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(15)俺を慰める課長
しおりを挟む「そう落ち込むな、近江くん」
「そうですよ、先輩! 空間収納なんか使えなくても先輩は先輩ですから!」
「お、おう……ありがとな……」
彼らの言葉からもわかるように、二人に使えた空間収納が俺は使えなかった。
課長が投げた鯖缶は空中に消えて、コツを掴んだらしい課長。
自分が背負っていたリュックとか、俺が背負ってたリュックとかをまとめて空間収納に放り込んだ。
すかさず、俺が二人と同じことを試したのは言うまでもない。
だって、憧れの空間収納だぞ?
しかし、投げたツナ缶は空間にではなく、そのまま薮の向こうに消えた。半泣きで拾いに行くはめになった。
「もしかすると、そのうちレベルとかが上がったりして覚醒するかもしれませんし。ね?」
九重がガックリ項垂れた俺の肩を、ポンポンと叩いてくる。本当に良い奴だなお前。
それにしても、空間収納なんてチートスキルの使用が可能ということは、柴崎の言ってたことも急速に現実味を帯びてくる。
どんな形かはわからないけれど、鑑定スキルも存在するかもしれないってことだ。
ちなみに九重にも聞いてみたが、彼には鑑定スキルのようなものは使えないそうだ。
恥を忍んで課長にも「ステータスオープン」って唱えてもらったけど、残念ながら何も起こらなかった。
『勇者』
別に柴崎が本当に鑑定スキルを持っていようと、俺がスキルなしだろうと関係ないが、あの言葉だけが引っかかっている。
鑑定スキルで視たというのならば……本当に奴が勇者なのだろうか?
いつも口先三寸で相手を煙に巻くようなことばかりしている柴崎だが、意外なことに嘘はあんまりついたことがなかったように思う。
嘘は必ずバレるからと言って。
あれが嘘じゃないのなら、奴が本当に勇者なのだろう。
どこか胸がモヤモヤするのは、嫉妬……だろうか。
それが、自分が欲していて得られなかったものだから。
いや、欲して得られなかったものはそれだけじゃないな。
空間収納だって、ものすごく欲しかった!
あのスキルがあれば身軽に冒険とかできるしな?
この世界で運送業みたいなことだってできるかもしれない。
まぁ、いつまでもないものねだりをしていても仕方がない。
気持ちは切り替えないと。
そう思いつつも俺は、正体のわからない胸騒ぎをなかなか抑えられずにいた。
◇◇◇
九重と出会った後、森から出るのは簡単だった。
何故なら、水源を探した時に見つけた澄んだ泉の側で、例の事件で逃げ出した馬が二頭ウロウロしていたのを課長が捕まえたからだった。
ゴブリンとかの餌食になっていなかったのが不思議なくらいだったが、九重も襲われたことはないと言っていたし、俺の運が相当悪かっただけかもしれない。
とにかく、馬が手に入った俺たちはそれに乗って森を抜けることにしたのだった。
馬の方も心細かったのか自ら手綱を握って欲しいと言わんばかりに俺たちに擦り寄ってきた。
幸いにもこの二頭は、護衛のために兵士たちが乗ってきた馬らしく、手綱も鞍もそのままだった。
馬が二頭。俺たちは三人と一匹。
「……」
まぁ、こうなるのは仕方がない。
というわけで俺は、一日ぶりにウメコの口先にぶら下がっている、なう。
何故ならば。俺には乗馬スキルがないからだ。
生まれながらのお坊ちゃまである九重に乗馬の心得があるのは納得だが、まさか課長が乗馬まで嗜んでいるとは思わなかったぜ。
いや、今までの経過からすればこれも必然か。
諦めてウメコに運んでもらうことにした俺。
本当は、ラノベの主人公たちみたいにフェンリルであるウメコの背中に乗れればよかったんだろうけど、実際のところ手綱も鞍もない獣にまたがるのは至難の業だ。
十メートルほど先で振り落とされる未来しか見えない。
よって、この形へ収まったというわけだ。
元からシャツは昨日のあれで既に穴あきだし。
グラグラ揺れて気持ちが悪くなるデメリットさえ除けば、これ程早い移動手段はないだろう。
颯爽と森の中を駆け抜けるウメコの後を、二人が馬に乗って追う形で俺たちは、あっという間に森の外へ辿り着いたのだった。
いや、森の中でさ迷っていた苦労よ……本当に。
後、森を出てから課長のスキル(?)がもう一つ判明した。
矯正視力が半端なくいいのだ。
俺、裸眼で2.0なんだけど、課長の分厚い眼鏡はそれを優に超えるらしい。
「あそこに村か町が見えるな」
だってさ。
いや、全然見えないんですけど? ってな感じで、九重と二人でただの草原にしか見えないそこを超絶目を凝らして見たんだけど、村なんて米粒ほどにも見えなかった。
マジか。レンズは一枚なのに、望遠鏡とか双眼鏡並じゃないか?
俺は掛けたこと無かったから知らなかったんだけど。
すげぇんだな、眼鏡って!
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