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(12)また二人で
しおりを挟む「全く。女なのに顔に傷なんか作りやがって」
文句を垂れながら、マーゴの額の傷に軽いキスをする。
すると、じんわりとそこに熱が集まって、痛みが引いていった。
リオンの治療魔法だ。ただの、治療魔法。そこに何の意味もない。
わかっているのに。
「ちょっと、砂だらけだから! 汚いからやめて!」
マーゴは、真っ赤な顔でリオンの胸を押した。
「他に怪我は?」
「な、ないわよ!」
「嘘だ。手怪我してんだろ。出せ」
「このくらい、ポーションかけときゃ治るから!」
「……出せ」
「わっ! やめっ!」
リオンは、マーゴが後ろ手に隠した手を引っつかんで口元へと運ぶ。
今日は運悪く、拳を保護する防具をつけていなかった。
相手が服の下に防刃鎧を身につけていたこともあって、叩きつけた手の甲の皮が見事にずる剥けている。
チュッチュッと音を立てて、リオンが手の甲や指先にキスを落としていくと、たちまち痛みが引いて傷が塞がっていく。
この治療方法だけは未だに慣れなくてマーゴは、さっき以上の熱が顔に集まってくるのを感じた。
「大体ね、何で治療魔法だけキスなの?! 何か納得いかないんだけど?!」
「仕方ねぇだろ、俺の治療魔法はこうしないと発動しないんだから」
(本当でしょうね? わざとやってるってことないわよね?)
魔法のことがよくわからないマーゴから見ても、彼が優秀な魔術師であることは疑いようがない。
だが、雹の塊や風刃なんか、無詠唱かつ指先一つで操れるような魔術師様が、治療魔法の発動だけキスしなければいけないとかあり得るのだろうか。
じとっとしたマーゴの視線にも動じず、淡々と治療作業のキスを終えたリオンが呟いた。
「よし。あいつら、跡形もなく燃やしとくか」
「ばっ……バカじゃないの?! そんなことしたら私たちの方がお尋ね者になっちゃうわよ! 犯罪者はちゃんとギルドに引き渡さなきゃ! それと、そこの彼は私を助けてくれた人だから、彼も治療してあげて!」
マーゴは、倒れ伏したままピクリとも動かないルシウスをビシッと指差して言った。
そういえば、リオンがマーゴ以外に治療魔法を使ったところを見たことがない。
相手が男だった場合はどうするのだろう。ふと興味が湧いた。
「え、誰?」
「……悪魔竜の討伐一緒に行った人なんだって。あんたがパーティー抜けたら、代わりに一緒にやらないかって誘われたの」
「は? 抜ける? 何で?」
リオンの声が一段低くなった気がして、慌ててマーゴは話を逸らした。
「いや、だって……そ、そんなことどうでもいいから、とにかく早く治療してあげてよ」
「……」
リオンは無言で懐から小さな瓶を取り出すと、中の液体を上からバシャバシャと振りかけた。
「な……っ! 何してるの?! 治療魔法かけるんじゃないの?」
「野郎にキスするような趣味はないからな。このくらいの傷、ポーションでもかけときゃ治るよ」
(いや、そうかもだけど! でも、やっぱり、キスしないと治療魔法が発動しないのは本当なのね)
これからもあの、恥ずかしい治療魔法を受けないといけないのかと思うと、何だか落ち着かない気持ちになる。
できるだけ怪我はしない方向でいこう。
マーゴはそっと心に誓った。
「マーゴは女なんだからさ、傷が残ると困るだろ?」
「う、うん……まぁ、そうね」
「それより、さっき俺がパーティーを抜けるとか言ってなかったか?」
「え、えーっと……そ、そういえば、あんた今日お城のパーティーとやらに呼ばれてたんじゃなかったの? なのにこんなに早く帰って来ちゃって平気なの? 王様にご褒美もらうって聞いたんだけど?」
「平気じゃなかった」
「へ?」
「何か呼び出されてさ。討伐の褒美に貴族にしてやるから王女と結婚しろって言われた。冗談キツイだろ?」
「ええっ! 王女様と?! それってすごいことじゃない?!」
妄想上の出来事が実際に起きていたと知って、マーゴは興奮した。
「それでそれで? 結婚することにしたの?!」
「するかよ。勝手に婚約したことにされたから、破棄してきてやった」
「王女様相手に婚約破棄してきたの?! そんなことして大丈夫なの?!」
「大丈夫じゃないかもな?」
リオンはニヤッと笑う。
普段は小憎らしいと思うはずの表情に、マーゴの心臓が小さく跳ねた。
「なっ……何で断ったりしたのっ? この前、そろそろ落ち着きたいとか言ってたじゃない! 王女様と結婚すれば貴族にもなれるし、あんたが望んでた安定した生活が手に入るんでしょう?」
「はぁ……俺が落ち着きたいのはだな、誰とでもいいわけじゃなくて! ……まぁいいよ。さっき盛大な婚約破棄をやらかしてきたからな。多分今頃俺は、王国軍のお尋ね者になってるだろうな。この国から逃げるぞ」
「へ? 婚約破棄で王国軍のお尋ね者だなんて、あんた、一体何してきたのよ?!」
「んー? 色々とだよ。大体さぁ、俺は婚約を断って帰ろうとしただけなのにだよ? 行く手を遮る方が悪いだろ? 多少吹っ飛ばされても文句は言えないはずだ。まぁ、新しい魔法試せたのはよかったけどさ。とにかく、俺は冒険者を引退するつもりはまだねぇからな! 行くぞ、マーゴ!」
「……はぁ。仕方ないわね。付き合ってあげるから、さっきの貸しはチャラにしなさいよ?」
マーゴは苦笑しながら、差し出されたリオンの手を取った。
誰を吹っ飛ばしたの? とは怖くて聞けなかった。
こいつなら国王を吹っ飛ばしていたとしてもおかしくないし、驚かない。
また、二人で旅ができるのかと思ったら、知らずマーゴの口角が上がっていた。
新しい発見だ。
この幼なじみとまだ旅を続けられることを、案外自分は喜んでいるらしい。
「あ、ちょっと待って」
マーゴは、地面に倒れて完全に気を失っている男たちの懐をゴソゴソと探った。
「これは盗みじゃないわ。慰謝料をもらうだけ。乙女の心を傷つけた罪は重いのよ」
罪悪感軽減のために自分に言い聞かせる。
「素人劇場の鑑賞料の取り立てじゃなくて?」
「うるさいっ! 演技の才能がないのはもう十分わかったわよ!」
もう二度とナターシャの真似はすまい。
マーゴはそれも心に誓った。
そして、男の懐からジャラジャラと音の鳴る皮袋を見つけて、自分の荷物に放り込んだ。
「そうじゃなくて、こいつらにオーク女って呼ばれたのよ! 私の繊細な乙女心はズタズタなんだから!」
「オーク女……ぷっ!」
「……笑ったわね? あんたも出しなさいよ慰謝料!!」
「はあ? ばっかじゃねぇの? 払うわけねぇだろ!」
気を失っている男たちを一箇所に集めたリオンは、どこからか取り出したロープでぐるぐる巻きにした。
依然として気を失ったままのルシウスを肩に担ぐと、マーゴに背を向ける。
その背中がいつになく頼もしく見えて、マーゴはゴシゴシと目をこすった。
「何してんだよ。とっとと行くぞ!」
「あ、うん!」
砂埃の舞う路地裏を後にした二人は、それっきり振り返りはしなかった、
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