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挿話 一方その頃の課長④
しおりを挟む「あのぉ、すみません」
いつの間にか、通路の向こうから誰かがやってきていた。我を忘れて踊っていたため、気づけなかったようだ。
「……こほん。何かご用ですか?」
踊っていたところを見られたかもしれないと思うと、ちょっと決まりが悪くて思わず空咳で誤魔化してしまった。
「か、鏡とかお持ちじゃないですか?」
女性は、おずおずとこちらへ近づいてきた。
「ふむ……少々お待ちください」
五島は、ポケットに手を突っ込んだ。
これは、ごく最近覚えた小技だ。上手くやるとポケットの中が空間収納となる。
その中からお目当ての鏡を取り出して、女性に渡した。
「ありがとうございます」
女性はどこかぎこちなく笑うと、鏡を受け取った。
ついでに五島は、懐中電灯で彼女の手元あたりを照らしてやる。
その時初めて女性の様子を詳しく見ることができたが、茶髪の彼女はクリクリとした目で、鏡をガン見していた。
「……げっ。やっぱりか。なんかおかしいと思った。ここで自分のTS展開とか誰得だっつーの」
女性の口から、似つかわしくない低い声が漏れた。
「……どうかしましたか?」
五島が話しかけると、彼女はハッとして愛想笑いを張りつけた。
「いっ、いいえ~! ありがとうございましたぁ!」
えへへ~と笑いながら五島に鏡を返す彼女。
「あ、あのぉ、お願いがあるんですけどぉ……一人じゃ心細いから一緒にいてもらえませんかぁ?」
「ええ、どうぞ。ですが、今から仲間を探すために移動しようと思っていたのですが、構いませんか?」
「はいっ! 大丈夫です! あ、わたし、かかかカオリって言います!」
女性は軽く会釈をしながら、五島に握手を求めてきた。
「おや、私の名前はカオルなんですよ。近いですねぇ!」
五島も、にこやかに握手を返す。
「え、ええ……そうですね!」
そう答える彼女の視線は、五島の胸に固定されていた。
五島が動く度にふよんふよんと揺れるその物体✕2が、気になって仕方ないらしい。
五島はそれに気付かないふりをして、宣言通り歩き出した。
──チリー……ン。チリー…ン。
「あのぉ、さっきから鳴ってるその鈴ってぇ、いったい何なんですかぁ?」
「ああ、これははぐれた仲間と会うためのツールというか……鳴らしながら歩けば、この音を聞いた仲間が気づいてくれるんじゃないかと思ってるんですよ。カオリさんはお一人なんですか?」
「あ、ああ~えっとぉ……わたしもお友だちが一緒だったんですけど、ちょっとはぐれたって言うかぁ……? だから、一緒に行きましょっ! ねっ?」
グイッと後ろに引っ張られ、何かと思うと、女性は唐突に腕を絡めてきた。
「は、はぁ……」
(若者の距離感はわからんな)
まとわりつかれていては、歩きづらいことこの上ないが、仕方がない。
それに、ついぞなかった、女性に頼られるというこの状況もなかなか悪くないかもしれない。
「くそっ……せっかく綺麗なお姉さんと会ったってのに、これじゃ口説くに口説けないじゃないか。チッ!」
女性は、何やらモゴモゴ呟いているようだったが、五島の耳にまでは届かなかった。
「カオリさん、これ持ってちょっと下がってください」
「えっ?!」
突然立ち止まった五島が、手にしていた懐中電灯を彼女に渡し、背後にかばうように前へ出た。
どこに隠していたのか、いつの間にか長い棒を持っている──まぁ、空間収納からだしただけなのだが。
袖をキュッキュッとまくし上げると、前方を睨めつける五島。
(何かが来る)
懐中電灯が照らすのは、さっきまでも今も、変わらずただの闇である。
しかし五島は、異質な気配を感じ取っていた。
──コツ、コツ、コツ……コツ。
二人がゴクリ、と唾を飲み込むと、音は手前で止まった。
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