課長と行く異世界の旅〜異世界転移に巻き込まれた課長がチートを発揮している件について。

真辺わ人

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(7)野宿する課長

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 一時間ほど後に戻ってきた課長は、何故かイノシシを担いで、馬を数頭引き連れていた……。

 何があったんだ、いったい?

「迷ってたから連れてきたぞ」

 だってさ。
 意識を取り戻した兵士たちが、ものすごく感謝してた。
 まぁ、馬がいなきゃ折角の馬車も走らせられないもんね。

 ……え?

 馬車は横転してたんじゃないのかって?

 そこはみんなで起こしましたよ。
 柴崎の野郎は「そんなのは勇者の仕事じゃないからな」とか言ってサボってたけどな!
 幸いなことに破損箇所も少なくて、馬さえ繋げばすぐにでも走らせられる状態だった。
 王女はそのまま城へ戻りたかったらしいが、もうすぐ夜になるし、破損した車体での夜間走行は危険だからといって、兵士たちに止められていた。

 

「すっごぉーい! イノシシって美味しいんですね!」

 美味しいものを食べて元気が出たのか、矢城さんにも少し笑顔が戻った。

「……っ!」

 陰で便利な男扱いされていたのに、まだちょっと可愛いとか思ってしまう自分が情けない。

 課長が『ジビエ料理の有資格者』というのは伊達ではないらしく、実に見事な包丁さばきでイノシシを解体した。
 俺だけじゃなくて、兵士たちもその様子を感心しながら眺めていた。
 そうして一口大に切り分けられた薔薇色の肉は、課長のリュックからでてきた鉄串にさしてバーベキューした訳だが……イノシシの肉は臭いのかと思ってた数分前の俺の頭をはたきたい。

「うまっ!」

 イノシシの肉って『牡丹肉』って呼ぶんだっけ?

 ひと噛みすれば溢れ出す肉汁。
 溶け出た脂はコクがあるけれど、豚ほどしつこくも臭みもない。
 課長によると、羊などと同じで若い雌は独特の臭みがあまりないらしい。
 惜しむらくは焼肉のタレがないことかな。
 某有名な青いロボットのポケット並に、何でも出てくる課長の持ち出し袋でも、さすがに焼肉のタレまでは入ってなかった様子。
 まぁ、塩コショウのみでも十分甘味を感じられて美味かったけど。

 兵士たちにも振舞ってなお残った肉は、「自然のめぐみを粗末にしちゃいかん」とか言いながら、課長が薄切りにして干し肉か何かにしようとしているんだが。
 もはや突っ込めばいいのか、課長を手伝えばいいのかわからない俺。



 そんなこんなであっという間に日が暮れて、俺たちはその場所で野宿をすることになってしまった。

 ちなみにならず者たちは、例によって課長がどこかから取り出した結束バンドによって手足を封じてあるから、例え意識が戻ったとしても心配はない。
 俺と課長が到着した時すでに倒れていた兵士たちのほとんどが絶命していたが、数人は比較的軽傷で助かった。
 彼らの傷は、持っていた救急セットで消毒や治療を施した。もちろん課長が。

 何なのこの課長。もう有能すぎるだろ。
 こういうの、なんてったっけ?
 何でもできる完璧超人みたいな人のこと……えーっと、スパダリだっけ?
 妹がそんなことを言ってた気がする。
 えっ?
 外見……は……中肉中背で眼鏡で頭がうっすらとしていて顔は……ごにょごにょ。
 男は顔じゃない! 顔じゃないんだよ!

 俺が課長の有能さを目の当たりにして感動にうち震えている頃、柴崎は必死に王女を口説き落とそうとしていた。
 王女の方も満更じゃないって顔してるんだよねぇ。
 おいおい、隣りの矢城さんの目が怖いよ~気づけよ~。

 そんな彼らのやり取りを見ているうちに、俺も自分の気持ちに整理をつけて、矢城さんとの思い出を(大してないけど!)やっと過去にすることができた。



 それから話し合った結果、たき火の見張りは交代制で、最初に俺と課長が見張りをすることになった。

 その間、矢城さんと柴崎は携帯用寝袋で仮眠をとる。
 王女は馬車で寝て兵士はその護衛をするとのことで、彼女たちは実質俺たちとは別行動のようなものだった。

 夜半過ぎに柴崎たちを起こして火の番を代わる。

(できれば矢城さんが使った方の寝袋がよかったなぁ……)

 柴崎から寝袋を受け取る時に、そんな不純なことを考えながら。
 何だかいつもより興奮している自分がいて、とてもじゃないが寝られない気がした。
 それでも。
 慣れない世界に来て、さすがに肉体的にも精神的にも限界で疲れが溜まっていたに違いない。
 思っていたよりも早く眠気が訪れた。

 夢も見なかった。






 そして迎えた翌朝だったが──。

「……えっ?! マジか……あいつら……」

 俺と課長が仮眠を取っている間に、奴らの姿が綺麗さっぱり消えていた。

 柴崎も、矢城さんも。
 王女も、兵士たちも。
 馬車も、課長が連れ帰ってきた馬も。
 更に、俺の鞄も持ち出し袋もない。

 そこに残されていたのは、冷えきった焚き火の跡だけだった。


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