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(46)つるつる
しおりを挟む通路の奥へ辿り着いた俺たちは、一様に無言だった。
というか、メイシアは目の大きさが二倍くらいになってるし、九重は口が半開きのまま固まってるし、俺はこの凄すぎる光景に、ちょっと武者震いしてた。
俺たちの前に現れたのは一面の氷の町、だったのだ。
通路の先は広い空間になっていて、この遺跡の天井は見えない。かといって空があるわけではないが。
そして、建物がひしめき合っていた。トレジャーハント系の映画とかよく見かける地底都市、というやつだろうか。
俺たちの目の前のそれには、確かな文明の痕跡を感じる。
それもこれも、全て分厚い氷に覆われているようだったけれど。
「なんなんだ、ここは──……?」
とりあえず、俺が全員の気持ちを代弁してみる。
ほら、俺今のところ一番年長っぽいし。リアの年齢は知らんけど。
でもこれで、さっきまで通路に充満していた冷気の原因は明らかになった。
この空間のもの全てが凍っているから、その冷気が流れてきたのだ。
「全部、凍っちゃってますねぇ」
我に戻った九重が、手を額に当ててその光景を見渡しながら言った。
人間らしき姿は見えない。
建物と建物の間にある道路の上にも、五センチほどの氷が覆いかぶさっていて、まるでスケートリンクのようだ。
建物は言わずもがな凍っていて──まるで町全体が大きな氷塊に閉じ込められているかのようだった。
カローの町もそうだったけど、着いた先の町の様子が普通じゃない。本当に何なんだ、この異世界は。
──わふっ!!!
「お、おい、ウメコ?!」
突然、ウメコが大きくひと吠えして駆けだした。
俺は、すぐさま後を追おうとして──諦めた。
何故なら、地面がつるっつるに滑るからだ。さっきスケートリンクに例えたけれど、これは底のすり減ったスニーカーに太刀打ちできる代物じゃない。
踏み出した右足を氷に持ってかれそうになった俺は、すんでのところで無様な転倒の回避に成功した。
要するに転ばずに済んだってこと!
「ふぅ~あっぶねぇーっ!」
「つるっつるですね。走るな危険だ」
「わぉーっ! つるつるですねー!」
メイシアはあえて勢いをつけて氷の上に乗り、すい~っと優雅に移動している。
順応早いな。若さか?
ここから町がある程度見渡せたことから察するに、この街の形状は、中央部へ向かってなだらかなすり鉢状の底になっている。
だから、凍ってる道路に足を踏み出すと、転んだり何かにぶつかったり掴まったりして止まるまで、町の中央へ向かって滑り続けるのだ。
「幽霊じゃなくて残念でしたね」
「ああ、本当に……って残念なわけないだろ。むしろホッとしてるよ! いや、それでも全然油断できないけどな?」
「こんなことなら、スパイクシューズとか、スケートシューズとかも持ってこればよかったですねぇ。まさかそんなものが必要になる場面が来るとは思わなかったので」
「そりゃ当たり前だ。ラノベの主人公だって、スパイクシューズとスケートシューズ持って異世界へ来るやついないだろ」
「ま、そうですね! そういえばもう、ウメコちゃん見えなくなっちゃいましたね! 課長の匂いでも発見したんですかね? 僕たちも行きますか?」
駆け出していったウメコの姿は、確かにもう見えなくなっていた。まぁ、あいつ耳もいいから、呼んだら多分戻ってくるとは思うんだけど。
ちなみに、リアは俺の襟元に入ったまま、さっきから爆睡している。すぴーすぴーぷひゅーって寝息が聞こえてくる。
「そうだな、行くか。転んだら助けてくれよ?」
冗談めかして言うと、九重はニヤッと笑って、俺に右手を差し出した。
「そんなに心配なら、僕が連れて行ってあげますよ、先輩。ほら、手を貸してください!」
「え、あ、ちょっと?!」
ぐいっと引かれる。
柔らかく小さめの手が、俺の左手を包み込んで。
──ドキッ。
(え……ドキ? いやいやいやいや! 中身男だから! 九重は、男だからな──?!)
自分に言い聞かせるも、何だか落ち着かなくなってきた。
一瞬、中身が男でもいいんじゃないかと思ってしまうほど、今の九重の外見が好みどストライクなのが悪い。
柔らかそうな茶色の猫っ毛に、少しタレ目がちでクリクリとした瞳……元々、ゴールデンレトリバーみたいなやつだと思っていたけど、女になったらちょっとアメリカンコッカースパニエルっぽくなったんだよね。
何が言いたいかと言うと、本当に可愛い。見た目が。
やばい。自分でも何言ってるかわかんなくなってきたわ。
これはきっと、この世界に来てからまともな女を見ていなかったせいに違いない。
目の毒だから、あんまり見すぎないように気をつけよう、うん。
そして、彼が早く元の姿に戻れるように、最大限の協力をここに誓おう。
結局、落ち着かないまま、俺は九重と一緒に氷の上に足を踏み出したのだった。
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