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挿話(2)カケルとユキ

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「ねぇ、柴崎さん……」

「何かな、ユウカちゃん?」

「本当に課長たちを置いてきちゃっても大丈夫だったんでしょうか?」

 不安そうにそう尋ねる、ユウカ。
 カケルは肩を揉む手を止めて彼女の横に座った。

「心配ないって。王女サマも後で騎士隊を向かわせるって言ってたじゃん! それに、どっちみち全員は馬車に乗れなかったし、仕方ないよ」

 馬車は四人乗りだったのだ。
 王女、負傷した兵士を載せるとしたら、残る定員は二名だった。

「どっちか一人を置き去りにするより安心でしょ?」

 だから、ね?

 と、カケルはユウカに言い聞かせる。

「でも……非常用のリュックまで持ってきてしまって……」

「……」

 彼女が何を後悔しているのか、カケルにはわからなかった。

 後悔の要素なんてどこにもないはずだ。
 もうあのリュックは処分してしまったので手元にはないが。仮にまだ処分していなかったとしても、あんな役立たずのユキなんかより、カケルの方がずっと有効に使えるのだから。

「それに私たち、一体どうなっちゃうんでしょうね……も、もう日本には帰れないのかな……ぐすっ」

「ちっ」

(すぐ泣く女は嫌いなんだよな)

 聞こえないように舌打ちをした。

 説明が面倒なので、ユウカにはここが外国のような場所だと言ってあった。

 異世界転生や転移なんていうラノベ読者前提の話が、それらと接点のない普通の人間に通じるはずがない。

 カケルだって、ユキから取り上げた小説(もちろんラノベ)を気晴らしに読んでいなければ、知らないままだっただろう。
 
 読んだ小説がたまたま面白いものだったので、それからしばらくWEB小説を読み漁ったりしたが。たまに疑問というか不満を感じることがあった。
 過激な復讐劇以外のラノベの主人公たちは、せっかくチートな能力を手に入れても、大抵が自ら望んでスローライフしたり、すぐに人助けに使ってしまう。
 馬鹿にしたヤツらを見返したり、ざまぁするところまではそれなりに楽しいが、何だか物足りない。

(悪役も間抜け過ぎるしな)

 読者が叩きやすいように、わざと間抜けな悪役を登場させていることも多いらしいが。

(オレならもっと上手くやるのに)

「大丈夫。心配しなくてもいいよ。何があってもユウカちゃんのことは、オレが絶対守るから!」

(使い道があるうちは、ね)

 カケルは本心を押し殺してニコッと笑った。

 その言葉は、心細いユウカには覿面だったようで、瞳をうるませてカケルを見つめるユウカの顔が、若干赤くなっている。
 多分もう、ユキたちを置いてけぼりにしたこととか、生命線であるはずのリュックを奪ったことのような、些細なことなんて吹っ飛んでしまったに違いない。

「柴崎さん……」

「カケルって呼んでよ」

「……カケル?」

「そう。ユウカちゃんは特別だからね」

 カケルが見つめたまま目を細めると、彼女の顔はますます赤くなった。

 真っ赤になった彼女の頬に手を添えて上を向かせるとカケルは、薄桃色の唇に軽いキスを落とした。
 彼女はすでにうっとりとした顔で、離れていくカケルを見つめている。

(まぁ、成果は上々だな)

 矢城ユウカもカケルのものになったと知ったら、ユキはどんな顔をするだろうか……?

 想像するだけで、カケルは込み上げてくる笑みをこらえきれなかった。

 さっき捨てておくように指示したリュックを思い返しても、中に残っていたのは缶詰や水だけだった。思ったより大したものは入ってなかったが、それでもないとなればユキたちは困るに違いない。

 頼みの綱の非常用リュックもなく。
 見知らぬ異世界で森に置き去りにされ。
 好きになった女も奪われて。

 今頃、どんな絶望の表情を浮かべているだろうか?

(見たいなぁ……もしあいつが生きていれば、だけどね)

 城まで馬車に揺られる道すがら、王女に聞いたところによると、あの森は弱いながらも魔獣が出るらしい。
 それが本当ならば、彼らはもう生きてはいないかもしれない。

 小さな頃から恵まれた環境でのほほんと育っていた再従兄弟の顔を思い浮かべ、ほくそ笑む。
 オレより弱いくせに──そしてカケルは、そう独りごちた。

 オウミユキ……ユキでも女みたいな名前だな、と思ったが、ミユキって呼んでみたらもっと女みたいになった。
 幼い頃は名前だけじゃなくて見た目も女みたいだったが。
 顔もタレ目で優しげな女顔だったし、身体付きもひょろっとしていていかにも弱そうだった。

 見た目だけじゃなく中身も、カケルがついてなきゃ何にも出来ない愚図。
 それがユキだった。

 それなのに、カケルよりいいおもちゃを与えられて、新しいボールも買ってもらえて、優しい家族がいて──幸せそうにしているユキはずるい。
 きっと神様は自分と間違えて与えてるのだろう。
 だから、自分のものを取り返して何が悪い?
 愚図には愚図の場所があるじゃないか。

 人間は、幼くても大人でも。
 男でも女でも。
 善人も悪人も。
 皆、少しばかりの不満を抱えて生きている。

 その不満と不安をちょいと煽ってやるのだ。
 例えば「ユキがまた、新しいおもちゃを買ってもらっていたようだ」「オレ以外のやつとはあまりしゃべりたくないらしい」「〇〇ちゃんがユキの事を気に入ってるらしい」など。どれも不確実で不確定で、一つ一つは悪意のあるセリフではない。
 けれど、それらを告げる相手やタイミング次第で、普段我慢を強いられている貧乏な家のやつに囁けば羨むようになるし、少しでも友達になろうと思っていたやつの足を遠ざけることもできるし、男ばかりの遊び仲間から総スカンを食らうように持っていくことができる。
 そうして皆、自ずと弱いユキを標的にしていじめだした。
 イライラするからいじめる。気に触るからいじめる。そこに正当性のある理由なんかない。

 いわゆるスケープゴートってやつだ。

 その様子が本当に……本当に、おかしくて仕方がなかった。

 彼らを見ていれば、普段どんなにえらぶってる人間でも、聖人のように思われている人間でも、一皮剥けば同じ醜い人間だということがよくわかる。

 それなのに、彼らは自分の醜い姿を見ないように必死なのだ。
 だから、自分がユキをいじめるのはユキが悪いからだと思い込み、ますますいじめる。

 だが、いじめがエスカレートする一歩手前で、カケルが割って入れば大事にはならないし、何よりユキからの無条件な信頼が得られた。
 何とも言えない優越感に浸れたし、ユキからの搾取がより容易くなる。

 それでも、やはり成長するにつれて、ユキも何かがおかしい事に気づき始めたらしい。
 カケルに大切な物を貸したり、一緒に遊んだりする時間が少なくなっていく。

 面白くないカケルは、今度はユキの好きな人に手を出してみた。
 女たちは皆、少し甘い言葉を囁けば、みんな面白いようにコロッとカケルに転んでくれる。
 ユキが思いを寄せた相手を奪うのは、そう難しいことではなかった。

 つまらない。
 どれもつまらない女だった。
 手に入った途端、カケルは興味を失った。
 こんな女を好きになるなんて、全くユキは見る目がない。

 そうこうしているうちにユキは、遠くへ離れていってしまった。

 その頃には、随分カケルを警戒して近づかないようになっていたので、彼の情報は人伝で入手することが多かった。その情報でも地元の大学に進学するという話だから安心していたのに。
 けれど、どうやってかカケルの知らないうちに、ユキは地方の大学を受けていたのだ。

 ユキのいない大学時代はつまらなかった。

 それなりに女遊びもやったけれど、ユキの女を寝取るよりゾクゾクしたことなんかなかった。
 どの女とも長続きはしなかった。

 同じ会社になったのは偶然だったと、単純なユキは思っているだろうが違う。
 カケルが裏から手を回して、ユキの就職情報を手に入れていたのだ。

 もう大学の時のような失敗はしたくなかったから。

 やはりおもちゃは、目の届くところにあってこそ、だから。



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