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(27)水門の攻防に課長は不在②
しおりを挟む俺の相棒ヘドロ付き清掃棒は、モスキュリアの一撃を受けて、木っ端微塵に砕けてしまった。
裂ける、とかじゃなくて粉々……。
でも、俺にはこの相棒を攻める気は全くない。
ただの清掃用の木の棒なのに、金属の棒相手によくここまでもったものだ。
むしろ、その健闘を称えたい所存。
しかし、木の棒が砕け散る瞬間を見たモスキュリアは、それはそれは嬉しそうに笑った。
「ほう……もうわらわに抗うための武器もなくなったな。よくぞそんな脆い木の棒一本でわらわに抗ったものよな。特別にお前は、今この場で跪いて命乞いをすれば、命だけは助けてやらんでもないぞ?」
「いや、クレーム対応以外で土下座とか無理なんで」
ま、俺の土下座は安いけどね?
取引相手に土下座しろって言われたら、すぐにしちゃうもんね。プライド? 何それ美味しいの?
俺は冷めた目で彼女を見やる。そんな俺の視線に気づいた彼女は、ニイッと口角を上げた。
「そろそろ効いてきた頃だろう、傲慢な人間よ」
「効いてきた? 一体何を言って…………はっ!」
あらら?
身体が、動かない……!
「わらわたちが、血を吸うばかりの生き物だと思うなよ? 吸血するのが容易いのと同じように、血中に異物を注入することもまた容易いのじゃ! あははははっ!」
そうか!
こいつと戦っている時に、やたらと小さい蚊にまとわりつかれていたんだよな。
何匹かの蚊には刺されたんだけど、少しくらい実害ないと思って放っておいたんだ。
あれは、吸血していたんじゃなくて何らかの物質を注入していたのか──! 不覚だった。
奴らが注入した異物というのは、痺れ薬のようなものなのだろう。
最初は指先だけだった痺れが、全身に広がってジンジンしている。
俺、ひょっとして大ピンチ?!
「おお、いいのぅ……その、悔しそうな顔! あははははっ!」
愉快そうに笑うモスキュリアは、鉄の棒先で俺の頬をなぞった。
「……っ!!!」
その切っ先は鋭いナイフのようになっていたようで、頬がザクッと切れて血が滴り落ちる。
──ペロッ。
彼女は棒先についた俺の血を、その赤い舌で舐めとった。
「……ふむ。なかなか美味い血じゃな」
いや、蚊に褒められても嬉しくも何ともないんだけど?
(でも、こっちも、もうそろそろだと思うんだけど……)
お願い! 俺、課長のこと信じてますから!
「な、何だ……これは……どうしたというのか……お前の血のせいなのか……? いや違う! お前、わらわに何をしたのだっ?!!!」
余裕の笑みを浮かべていたモスキュリアの表情が、突然くもり始めた。
どうやら、間に合ったみたいだ。
「力が……! わらわの力が抜けていく……っ!! お前、一体何をしたっ?!!」
「……別に何も……あ、いや。やっぱりしたかもな?」
別に、俺の血が特別製なわけでもなんでもない。
ただ、その時がきたってだけだ。
(きっとメイシアが頑張ってくれたんだな……後で取っておいた俺の分のプリンでもやるか)
水門へ来る前、いたずらに川底をグリグリしてた俺は、ヘドロの底から大きめの石を一つ拾った。
一見、ヘドロまみれの何の変哲もない石のように見えて放り捨てようとしたが、何かが引っかかってやめた。
ヘドロを拭き取ってみると、それは全体的に黒く濁った色で、中で何かがうじゃうじゃ動いているように見える奇妙な石だった。
明らかにおかしな気配がする。
そして、最も重要なことには、俺の勘が告げていたのだ──この川の異変の原因がその石だと。
いくら水門を閉じて川の水を滞留させたとしても、わずか一ヶ月ばかりではあんなことにはならないだろう。
生活排水やプランクトンの死骸などが固まってできるヘドロ。膝までの深さのヘドロが溜まり、急激に水質が悪くなったのは、他に何らかの要因があるからに違いない。
俺が、その要因と睨んだのがあの黒い石だった。
元の世界ならオカルトのような話だけれど、ここは異世界だ。俺たちの予想もつかないことが起こりうる。
よって、俺はその石とメモとこの水門の場所を課長宛に残して、九重に課長を呼びに行かせたのだ。
多分、課長なら俺の意図を正確に読み取ってくれると信じて。
恐らくだが、あの石はこの川の守り神のようなものなのだと思う。
普段はあの石がこの川を浄化し、この街の清浄さを保っていたのだろう。
しかし、逆に川をせき止められて汚染されることで、このモスキュリアの力の源になってしまっていたのだ。
だからきっと、水と相性のいいメイシアの聖女の力で浄化できるんじゃないかと、俺は考えた。
結果、大当たりだったらしいな。
モスキュリアの力が弱まったということは、メイシアがあの石を浄化しているということだ。
「ああ……わらわの力が……そんな……失われていくなんて……」
モスキュリアの姿が、不安定に揺らいでいる。
力を失って、人型を維持できなくなってきたというところだろうか。
そして……モスキュリアさん?
ショックなのはわかるんだけど、俺に背を向けてていいのかな?
(……隙ありっ!)
──ダッ!
「……な……に……っ?!!」
実を言うと、痺れてはいたけど全く動けないわけじゃなかった。
力を振り絞れば何とか部屋の端まで走るくらいは、そして水門のハンドルを回すくらいの力は残っているのだ。
「ぐ……っ!」
──ギ……ギ、ギギィィィ────ッ!
壁際にたどり着いた俺は、渾身の力を込めてハンドルを目いっぱい回す。
「おのれ! このままで済ませるものか! お前も道連れにしてやる──!」
振り返ると、鉄の棒を構えたモスキュリアが俺に向かって突っ込んでくるところだった。
鋭い棒先は、真っ直ぐ俺の眉間に向かっている。
あれが刺さったら、即死なんだろうと思う。
「死ねぇ────────っ!!!!」
だけどもう、一歩も動けない。
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