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(55)光の……
しおりを挟む──プッシュゥゥゥゥゥゥゥ──!
白い気体が、彼女の口腔や、鼻腔や耳からもわもわと溢れ出してきた。
言っておくが、これは決していじめなどではない。
(やば。一缶使い切っちゃったかも)
煙が薄れていくとともに、彼女からの抵抗も止んでいった。
相変わらず白目を剥いてはいるが。
「リア」
完全に殺虫剤の噴出も止まり、彼女の動きが止まってから、俺は胸元をポンポンと叩いた。
「うう……狭かった」
不満げに出てきたのはリアだ。眉をしかめて口を尖らせている。
「せっかく入れてやったんだから文句言うなよな。それより、殺虫剤のおかげで動きが止まったんだけど、その何とかって虫は退治できたっぽいか?」
「う……ん……そうじゃなぁ。変な気配は消えておるし、植え付けられた人中蠱は恐らく死んだと思われる。殺虫剤というのは本当に恐ろしいものだな。お前、絶対わらわには向けるなよ?」
「ふむ」
俺は、未だに離していなかった黒い剣を、彼女の手からもぎ取った。
「もう操られることはない?」
「ああ。人中蠱は寄生した人間の身体に、血管を通して糸のようなものを張り巡らせて操る秘術じゃ。虫そのものが機能を停止してしまえば、操られることはないが……宿主の無事は保証しかねるな」
「まぁ、何とか生きてはいるみたいだな」
俺は彼女の胸に耳を当てながら答えた。
微かに鼓動の音が聞こえるから、死んではいない。
「はぁ……全く。人騒がせもいいとこだよな」
リアの言う事を信用しない訳ではないけれど、また何か新たな問題か起きて暴れ出したらかなわないから、以前課長に分けて貰った結束バンドで、彼女の両手を後ろ手に縛った。
彼女が持っている時には、禍々しく感じた黒い剣だったが、今は急速にその黒い光を失ってしまったように、沈黙している。
「この剣どうすりゃいいんだ? ああ、そうだリア。この部屋に、さっきと同じような変な文字が書いてあって……って、もう読んでるのか」
俺が言わなくてもリアは勝手に飛んでいって、怪しい台座の上にちょこんと座っていた。
「メケマリ、フォトゥルヴ、グアテマァヤ、シリヌテス、デデリゲヴォンド……」
相変わらず発音が意味不明な、宇宙語のような何かを呟きながら、台座に刻まれた文字を何とか解読しようとしているようだった。
「大丈夫かね?」
「カオリさん、生きてますか?」
そこへぞろぞろと課長たちがやってきた。
どうやら、なかなか戻らない俺たちを心配してきてくれたらしい。
「あ、ああ、大丈夫っす。そうだ、メイシア。カオリさんに意識が戻ったら、水飲ませてやって」
「はぁい」
コクコクと頷きながら、メイシアはカオリさんの頬をつついていた。
「あっ、その剣! 没収したんですね! 見せてくださいよ。気になってたんです。材質は何ですかね?」
九重が嬉々として近づいてくる。
「材質……異世界なんだから、それっぽいなんかじゃね?」
「それっぽいって、先輩……」
いや、可哀想な人見るような目でこっち見るなよ。
「だから、ミスリルとかアダマンタイトとかオリハルコンとか……?」
「ふぅん、なるほどです。でも、黒い材質ってあったかな?」
まぁ、俺は課長の持ってるタングステン製名刺入れの方が気になるけどな。そういえばまだ見せてもらってない。
俺は九重に、黒い剣を手渡した。
「おおっ! 軽っ! めっちゃ軽いじゃないですか! この軽さならさっきのスピードで振り回せるの納得ですね~!」
「お、おい、九重……!」
「えっ?」
剣を抜き身のまま振り回してる九重に、注意しようと思った瞬間、その刀身が光りだした。
「あっ! 何?! どういうことですか?!」
「光ってる……」
九重の構えた剣の刀身が白く光りだしたのだ。
俺は呆然とその様を見る。
台座に気を取られていたはずの課長もリアも、こっちを見た。
光は徐々に強くなっていき、やがて──。
「眩しい!」
直視できないほど強い光が発せられた。
目をつぶると、まぶたの裏が焼けつくように赤くなる。
割と狭い部屋の中がたちまち光の洪水で溢れかえった。
◇◇◇
どれくらいそうしていただろうか。
気がつくともう、光の氾濫は収まっていた。
まぶたを開いてもまだチカチカするような感覚が離れなかった。
九重は呆然と立ちすくんでいて、その手からは握っていたはずの剣が消えていた。
「何が起きたんだ……」
俺は、フラフラとする足取りで九重に近づいて肩を揺すった。
「お、おい、九重! 大丈夫か?!」
「……あ、先輩……何で僕、泣いて……」
呆然としていた九重はハッと我を取り戻して、俺の顔を見上げた。
言葉通り、頬には二筋の涙の跡がついていたから、ゴシゴシと袖口で拭いてやる。
汚いかもだけど、ハンカチ持ってないんだよ。
「なぁんで泣いてんだよ」
「わ、分からなくて……何か懐かしくて温かいものがこみ上げてきて、気がついたら──……」
「そうか──ところで、剣はどこへ行ったんだ?」
九重の手にも、床にも、見当たらない。
俺がキョロキョロしていると、九重は自分の胸に手を当てた。
「多分、ここです」
「は?」
「僕の──多分剣は、僕の中に入っちゃいました」
「…………」
はぁぁぁぁぁぁあああ──っ?!
──────────
更新遅くなってすみません。なかなか筆が進まずでした(汗)
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