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挿話 一方その頃の課長①

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五島薫ゴトウカオル──それが課長の名前です。
──────────



「カオル! これがこの町の見取り図だ!」

 それを持って来たのは、ここカローの町の副町長マイルズだった。

「ああ、ありがとうございます」

「しかし、カオル、本当に殺虫剤を使わなくても解決できるのかね?」

 短時間で一気に打ち解けた二人は、『カオル』『マイルズ』と呼び合う仲になっていた。

「恐らく大丈夫ですよ。私が考える通りなら……ですがね。まぁ、地図地理検定博士の資格を持つ私にお任せ下さい」

「はぁ……」

 五島は机の上に地図を広げ、町の南と北にある扉のようなマークを注視する。

(やはりな──)

「マイルズ、この町には水門が二箇所ありますね?」

「水門……?」

 怪訝そうなマイルズの顔が、ゆっくりと五島へ向けられた。
 五島は扉のマークを指さしながら言う。

「ええ、水門です。この町の南と北に──……」

「あ、ああ……確かにある、はずだ……が……いや、あっただろうか……?」

 しかし、混乱するような彼の声に、眉をひそめる。

「マイルズ……?」

「うっ……ううっ……わからない!」
 
 マイルズは突然、頭を押えてうずくまった。

「大丈夫ですか、マイルズ?!」

 五島はマイルズへ駆け寄った。

(副町長が水門のことを知らないわけがない。これは……記憶喪失のようなものか……? いや、催眠術? どちらにしろ洗脳されている)

 マイルズの視線が上に行こうとする度、まぶたがピクッピクッと細かく痙攣している。
 これは、何かを思い出そうとしているのにできないという、彼のサインだろう。
 思い出す寸前で、記憶が遮断されてしまうのだろう。これ以上は危険だ。

 そう判断した五島は、彼に肩を貸して椅子に座らせた。

「いいですか、ゆっくり息を吸って……吐いて……大丈夫ですから落ち着いてください」

 低く、穏やかな声で語りかける。

 人は混乱に陥った時、不安から呼吸が浅くなり動悸が早くなり、時には過呼吸などを引き起こしてしまうことがある。できればそんな事態は避けたい。

 しばらくすると、マイルズは落ち着いた。

「ああ、すまない。少し取り乱したようだ」

(水門のことを今の彼に聞くのはやはり危険だな)

 それに今、川の調査に行っている近江なら、もしかするとそのことに気づいているかもしれない。

 そんなことを考えていると──。

「課長! 課長! 近江先輩が課長を呼んでくれって言ってます!」

 近江と一緒に川の水質調査に行ったはずの九重が、叫びながら部屋に飛び込んできたのだった。



◇◇◇



 五島が外へ出ると、外は薄暗かった。

 まだ夜ではないはずなのに、と空を見上げると黒い雲が覆っている。

(雨の兆しだろうか……いや、空気に湿り気がない。あれは雨雲ではない)

 雨雲と呼ばれる乱層雲であれば、地上の空気も重たく湿っているはずだ。
 雨雲は、雲の中の水蒸気の粒が大きく、多くて太陽の光を通しづらいため、地上から見ると黒く見えるのだ。
 そして空気中の水蒸気の量が限界に達すると、雨となり地上に降り注ぐと言われている。

 しかし、今はその前兆である湿気が感じられない。





 九重に連れられて、町の中心を通る川までやってくると、近江からのメモに黒っぽい重石が置かれていた。

 その石を見た瞬間、五島の身体に電気のようなものが走る。

(この石には何かある──!)

 それは、近江の勘と同じような種類のものではあるが、五島にはもっと具体的に感じるものがあった。

(気操術師の免許をもつ私の勘が告げている──)

 いや、やはり勘らしい。

 気操術というのは、気功術に似て非なるものであり、その名の通り気を操る術だ。

 気功術で操るのは体内の気だが、気操術で操るのは大気中の気。
 操ることのできる気は、基本的に五行に基づき木気・火気・土気・金気・水気の五つだ。

 ちなみに五島は、日本気操術協会のオンラインレッスンにて免許を取得した。
 テキストが三十万くらいしたので、初めは詐欺かとも思ったのだが、実際に気を操ることができるようになったため、それは思い過ごしだったようだ。

 もっとも、気操術を会得したと言っても、元の世界ではほとんど使い道がなく。
 人の家の庭の枯れそうな花に水気を使って水をやったりだとか、冷えきってしまった使い捨てカイロに金気を使って復活させるくらいしか、使用したことはないのだが。

(どうやらこの石には、相当な邪気が封じ込められているようだな。石に宿った邪気のせいで川の流れが妨げられているようだ。そして、この事態を解決できるのは……)

「メイシアくん、やはり君しかいないようだ!」

「ふぇっ?! ど、どういうことですか? 課長さん?!」

「確か君は、元聖女だと言ったね。この石を浄化することはできるかね?」

 五島がたどり着いた結論は、奇しくも近江の勘と同じものだった。
 近江が残した禍々しいその石を、メイシアに手渡した。
 メイシアは石を受け取ると、ハッとした表情を浮かべて頷いた。

「はい、わたしなんかでお役に立てるのならば!やらせて頂きます! いえ、むしろやらせてください!!」

「よし、頼んだぞ」

「任せてください!」

 それから、五島は九重とウメコを振り返った。

「川の下流には水門があるはずだ。君たちはその水門の扉を開けに行きたまえ」

「え……っ? あ、はい! 了解しました!」

 ──わふわふっ! わふぅ?

 ウメコは九重につられて返事をしたものの、何を言われたか理解できなかったのか首を傾げた。可愛い。

「いいから、行きましょう、ウメコちゃん!」

 九重が駆け出すとウメコは、遊んでくれるのだと思って追いかける。

 まぁいい。これで下流の水門は大丈夫だろう。

 九重だけだと、この世界独自のおかしな現象に巻き込まれた際に少し不安があるが、ウメコが一緒ならば何とかなる。

 何故かそんな気がしたのだった。









──────────
*異世界豆知識……この話に出てくる課長の資格や免許に関してです。実際に存在するものもありますが、大体のものが作者の都合の良いように改変されています。そして、フィクションですので、存在しない資格や免許などもわらわらと出てきます。ご了承ください。

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