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(6)狩猟に出かけた課長
しおりを挟む「え……っ? 王女様?!」
素っ頓狂な声を上げたのは柴崎だ。
俺たちが助けた美少女はやはり王女様だったらしい。
「はい。このバークリンド王国の第一王女、アリステラ・バークリンドと申します。どうぞアリステラとお呼びください」
ますますラノベみたいな展開だな。
「あ、オレは柴崎翔ね。アリステラちゃんには、カケルって呼んで欲しいかな。ここはバークリンドって国で、君はこの国のお姫様って認識でオケ? いやぁ、オレたちどうやら別の世界から来ちゃったみたいなんだよね~」
「わ、私は矢城遊花、です。ユウカって呼んでください」
「……近江です」
「別の世界……ですか?」
王女は何故か目を見開いて、柴崎の言葉を反芻した。
「そーそー。別の世界。多分ね。日本っていう国知ってる? アメリカは聞いたことある? イギリスは? ドイツは?」
眉をひそめながら首を横に振る王女。
「やっぱり異世界だな」
この国の名前を、俺たちは知らない。
俺たちの世界の国の名前を、王女は知らない。
ここが異世界だと認めるには、その事実だけで十分だった。まぁ、一億分の一くらいの確率でドッキリという可能性も無きにしも非ず……かな?
すると、何故か王女は嬉しそうに言った。
「異世界からいらっしゃったんですね! あなた方はきっと、神託の勇者様に違いありません! 助けてくださったお礼もしなくてはなりませんし、是非わたくしと一緒に城へ来てください!」
金髪の美少女が、ひしっと柴崎の手を掴んだ。
クソ……あいつだけずるい。
柴崎も二ヘラ~と鼻の下を伸ばしながら矢城さんに睨まれてる。
ちょっと待って。
今、『勇者』って言った?
これまたラノベの定番の、異世界人が勇者ってやつ?
課長が聞いたら喜びそうだ……いや、興味無いふりしてカッコつけようとしてもダメだな。
俺だって今、『勇者』の二文字に心踊ってる。
ところで、その課長はどこなのかというと。
息のあった兵士たちにパパッと応急措置を施した後、何故か「私は狩猟免許とジビエ料理の資格も持っているんだよ。ちょっとおかずをとってくる」と、コンビニでも出かけるような気軽な感じで、さっき森の中へ消えていった。
狩猟ってそもそも素手で出かけるものだった? とか、色々疑問が過ったけど、ただでさえキャパオーバーの俺の脳は、もうそこで課長に関して考えることをやめたらしい。
考えさえしなければ平和だからね。
なので、課長を待つ間、こうして集めた薪に着火マンで火をつけて焚き火をしながら世間話のようなものをしている訳だが。
ここが異世界だというのなら、この世界の情報も手に入れたかった事だし。
できれば俺たちの情報は与えずに相手の情報だけ引き出したかったんだけどね。
さっき、柴崎が異世界人だと言うことを早々にバラしてしまった。
(そもそも、こういう打ち明け話には慎重になるべきなのに! くそっ)
まだ相手が敵か味方かわからない。
それに、異世界人が受け入れられない文化とかだったらどうするつもりだったのだろうか?
「わたくし、実は神託を受けてこの森に現れる勇者様をお迎えに上がったのです!」
「えっ? マジマジ? オレオレ! オレが勇者だよ、アリステラちゃん!」
おいおい。そんな軽い勇者がいるかよ?!
それに、勇者ならチートな能力とかスキルとか持ってるもんだろうが!
俺たちは、転生や転移につきものの神様とかに会ってないんだぞ?
「あの、王女様。失礼ですけど、俺たちはたまたまここに来ちゃったごく普通の会社員で、勇者なんかじゃな──」
「そりゃそうだろ。ミユキちゃんは勇者なんかじゃないからな!」
柴崎は口角を上げて、蔑むような目つきを俺に向けてきた。
余計なことは言うな、とでもいう顔だ。
ミユキちゃんと呼ばれた俺は、自分の顔が怒りと羞恥で赤くなったのがわかった。
俺の名前は近江幸。
オウ、ミユキじゃなくて、オウミ、ユキだ。
冬生まれだから『ユキ』な安直な名前。ちなみに『幸』というのはじーちゃんの初恋の人の名前だそうで。
俺、今でこそ身長は180以上だしごつい身体をしてるけど、小さい頃は身体も細くて顔も女みたいだったんだよね。
そのせいもあってか、よく『ミユキちゃん』と揶揄われたので、下の名前がちょっとばかしコンプレックスだったりする。
文句を言おうにも名付けたご本人は、とうの昔に鬼籍に入っちまってて言えないのだが。
ちなみに妹の名前は夏に生まれたから……もちろん『夏』だ。
「はん! お前は違うかもしれないけれど、オレは『勇者』なんだよ」
(何でそんなに自信を持って言えるんだよ?)
俺は、柴崎の脇腹を突いて、王女に聞こえないようにしゃべった。
「おい、柴崎! 相手はこの世界の王族なんだぞ? もし騙したりなんかしたら──」
「ばーか。騙してなんかないさ。オレは正真正銘『勇者』だからね」
「だから、何でそんな自信もって言えるんだよ?」
「ふん。お前に教えると思うか? ついでに言うと、お前は何の能力もない一般人だぞ? いや、一般的な異世界人か」
どういうことだ?
まさか、柴崎は──……。
「まさか、お前ステータスとかが見えるのか?」
「……」
柴崎は黙ってニヤッと笑うと、俺の言葉には答えなかった。
ステータスが見えるってことは鑑定系の能力を手に入れた?
俺は慌ててその場を離れて木陰に隠れて呟く。
「ステータス」
「ステータスオープン」
しかし、何も起こらない。
「何でだよっ?! ステータス!」
やはり何も起こらない。
「開けゴマ! オープン! オープンザウィンドウ!」
──くくっ。
忍び笑いが聞こえた。
弾けるように顔を上げると、柴崎と目が合った。
──ピロン。
奴が構えていたのは、役立たずのアイテムと化したはずのスマホだった。
「あら、びっくり! 面白いところ撮れちゃったよ!」
(こいつ、まさか、さっきの動画撮って……?)
「ただの会社員でしかないお前に、ステータス画面なんか見えるわけないだろうが。頭おかしくなっちゃった? でもさっきの必死な顔が面白かったから、後でユウカちゃんに見せよっと」
「ちょっ、止めろよ!」
俺がスマホに手を伸ばすと、柴崎はそれをサッと仕舞った。
「彼女たちの前で恥かきたくなきゃオレの言うこと聞けよ? いいか? 王女に聞かれたらあの野盗たちはオレに言われてやっつけたことにしろ」
「はぁ? あいつらは課長と俺……じゃなくてほとんど課長が倒したんだぞ?!」
「しっ! 静かにしろよ。誰かに聞こえたらどうするんだよ! これは提案じゃなくて命令だよ、ミユキちゃん? さっきのだけじゃない。オレは、お前の過去の恥ずかしい画像も色々持ってるんだからな?」
「……脅すってのか?」
「んー? 脅してないよ? 命令だっつったろ? せっかく勇者サマになれそうだから、もう少し箔を付けたいだけなんだよ。賊から王女様を助け出すなんて、王子様みたいだろ? 女を惚れさせるには格好のシチュエーションだからな」
「……」
「まぁ、そう怒るなよ! これはチャンスでもあるんだぞ? 考えてもみろよ。オレたちは何の後ろ盾もないただの異世界人だろ? もしこれで上手くいって、オレが勇者として認められれば、王族の後ろ盾が得られたも同然だぜ? 何をするにしても、だ。この後ろ盾があるかないかで全然違うと思わねぇか?」
「……そ、それは……」
そのニヤついた面は非常に気に食わないが、柴崎の言うことも一理あるんだよな。
非常食もあるとはいえ、リュックの中身はいつまでもつかわからない。
いつ帰れるか……いや。そもそも帰ることができるかどうかもわからない。
頼る人が誰もいないこの異世界で、王族の庇護や後ろ盾というのは生き残るための戦略としては最上には違いない。
「なっ? 課長にはお前から上手く言っといてくれよ? オレ、あの課長苦手なんだよな……」
そう言いながら、柴崎は肩を竦めた。
「……」
俺は答える代わりに、渋々頷いた。
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