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(9)我が心の師は課長?

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 俺と課長は、朝ごはんに昨日のボタン肉の残りを焼いた串と、鯖の缶詰とアルファ米で作ったおにぎりを食べた。

 温かいご飯が食べたかったから、焚き火でお湯を沸かして袋に入れて作ったが……これが美味かった。
 しかも、味噌汁付き! 更には食後にお茶まで出てくる贅沢さ。
 もしかしなくても、一人暮らししている時より食生活がよくないか、俺?

「しかし、君も落ち着いているのが意外だな。矢城くんもいなくなっておるし、もう少し取り乱すかと思ったよ」

「そうですか? ははっ……実は、こうなるんじゃないかと俺も思ってたんですよ。俺、カケル……いや、柴崎とは実は親戚であいつは再従兄弟はとこに当たるんですよね……小さい頃は一緒に遊んでたから、あいつの性格は痛いほどよくわかってて……」

 思わずため息が出る。つまりそういうことだ。

 柴崎とは実家が近所同士で、昔はよく一緒に遊んでいた。
 早生まれの俺は身体も小さくてとろかった。『オウミユキ』だから『ミユキちゃん』とからかわれて、よく近所の子たちのいじめの標的にされていた。
 柴崎はそんな俺を庇ってくれることもあり、俺も「カケルくん、カケルくん」と後をついて回っていた。

 久しぶりに地元の仲間と飲んだ時に「もう時効だよな」と教えてくれたんだが、そのいじめも実は裏で柴崎が主導してやらせていたらしい。
 そういえば女の子みたいな名前だといっていじめの原因になった『ミユキ』というあだ名、最初に呼びだしたのはアイツだっけ。

 柴崎はよく頭の回る子供で、俺をいじめていることを決して大人には悟らせなかった。
 周りの大人はむしろ、とろくて手のかかる俺にできた唯一の友だちだと思っていたと思う。
 まぁ、あの頃の俺もそう思ってたし。

『ミユキちゃん、それ新しいボールだよね? 蹴り比べてみたいから、僕のボールと取り替えてよ!』

『その潜水艦、うちのお風呂でも試してみたいから貸して』

『あつしくんが、ミユキちゃん女の子みたいだから一緒に遊ぶの恥ずかしいんだって』

『今度の休み、ヒマだからミユキちゃんち遊びに行ってあげるよ。おやつはケーキがいいなぁ。おばさんに頼んでおいてね』

『新しいゲーム買ってもらったの?ミユキちゃんはいつでもできるんだから、ちょっとだけ貸してよ』

 新しいボールも、おもちゃも、友だちも、ゲームも。

 俺が何か手に入れる度、どこから聞き付けたのか姿を現して奪っていく柴崎。俺も嫌だと言えば柴崎に嫌われると思って、言われるまま渡していた。
 大人になった今は、ヤツは俺から奪いたいだけで返す気なんかない、ということがよくわかるのだが、幼い頃の俺はそんなこと考えもしなかった。
 望んだものを渡しさえすれば、柴崎はずっと友達でいてくれる──そんな風にさえ思っていた。

 けれど、大きくなるにつれて段々と、俺もおかしいと思い始めた。

『リリカちゃんが、お前のこと女の子みたいで気持ち悪いって言ってたぞ』

『ごめんな。サユミちゃんはオレのことが好きなんだって。あいつ、お前の悪口言ってたし、性格悪そうだからお前にはもったいない。オレが付き合ってやるよ』

 ちょうど距離を置き始めた中学の時、好きになった人を目の前で奪われて、とうとう気がついたのだ。
 あいつには悪意しかないことに。
 しかも。
 あいつが奪っていくのはいつも、俺が気に入ってる物だったり好きな物なのだ。

 中学三年になると、俺の方がグンと背が伸びたためか、もう他の同級生からもいじめられることはなくなっていた。
 柴崎のやつとは家が近所だったし、成績も似たり寄ったりだったから、その悪意に気がついたとしても、小中高と同じ学校に通うしかなかった。

 大学進学で思い切り地方の大学を受けることにして、やっと離れられたと思っていたのに。

 まさか卒業してから同じ会社に入ることになるとは思わなかった。しかも同じ営業部希望で。

 まぁ、俺ももうあまり関わりあいになりたくなかったから、なるべく奴とはしゃべらないようにしてたんだが。
 ヤツの方はそんなつもりはサラサラなかったようで、この頃仕事を押し付けてくることが多くなりうんざりしていたところだった。

 今回、置き去りにしてくれて返ってせいせいしたというか、逆にラッキーだったかもしれない。

(アイツの顔を思い出すだけでムカつくからな!)

 新卒で入った会社は割とブラックだったが、配属先が五島課長率いる営業二課だったのだけは不幸中の幸いだった。

 同じ職場で働くことになると柴崎は、案の定俺に不利な噂ばかり振りまき始めた。
 お互いに悪口を吹き込んで人間関係にヒビを入れようとしてきたり、自分の仕事のミスを陰で押し付けてこようとしたり──しかし、その度に課長が柴崎を呼び出して注意してくれていた。

 きっと、柴崎はそのことも根に持っていて、課長も置き去りにしたんだろうな。

「そういえば、もう上司と部下の関係じゃないんだから課長と呼ばなくていいんだぞ?」

「え……じゃあ、何て呼べば……?」

 え。何このカップル的会話……?

「ゴトウでもカオルでも好きなように……」

「いっ……いや~! 課長は俺の心の課長っすから!  永遠に課長は課長です! あっ、万年課長でいろって意味じゃなくて、その……」

 俺の動揺具合を見て、課長はふっと笑った。

 それ、イケメンがするとかっこいい仕草なやつ!
 課長の見た目は普通のハゲたおっさんなのに。
 やばい。
 俺が女で、更に課長が妻子持ちじゃなかったら、惚れてたかもだわ。

「……はっ!」

 その瞬間、脳内に飛び出し坊やが飛び出してきた!
 うぉっ! 危ねー! 危うく轢くところだったよ。
 
 待って! 変なフラグ立てるの待って!!!
 俺の野望はハーでレムするやつで、ビーでエルするやつじゃないから!

「お、俺! 食器洗ってきますね!」

 昨日の狩猟中に小さな川を見つけたそうで、その場所を教えてもらった。


◇◇


 ──カチャカチャ。

(あー……天気いいな……)

 川面に映るこの世界の空も青い。

 昨日のことさえなければ、まだここが異世界じゃないと夢見ていることもできたのに。

 だけどここは地球ではないし、夢でもない。
 もしもここが、地球上のどこかの森の中ならば、何としてでも帰る方法を見つけようとしただろう。
 そうしてもいいと思えるほどには、元の世界にも愛着がある。
 柴崎の野郎は嫌いだったし、会社はブラックだったけど。

 それにしても本当に憎々しいほどの快晴だった。
 ま、天気には俺の事情なんざ関係ないからな。

 ──カチャカチャ。

 ──ガサガサ。

 ──カチャカチャ。

 ──ガサガサ。

「あれ? か……っ!?」

 ガサゴソ揺れる薮に、課長、と声をかけそうになった口を思わず押さえた。

 いや違う。

 これは課長じゃない。
 俺の勘がそう告げている。

 じゃあ、

 まずい。

 この川は、ちょっと森のひらけた場所にあるのだ。

 それ故に、手近には武器になりそうなものが何もない。

 もう、完全完璧に丸腰だ。

(……ヤバそうなら逃げよう)

 ──ガササッ!

 一際大きく揺れたと思ったら、何かが飛び出してきた。









──────────
*飛び出し坊や=飛び出し注意を促す、子供の姿をした看板。


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