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(53)飛ばしてる課長

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 広間には風が渦巻いていた。
 その風を巻き起こしていたのは、激しく動き回る二つの影。
 何故か課長が白銀に輝く剣を手に、駆け回って……え?

 対峙しているのはカオリさんだ……え?

 二人は、何だかものすごい勢いで移動しながら、剣を混じえているようだ。氷の上なのに。

 石像の周囲で細かい氷の粒がキラキラと舞っている。

 床の氷、そのうち砕けそうだな。

「なぁ、九重……」

 視力2.0の俺だけど、動体視力はそこまでよくないんだよね。
 もしかしてあれ、課長とカオリさんじゃなくて、何かの自然現象なんじゃないかな?

「大丈夫です、先輩。僕の目にも同じものが見えます」

 目を見開いて皿のようにした九重が、こちらを振り向かずに即肯定する。

 ちなみにメイシアは邪魔にならないように広間の隅にいて、でかくなったウメコが彼女を守るかのようにその前に立ちはだかっていた。
 リアは──そこにはいない。

「あやつは人間じゃないようだの」

 いつの間にか俺の耳元で囁く声がした。

「うわっ! ちょっ、いきなりしゃべったらびっくりするだろが!」

「問題ない」

「俺には大問題なんだよ! ところで、人間じゃないってどっちが?」

 俺たちがそんなやり取りをしている間も、課長たちは激しく剣と剣をぶつけ合っていた。
 カオリさんが持っているのは黒っぽい色をした剣で。多分さっきの部屋から抜いてきたものだろうな、と思う。
 カオリさんが正面から突き出す剣先を、素早く半身ずらして避け、同時に握っている剣の柄を彼女の懐に叩き込もうとする課長。
 でも、彼女は後ろにすっと身を引いて、また課長に斬りかかる。

 ほんと何で滑らないんだ、あの人たち? スパイクでも履いてんの?
 いや、滑ってはいるのか? しかしその滑りさえも動きの一部のようで、彼らの剣戟が演技めいている。

 はっきり言って両方人間じゃない、と思う。
 そういえば、課長は剣道七段とか言ってたっけ。

「いやいやいや」

 どう見てもあれ、剣道じゃないな。実践向けの剣術。あんなの平和な日本のどこで教えてるんだよ……。

「ま、どっちもと言いたいところだが。特にあっちはさっきまでとは違うおかしな気配がする」

 リアが指さしたのは、カオリさんの方だった。

「おかしな気配?」

「ああ。さっきあいつはここへ戻ってくるなりメイシアに剣を向けた。それに反応した課長殿が応戦した訳だが」

 なるほど。

「空間収納よりあの剣を素早く出して、あの女を弾き飛ばしおった」
「何でメイシアが狙われたんだ」
「それは恐らく聖女だからだろう」
「でも、あいつ聖女クビになったんだろ?」
「人間としての聖女職はな。本来聖女というのは職業ではなく性質じゃからな。わらわがモスキュリアであるのと同じことよ」
「でも、聖女だからってあの人に襲われるようなことあるんですか?」
「そうだな……まぁ、例の魔神教絡みだとすれば、聖女の血を祭壇に捧げるとかくらいだと思うが」

「げっ、マジか」

 魔神教、ロクでもねぇな?!

 その間にも、二人のやり取りは激しくなっていて。

「まずいな」

 リアが呟いて、俺も頷いた。九重が首を傾げる。

「何がまずいんですか? 今のところ負けそうにない感じですけど、課長」

 確かに、相手の繰り出す剣先を見事に捌いている課長。
 だけど、この世界に来た時の盗賊相手と同じだ。
 相手を斬らずに無力化しようとしているんだ。

 それに対して、カオリさんの方は殺す気で斬りかかっている。
 しかも、何発か課長のいいパンチやチョップが鳩尾とか、延髄辺りに入っているというのに、怯む気配がない。
 あれは確実に──。

「操られておるようだな。そんな気配はしなかったのだが」

 もう、あれだよあれ!
 不死の軍団みたいなやつ。操られていて痛みとか感じないやつ。怖いわ。

「なぁ、リアがちゃっちゃと血を吸えばいいんじゃないか?」
「さすがにあのスピードで動いているやつの血を吸うのは無理じゃ」
「じゃあ、例の毒とか」
「あれに効くと思うか?」

 ──ドゴォォォッッッ!

 課長の強烈な当身を食らって、カオリさんは吹っ飛んで、そのまま、氷の壁に直撃した。
 さすがにやりすぎなんじゃ……と思ったけど、課長の顔には一切の余裕がなかった。

「あの課長が、手加減できないほどなのか」

 しかも、氷の壁がえぐれるほどの勢いでぶつかったというのに、カオリさんだかもうよくわかんないやつは起き上がった。

「ゾンビかな? 毒は効かなそうだな」
「いや、ゾンビよりひどいですね、あれは。しかも、あれだけの衝撃を受けて、ビクともしないなんて──ひょっとしてあの服が強化スーツなのでは……」

 ありゃ特撮っぽいけど特撮じゃねぇよ。

「九重は何かやってないの? 剣道とか柔道とか空手とか」
「えっ……僕、荒事はちょっと不得意で」
「ま、そっか。じゃあ留守番だな」
「えっ? 先輩、まさか課長に加勢するつもりですか? 自ら死亡フラグに頭ツッコミに行くんですか?」
「課長も若いように見えて歳だからさ、労わってあげないとな」

 俺が見る限り、ちょっと課長の息が切れてきてるんだよね。

「俺もなるべく殺したくないんだけどな。死んでも死ななさそうで怖いわ。リア、何かいい案ないか?」
「ふむ……ここからじゃちょっと遠くてよくわからん。やつの近くに近寄れれば、何かわかるかもしれんの」
「近寄ればいいのか?」
「ああ」
「じゃあ、ここへ入れ」

 俺は襟元をグイッと引っ張って、小人一人分くらいのスペースを開けた。

「先輩……ほんとに大丈夫ですか?」

 九重が心配そうに上目がちに見てくる。

「だ、大丈夫だよ。心配すんな」

 いや、大丈夫じゃないです。主に俺の心臓が。
 仕方がない。顔がものすごく好みなんだから。

「じゃ、じゃあ、無事にお前の元へ戻ったら、一つだけ願いを聞いて欲しい」

 おい、待て。俺はいったい何を言い出すんだ?
 しかもそれって──。

「先輩、変なところで死亡フラグ立てないでくださいよ!」

 ホントそれな!


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