上 下
54 / 68

挿話 一方その頃の課長④

しおりを挟む



「あのぉ、すみません」

 いつの間にか、通路の向こうから誰かがやってきていた。我を忘れて踊っていたため、気づけなかったようだ。

「……こほん。何かご用ですか?」

 踊っていたところを見られたかもしれないと思うと、ちょっと決まりが悪くて思わず空咳で誤魔化してしまった。

「か、鏡とかお持ちじゃないですか?」

 女性は、おずおずとこちらへ近づいてきた。

「ふむ……少々お待ちください」

 五島は、ポケットに手を突っ込んだ。
 これは、ごく最近覚えた小技だ。上手くやるとポケットの中が空間収納となる。

 その中からお目当ての鏡を取り出して、女性に渡した。

「ありがとうございます」

 女性はどこかぎこちなく笑うと、鏡を受け取った。
 ついでに五島は、懐中電灯で彼女の手元あたりを照らしてやる。
 その時初めて女性の様子を詳しく見ることができたが、茶髪の彼女はクリクリとした目で、鏡をガン見していた。

「……げっ。やっぱりか。なんかおかしいと思った。ここで自分のTS展開とか誰得だっつーの」

 女性の口から、似つかわしくない低い声が漏れた。

「……どうかしましたか?」

 五島が話しかけると、彼女はハッとして愛想笑いを張りつけた。

「いっ、いいえ~! ありがとうございましたぁ!」

 えへへ~と笑いながら五島に鏡を返す彼女。

「あ、あのぉ、お願いがあるんですけどぉ……一人じゃ心細いから一緒にいてもらえませんかぁ?」

「ええ、どうぞ。ですが、今から仲間を探すために移動しようと思っていたのですが、構いませんか?」

「はいっ! 大丈夫です! あ、わたし、かかかカオリって言います!」

 女性は軽く会釈をしながら、五島に握手を求めてきた。

「おや、私の名前はカオルなんですよ。近いですねぇ!」

 五島も、にこやかに握手を返す。

「え、ええ……そうですね!」

 そう答える彼女の視線は、五島の胸に固定されていた。
 五島が動く度にふよんふよんと揺れるその物体✕2が、気になって仕方ないらしい。

 五島はそれに気付かないふりをして、宣言通り歩き出した。

 ──チリー……ン。チリー…ン。

「あのぉ、さっきから鳴ってるその鈴ってぇ、いったい何なんですかぁ?」

「ああ、これははぐれた仲間と会うためのツールというか……鳴らしながら歩けば、この音を聞いた仲間が気づいてくれるんじゃないかと思ってるんですよ。カオリさんはお一人なんですか?」

「あ、ああ~えっとぉ……わたしもお友だちが一緒だったんですけど、ちょっとはぐれたって言うかぁ……? だから、一緒に行きましょっ! ねっ?」

 グイッと後ろに引っ張られ、何かと思うと、女性は唐突に腕を絡めてきた。

「は、はぁ……」

(若者の距離感はわからんな)

 まとわりつかれていては、歩きづらいことこの上ないが、仕方がない。
 それに、ついぞなかった、女性に頼られるというこの状況もなかなか悪くないかもしれない。

「くそっ……せっかく綺麗なお姉さんと会ったってのに、これじゃ口説くに口説けないじゃないか。チッ!」

 女性は、何やらモゴモゴ呟いているようだったが、五島の耳にまでは届かなかった。





「カオリさん、これ持ってちょっと下がってください」

「えっ?!」

 突然立ち止まった五島が、手にしていた懐中電灯を彼女に渡し、背後にかばうように前へ出た。
 どこに隠していたのか、いつの間にか長い棒を持っている──まぁ、空間収納からだしただけなのだが。
 袖をキュッキュッとまくし上げると、前方を睨めつける五島。

(何かが来る)

 懐中電灯が照らすのは、さっきまでも今も、変わらずただの闇である。
 しかし五島は、異質な気配を感じ取っていた。

 ──コツ、コツ、コツ……コツ。

 二人がゴクリ、と唾を飲み込むと、音は手前で止まった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

処理中です...