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(18)課長のbot疑惑(おにぎりに限る)
しおりを挟む翌日の朝、やっとウメコが戻ってきた。
それも、やたらデカい鳥の足をくわえて引きずりながらだ……牛一頭分くらいの大きさないか、その鳥?!
一晩姿を見ないと思ったら、狩りをしてたのか。
ちなみにウメコを初めて見たメイシアは、ビビりまくってさっと俺の背に隠れた。
ウメコはチラッとメイシアを見たものの、昨日のことがトラウマにでもなっているのか、自分から彼女に近寄ろうとはしなかった。
「……やたらでかい鳥だな」
ウメコはそいつをそっと課長の足元に置き、伏せのポーズをとった。
「おお、ウメコでかしたぞ! とり肉は上質なタンパク質を得るにはもってこいだからな」
わしゃわしゃと課長がウメコの額を撫で、ウメコは気持ちよさげに目を細めた。
──わふっ!
充分撫でて貰ったと思ったのだろう。しばらくするとウメコは、地面の獲物を再びくわえて今度は九重の前に運んだ。
「え……っ?」
待て待て待て──ウメコは何がやりたいんだ?
「僕も撫でろってことですかね? ウメコちゃんお手柄だったね」
──わふわふ!
九重がニコニコしながらウメコを撫でる。満足そうなウメコ。
ウメコが再び鳥を口にくわえる。
「あ、まさか……」
次は俺の番、か。
果たしてウメコは獲物を俺の前にも運んで、撫で撫でをねだっていつかのように手に額を押し付けてきた。
何だコイツ、可愛いか?!
全員に褒めて貰おうとするなんて──人間だったら承認欲求の塊だな。まぁ、ウメコは人間じゃないから、不快感は微塵も湧かないが。
コイツ、見た目はフェンリルでも中身は犬だからなぁ……。
しかし犬なら犬で、群れのリーダーに褒めてもらえばいいはずなのだが。異世界のフェンリルは、どうやらそれだけでは満足できない模様。
とりあえず、俺がこの群れで最下位扱いということはよくわかった。うん。
泣いてない。泣いてないんだから! 目から出てるのはただの汗だから!
もっと驚いたのが、メイシアの髪色だった。
俺たちは茶髪だと思ってたんだよね。
だって、明らかに茶色だったもの!
しかし。
水浴びを終えた彼女の髪が、何と透けるような綺麗な『青』だったのだ。目も青かったけど。
「歩いてたら水たまりにハマって泥んこになったところに、上から鳥のフンが降ってきて、草の上で寝てたら野良犬におしっこかけられて……えへへ」
薄汚れた茶髪だと思ってたその茶色は、全部汚れだったらしい……うへぇ。
異世界の汚れ、半端ねぇな!
そして、青髪がそこら辺を歩いて息をしてるだなんて、さすが異世界サマサマです。
元の世界では非現実的な、青髪を見られたことに大変満足。
青髪なんて、アニメの実写化映画とかコスプレくらいでしか見たことないからな。
そういやゴブリンも見たし。俺、チートとかないみたいだし、もう帰ってもいいんじゃないか?
あ、ちなみに彼女の水浴びは、魔法で彼女自身が出した水で行われたのだが。
魔法だよ、魔法!
何もないはずの空間から突然水が生まれてくるその様子は、なんというか……現実感がとても薄かった。
まるで、よくできたマジックショーでもみているかのようだった。いや……彼女の指先から水が出るその様子は、マジックショーというよりまるで……水芸?
魔法を目の当たりにした課長のテンションは、爆上がりでおひねりでも投げそうな勢いだったけど。
この世界では、青と言えば一番水と親和性が高い色だと言われているらしい。
そして青い髪と瞳を持つ彼女も、その例に漏れず水魔法が得意なのだそうだ。
更に言うと、何故か聖職者には水属性と親和性の高い人間が多いらしい。
ただ、彼らは瞳が青かったりすることがほとんどで、メイシアのように髪まで青いのは珍しいそうだ。
ふむ……髪まで青いのは親和性がかなり高いということなのだろう。
「聖職者というのは職業なの?」
「うーん……職業というか称号のようなものだと思います」
なるほど。職業だからじゃなくて、称号が聖職者だから聖職者と呼ばれるってことか。
ちなみに神殿とか教会って聞くと、むこあの世界で読んだ小説の弊害で光魔法かと思ってしまうが、光属性の人間は今のところ確認されていないらしい。
孤児院出身のメイシアは、十二の時にギルドで冒険者登録を行った際、聖女の称号を持っていることが判明した。そのまま神殿に連れてこられて、それから六年間ずっと神殿暮らしだったとの事。
青髪の聖女、神殿ではそう呼ばれていたらしい。
印象的な青髪に透き通るように白い肌が彼女を儚げに見せていて──信仰心なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺の目にも、結構神秘的に映る。
実物は容姿よりも胃袋に神秘を秘めた少女だが。
聖女として有能だったかはわからないが、神殿にいる頃はさぞかし注目の的だったに違いない。この爆食癖さえなければ、きっと追い出されることもなかったんだろうな。
「あー……聖女様って何をするんだ?」
「えっと……普段は朝から晩まで祈りの間でのお祈りですかね。後は、地方の神殿への巡業と、治療とか解呪とか祝福とか、でふっ! もごっもごっ……」
最後は食欲に逆らえなかった彼女が、分厚い焼き鳥を口に放り込んだため、語尾が若干不明瞭になった。
今朝ウメコが取ってきたでかい鳥は課長によって解体されて、今、現在進行形でみんなのお腹に収まっている。
結論から言うと、鳥はめっちゃ美味かった!
紫とショッキングピンクの羽根で彩られた鳥の死体は、趣味が悪い親戚のおばちゃんの洋服みたいだったし、毒々しくて食べても美味しくなさそうだったんだけど、中身は全然イメージしてたのと違ったんだ。
何故か九重は、俺が切望していた焼肉のタレ……のシーズニングを持っていたので、一口大に切った肉にそいつをパラパラとふり掛けて焼くと、ヨダレが出るほど香ばしい匂いが辺りに漂う。
俺は焼く係だったんだけど、つまみ食いしたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
ま、焼いている間中、一人と一匹が張り付いてたから、しようと思っても無理だったんだけど。むしろつまみ食いを防ぐ側というか。
俺が理性で抑制しているヨダレを恥ずかしげもなくだだ漏れにしながら、その一人と一匹は食い入るように肉を見つめていた。
肉が焼き上がったので、各々の皿に入れてキャンプ用のテーブルへと運んだ。
ちなみにこのテーブルも九重の所持品。
俺たちが向こうの世界で最後にしていたのは避難訓練だったはずなんだけど……次々と奴の空間収納から出てくるキャンプ用品に対して、いちいち突っ込むのはもうやめた。
俺の精神の安寧のためには仕方ないのだ。もう、コイツも課長と同じ扱いでいいだろう。
焼き鳥は本当に美味かった。大したものを食べたことはないが、オレの人生の中では間違いなく一番の焼き鳥だった。
焼肉のタレが少し焦げているが、それがかえって香ばしさをひきたてている。
分厚い肉に歯を立てるとパリッと音がして、ジュワッと肉汁が溢れだしてくる。
イノシシの肉とは違う風味だが、ほのかに甘みとコクを感じられる。外側はタレのふりかけが焼けてパリッとした食感がするし、中身は弾力がありながらもしっとりしている。
イノシシとは違って脂身がない分、あっさりしていていくらでも食べられそうだ。
「うっまっ!」
俺たちは無言で焼き鳥を堪能した。特にウメコとメイシアは競うようにして、焼いてる途中の生焼けの肉まで口に放り込んでいる……ウメコはともかく、メイシアはお腹壊すんじゃないか?
鶏刺しとかあるくらいだし、新鮮なとり肉なら無問題? いや、この世界にはカンピロバクターとかいないのかも。
それに、あの人たちいつ噛んでるんだろうか?
丸呑み? ねぇ、丸呑みなの?
それにしても神殿は、改めて聞いてもやはりブラックな職場だな。朝から晩までお祈りさせた上、一日一食なんて……九重のセリフじゃないけど完全に労基法違反だよ。ま、この世界に労基法があるかなんて知らないが。
「おいひい! おいひい!」
──わふわふっ!
「お前ら、食べながらしゃべるのやめなさい。しっかし、よく食うな……」
「若いっていいですね……僕なんか見てるだけでおなかいっぱいです……」
「はっはっはっ! 二人とも育ち盛りなんだな! もっと食べなさい。おにぎりもまだあるぞ!」
「オカワリ!」
──わふっ!
何気に課長はわんこそば入れる人みたいに、甲斐甲斐しく二人におにぎり握って渡したりしてる……って、あの人、俺の上司だったわ!
俺の方がまったりしてる場合じゃないよね?!
「か、課長! こいつらのおにぎりは俺が握りますんで、課長は座ってお茶でも飲んでてください! うわっちっ!!」
飯ごうから出した米を触った瞬間、痛みに似た熱さが指先に走って、俺は思わず手を引っ込めた。
炊きたての米の熱さを舐めてたよ。熱すぎでしょ。
触れん……。
慌てて、火傷した指にふーっと息をふきかけた。
「これでも私はおにぎり技能検定特級なんだよ。任せたまえ」
さっさかさっさかと、熱々の炊きたての米を素早く握っていく課長。ロボットのような正確な作業、そして動きが早過ぎて手元が全く見えない……。
あっという間に積み上がっていくおにぎりタワー。
「うまっ! はふはふ! うまっ! はふはふ!」
──わふ! はふはふ! わふ! はふはふ!
そして、あっという間に消えていくおにぎりタワー……。
フェンリルは一口でも仕方ないかなと思うけど、年頃の女子がおにぎり一口ってどうなの?!
──────────
*カンピロバクター……食肉処理の関係で鶏、豚、牛肉などの表面についている、お腹痛くなる細菌。とり肉食べる時は十分に加熱しましょう。きちんと加熱すれば大丈夫。
*おむすびとおにぎりは何が違うのか……あなたはどっち派?
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