ使用人が一斉に頭を下げた。全員、奴隷の証である首輪を付けている。
 廊下には華美に飾られた装飾品。しかし、クリスとルドは興味を示すことなく応接間に入った。

 部屋に誰もいないことにクリスの声が一段低くなる。

「治療希望者はどこだ? 緊急だというから来たのに、誰もいないとは、どういうことだ?」
「すぐに参りますので、お待ち下さい」

 執事が部屋から立ち去ると、代わりに中年男が入ってきた。相当栄養状態が良いらしく、腹だけでなく四肢にもしっかりと脂肪がついている。後ろに控えているメイドが棒のように見えるほど。

「ようこそクリス様。こんなに早く来ていただけるとは……」
「治療を希望しているのは、貴殿か?」

 執事から治療希望者はお嬢様と聞いた気がするが。
 クリスは再び不機嫌な顔となったが、まったく気づかない中年男が自分の話を続ける。

「治療師の最高位であるクリス様に我が家に来て頂けるなんて喜ばしいかぎりです。それも我が家名と……」
「帰る」

 クリスは踵を返し、ドアへ歩きだす。突然の行動にルドと中年男が慌てた。

「し、師匠!?」
「いきなりどうされました!? 出迎えた時になにか失礼をしましたか? 出迎えたのは誰だ!」

 中年男の怒鳴り声にメイドが小さくなる。メイドが答えるより先にクリスは言った。

「失礼なのは貴様だ。いきなり呼び出しておいて人の話は聞かない、問いには答えない。こんな無礼な扱いを受けるために来たのではない」
「な!? そんな勝手が許されると思っているのか! いくら治療院に寄付していると……」
「名が知られていない貴様の寄付など、たかが知れている。まさか寄付しているという理由で、あんな横柄な態度をとっていたのか? ならば、とんだお門違いだな」

 呆れたように言うクリスとは反対に中年男の顔がどんどん赤くなる。そこにノック音が響いた。

「失礼します。クリスティアヌス様の執事が到着しました」

 ドアが開きカバンを持った青年が入る。この国では珍しい艶やかな黒髪に漆黒の瞳。優雅に微笑んだ顔は魅力的で。
 中年男が今までの怒りを忘れ、思わず見惚れる。

「カリスト、帰るぞ」
「はい」

 優秀な執事は理由も聞かずに主の言葉に頭を下げて道を開けた。そこで中年男が我に返る。

「ま、待て! その執事は?」
「私の執事だが、それがどうした?」

 中年男がカリストを頭から足先までじっとりと見つめた。珍しい玩具を見つけた子どものように顔が輝く。

 中年男が興奮を抑えながらクリスに訊ねた。

「いくらだ?」
「は?」
「その執事だ。いくらでも払う。いくらで売る?」

 カリストを買う気満々になっている中年男にクリスの深緑の瞳から色が消える。
 冷めた顔になったクリスは淡々と答えた。

「金などいらない。いくらでもあるからな」
「では、物でどうだ? 欲しいものがあれば、なんでもやるぞ」

 必死に食い下がる中年男にクリスは考える素振りをする。

「そうだな、どうしても欲しいというのであれば……」

 クリスは口角だけを上げ、感情のない声で言った。






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